第145話 月夜に酔う
今日は夏休み最終日――とはいえ、明日は日曜なので、夏休みは今日で終わりだけど明日も学校は無い。嬉しい。助かった。明日学校があったら詰んでいた。
「頭がボーっとするぅ……」
長い戦いを終えた僕は、リアルに戻り――そして、風邪を引いてしまった。
「ゲームのやり過ぎで熱出すとか、バカじゃない?」
ベッドに横たわり、冷えピタで頭を冷やしている僕に、妹の容赦ない言葉が突き刺さる。
「うぅ……」
脳の酷使で体調を崩した……わけではない。そういった事態を防ぐための脳疲労アラートだ。
単純に、クーラーの効いた部屋で何もかぶらずにフルダイブしていたのが問題だった。
「軽度の熱だし、寝てれば治るでしょ」
「梓羽ちゃ~ん。甘い物食べたい~……」
「はぁ。じゃあゼリー買ってくるから、安静にしてて」
「ありがとうございましゅぅ……」
明後日学校なのに、熱を出すなんて……。
夏休み明け初日から休むとか、絶対サボってるって思われるよね。悪目立ちしたくない……なんとしても今日と明日で治さねば。
(少し……寝よう)
僕は瞼を下ろし、眠気に身を任す。
――冷たい。
冷たい感触が、頬にある。ひんやりと、なぞるような冷たい感触。
その感触は頬を這って、唇にくる。僕は微睡から目覚め、瞼を開ける。
「おはよう」
声を掛けてくれたのは梓羽ちゃん――ではなく、銀色の髪の美少女だった。
そう、銀の髪だ。白銀、という言葉が似合う綺麗な銀髪。真っすぐな、ロングの髪。深く、青い、深海色の瞳……。
細長い白い指先が、僕の唇に触れている。
「つ、月上さん!?」
起き上がろうとしたけど月上さんに動きを読まれ、唇に置いていた指で僕の額を押されてしまい、ベッドに押し付けられた。
「病人は動かない」
「は、はい……」
灯りは常夜灯のみの薄暗い部屋で、月上さんと2人きり……。
汗ばんだパジャマ。上がる体温。
や、やばい……脳みそ麻痺中に月上さんと一緒はやばい。
(こ、これは……全然気が休まらない!!)
僕が何を言おうか迷っていると、月上さんから、
「ごめんなさい。いても立ってもいられなくて、つい……来てしまった」
言葉に詰まり気味の月上さん……珍しい。
「おめでとう。∞バースト……発動できたね」
「は、はい。やはり、アレが∞バーストなんですね」
「うん。あなたのあの能力は神狼眼って名付けた。是非使って」
「は、はてぃ?」
意味はわからないけど、月上さんがつけてくれた名前だ。使わせてもらおうかな……。
「あの時、あなたが∞アーツに目覚めた時……」
月上さんの声に、感情が僅かに乗り始める。
「光が差した。月明りも届かない闇の中、立ち尽くしていた私に向けて……天から光が差した」
孤独。
この人が抱えるそれは、僕の持つものとはまったく別だ。
僕の抱える孤独感はロッカーの内側にあるようなちんけな闇。だけどこの人を包み込むのは宇宙の闇だ。僕のは自分を信じる勇気があれば、他人を信じる勇気があれば、一歩を踏み出す勇気があれば、脱出できる程度の闇。月上さんはどうしようもない、次元の違う闇の中にいる。自力ではどうしようもない、闇の中に――
「温かい、光が」
薄く、笑う。
やっぱり……綺麗だ。
こんな暗い場所でも、この人の髪は、瞳は、肌は、輝いて見える。どんな闇の中にあっても、この人は――
憧れてしまう。月上さんの悩みは重々承知しているけど、それでもやっぱり思ってしまう。『この人みたいになれたら』、と。
「あ、あの! い、いまお茶を……! すみません。せっかく来ていただいたのにおもてなしが……ああ、梓羽ちゃんいるのかな?」
「構わなくていい。長居する気はない」
僕はつい、目を伏せてしまう。
そして、こんなこと言う必要ないのに――つい、ネガティブな言葉を絞り出してしまう。
「……僕は、光にはなれませんよ」
自分を守るために、他人の自分への評価を下げようとしてしまう。
幻滅されたくないから。
「僕と月上さんは違う場所にいます。次元の違う場所に……すごく、遠い場所に」
僕が言うと、月上さんはベッドの傍にある椅子から立ち上がった。
「月上さん……?」
月上さんは前髪を耳に掛けて――
「ジッとしていて」
両手で僕の肩を押さえ付けた後、僕の唇に、唇を重ねた。
「っ!!?」
月上さんの長い髪が垂れて、まるでカーテンのように僕らの顔を隠す。
2人だけ。2人だけの世界。月上さんの髪で仕切られた、僕らだけの世界。僕らだけが観測する、僕らだけのキスだ。
月上さんが感触を確かめるように唇を動かす。僕の唇の形を確かめるように唇を動かす。その後で僕から顔を離した。
「同じ場所……でしょ」
月上さんの顔は――真っ赤に染まっていた。汗が出ていた。緊張しているような表情をしていた。
祭りの日とは全然違う。そこには、年頃の女の子がいた。思春期の女の子が、初めてキスをした時の顔が、確かにそこにはあった。
「あ、えと、か、かぜ、ウツル……」
上手く言葉が捻りだせない。
「ちょっぴりしょっぱくて、甘い。汗と……何の味だろう」
月上さんは自分の唇を舐めてそう言うと、僕の頭を撫でた。
「早く、私を倒してね……シキ。そうしたら、もっと」
もっと……? もっとぉ……!?
「……もっと、凄いこと、しようね」
そう言い残して、月上さんは部屋を出て行った。
(あ、そっか。これ夢だ。うんうん、夢に決まってる。だって月上さんのキャラじゃないもん。夢夢……)
はぁ、相当いかれてるな僕の頭。
早く夢から覚めよう。そう思い、僕はまた瞼を下ろした。
次目覚めた時は現実の世界であることを祈るよ。ただ……夢とはいえ、今の感触は一生覚えておこう……。
そして明くる日。僕の熱は更に上昇していたのだった。原因はもちろん、あの心臓に悪い夢のせいだ。
お疲れ様でした~!
コロニー崩し編、これにて終了です。いかがだったでしょうか? 長かった? それはすみません。僕も予定外の長さになりました。
ちょい忙しいので、また休みを挟んで次章になりますが、次章はショートストーリー集になると思います。コロニー崩し編の後日談とか、意外な組み合わせの話とかがメインになります。『3.5巻』とか『SS』とか『番外編』とか呼ばれる類の章になります。ぜひお楽しみに!




