第140話 神狼眼
シキの∞バースト発動……それによる爆発的なプレイヤースキルの上昇は各地に衝撃を与えた。
――戦艦『オールザウェイ』。
外装修理作業の片手間に、電磁スクリーンでシキvsロゼッタを見ていたシーナは顔を引きつらせていた。
「∞アーツに匹敵するトライアドに、通常装備で互角に渡り合うなんて……!」
このゲームに長く居る者程、シキの異常な強さに驚きを隠せない。
シーナとは別の場所、戦艦内部でシキの活躍を見ていたチャチャは、嬉しそうに笑っていた。
いつもの屈託のない笑顔ではない。歯を見せて、まるで悪役のような笑みを見せていた。
「くくくっ……あっはっは!! ――すっげぇじゃんシキっちょ。この能力はコピーできない……あたしだけでなく、他の誰にも……オンリーワンだ」
――高層マンション『ムーンライト』、最上階。
星架は思わず立ち上がり、天井から釣らされたスクリーンの前に立っていた。
「……」
その口元は歪んでおり、頬は紅くなっていた。
「お、驚いたな。これがシキちゃんの∞バースト……」
星架の母親、乱月もまた、シキの動きに驚きを隠せない。
「ただ眺めているだけじゃ能力の詳細はわからないけど、ターゲットとして認識した相手の動きを察知する、といったところか」
「違う。それでは説明として不十分」
星架は優れた観察眼でシキの能力を看破する。
「相手の脈拍から視界まで全てが視えている。相手の位置も感覚として捉えている。相手の全てがあの子には見えている。相手の視点から得た情報をもとに、相手の次の動きを予知し、完璧に対処している」
「幻像を纏った機械を的確に撃ち抜けているのは……」
「グリーンアイスの視点、意識ではもちろんそれぞれの幻像の核を認識している。だからグリーンアイスの世界を掌握しているシキにも核の位置が視える」
如何なる幻惑を生み出す兵器も使用者までは騙さない。
ゆえに、標的の視界・感覚を掌握している今のシキの前では無力。
「たとえ姿形を他人の目から見えないようにしても、自分が自分を見失うことはない。だからきっと、姿を消しても、幻影を纏っても、あの子には対象が視えている」
Red-Lieの効力で姿を消失させたラビリンスがシキに捉えられたのも、この能力の片鱗に触れたからだ。
「1度ターゲットに定めた相手の位置、姿形、視界、脈拍や呼吸に至るまで全てを観測する……」
星架はその能力の名に、月を喰らう狼の名を付ける。
「それがシキの能力。神狼眼」
餓狼の如き獲物への執着心と、常人離れした視野が混ざりあって生まれた異能。
「今のシキは目で追えない攻撃にも対応できる……超高速の相手も、動きを予知して捉えることができる」
自身の操るGodAccelに対して、完璧な対策。
無限に加速を続け、誰の視界からも消えてしまう星架を――シキだけは見つめ続けることができる。その才能の輝きから、誰もが星架から目を逸らしてきた。その成長速度から、誰もが星架を見失った。
誰の目にもいずれ映らなくなるのではないか、という恐怖を抱いてきた星架にとって、『決して目を逸らさない』というシキの能力はまさに……魂の底から待ち続けたもの。
星架は初めて胸の内に生まれた感情に、動揺する。
「好奇心……じゃない」
星架は胸を押さえる。
その顔は笑っていて、熱を出したかのように赤くなり、汗を浮かばせていた。
「問題は距離だな。対象との距離がどれくらい離れたら能力が解除になるのか、それが問題だ」
「……制限は、ない」
「なに?」
同じ∞バースト発現者ゆえにわかる、シキの底。
「無限。きっと世界の裏側にいようと、1度ターゲットに決めた相手のことは全て把握できる」
思わず乱月は目を見開いた。
星架は戦いが続く限り無限に強くなる無限加速の能力を持つ。そしてシキは――
「無限の追跡者……!」
1度目を付けられれば、誰であろうと逃れることはできない。無限に追跡し続ける。
「これまでは予感だった。けれど、いま、ハッキリと……確信に変わった。私があの月で待ち続けた者……それは」
星架は憑き物が取れたような笑顔を見せる。
「シキ……あなただ」




