第139話 ∞の世界
シキのギアが目に見えて上がる。
「ウルグス!!」
ロゼッタは幻像子機を展開。
多数の分身がシキに向かって飛んでいく。
「吾輩に見せてくれ……! ∞の世界を!!」
「……」
分身はシキに斬りかかったり、掴みかかったりするが、シキは体に触れさせることなく回避する。
光翼状態での回転、急上昇からの急降下によるΛ曲がりや推進剤節約術。カムイの『明鏡脚』を参考にしたノーモーションの回避法『転身』。
あらゆる技で分身を撒く。
結果的に見ている者を『魅せる』動きをしているが、シキはその場その場で最適な手段を取っているに過ぎない。特に転身は強力で、カムイのノーモーションの歩法を回避に組み込んだその技は、如何なる体勢でも攻撃を躱す。直立したシキの背中を捉えた――と思ったら突然姿が消え、背後に周られるのだ。捕まえようがない。
「すんばぁらしいぃ!!」
ロゼッタは拍手と共に心からの称賛を送る。
「それを観測しようと、吾輩がどれだけ苦労したことか……! 君に最大の感謝を送ろう、シキ君! 惜しいものだな。トライアドが、吾輩が相手で無ければ、君はその力で他者を蹂躙できたものを!!」
ロゼッタもギアを上げる。
高い脳波数値を活かし、高速でウルグスを動かす。しかしそれでも、シキのことは捉えきれない。
「ちぃ……!」
機体の性能が上がったわけではないのに、ロゼッタはシキの速度が倍ほどに上昇しているように感じた。シラホシの∞バースト時と同じで、シキも極限まで無駄を省き、最短の道を行くことで、最効率に体を動かすことで速度を上げている。
シキは急速でロゼッタから離れつつ、狙撃銃で的確にウルグスを撃ち抜いていく。
ウルグスの陣形が乱れた所でシキは小さく口元を笑わせ、シンプル且つ最強の一手を打つ。
「バレットピース」
シキはバレットピースを射出。
バレットピースは一瞬でロゼッタの視界から消えた。
「ピースが消失……!?」
否、ロゼッタの目で追い切れなくなったのだ。
∞バースト時は脳波数値にもブーストが掛かる。増加量は個人差があるが、シキの場合は脳波強度・脳波感度を共に2.5倍まで押し上げる。
シキは脳波強度が882、脳波感度が890。合計値で言えばシーナの知る限りで最高値。それがさらに2.5倍で2205と2225。平均値の約22倍の数値に化ける。しかも現在のシキは脳波操作の練度も上昇しているため、バレットピースの速度は最早そこから射出されるレーザー弾よりも速く、ロゼッタの優れた動体視力すら置き去りにする。
――神速の射手が、戦場に解き放たれた。
「くっ!!」
成す術無く、ロゼッタはバレットピース6基による射撃でウルグス6基を失った。
「これほどの……!!」
バレットピースは充電のためにシキの元へ1度戻るが、その速度も当然速く、神速で戻り充電を終えて神速でまた飛び立つ。
シキ自身も自らウルグスの大群の中に突っ込み、片っ端からウルグスを撃ち抜く。
「――と、捉えきれん……! まるで次元が違う!!」
ウルグスはシキを襲うが、シキは幻像に惑わされることなく全てを躱し、紫の光翼で飛び上がる。
太陽を背に、狙撃手は白衣の侵略者を見下ろす。
「……」
「おいおい、勘弁してくれよ……!」
ロゼッタは思わず苦笑いした。
「……アレが博士が追及した人間の脳の限界、∞バーストか……! 成程、それだけの価値はある」
シキは大幅に強化された。しかし、機体の性能差は1ミリ足りとも縮んでなどいない。
ロゼッタはトライアドによるスラスター強化と無制限のButterfly-Modeによって最高峰の加速力を得ている。シキとの最高速の差はゆうに12倍。普通に考えて負けるはずがない。
ロゼッタは幻像で惑わしつつ、全速力でシキへ突撃する。
ロゼッタによる連続剣戟。シキはその全てを、劣る機体性能で完璧に躱す。反射で反応していたら躱すのは不可能だ。シキは、まるでロゼッタの動きを予知しているかのように躱していた。シキの回避の初動は、ロゼッタの攻撃の初動よりも早かった。
「なぜだ……なぜ吾輩の動きが読まれている……!?」
「視えているから避けているだけですよ」
シキはロゼッタの顔に自身の顔を近づけ、不敵に笑う。
「僕はいま、あなたよりもあなたが視えている」
「っ!?」
ロゼッタは距離を取る。今のシキ相手に、G-AGEの間合いで戦うのは厳しいと考えたからだ。
しかし距離を取った所で時間稼ぎにしかならない。超高速で動くバレットピースに、ウルグスは数を減らされていく。
圧倒的性能差があるはずなのに、追い込まれる矛盾。状況はロゼッタの劣勢だ。
しかしここで、1つの誤算がシキの進撃を止める。
「!?」
バレットピースの1基が自壊したのだ。
ロゼッタがなにかしたわけではない。だがロゼッタにとっては想定内の現象だった。
バレットピースは煙を吹かして地に落ちた。故障の原因は過剰運動と空気摩擦による部品の破損である。
シキのバレットピースは高級品とはいえ最初の街スペース・ステーションで買ったものだ。シーナの六花と違い、高い脳波に対応したものではない。2205という常軌を逸した脳波強度で全開で動かせば当然ガタが出る。
「結局は武装の差が勝負を分けるか。残りの5基も限界が近いだろう?」
シキの武装の中で1番厄介だったのは目で追い切れないバレットピースだった。それが使えないとなれば、怖いものは防御不可のG-AGEだけ。
「さぁ、チェックといこうか!!」
ロゼッタは残り20基のウルグスを全速で動かす。バレットピースで対処せざるを得ない連携を仕掛ける。
シキは精悍な顔つきのまま、ウルグスの突進を回避。
脳波強度700程度の出力でバレットピースを運用する。
「ちっ」
それでもバレットピースは音を上げる。自分の感覚についてこれない武装に対し、思わず舌打ちが出る。
バレットピースは1基、また1基と故障し撃墜。弾幕を抜けたウルグス4基がシキに迫る。内3基はスタークで撃ち抜くも、1基の接近は許してしまう。
シキはシールドピースでウルグスをガードするも、ウルグスは止められず、シールドピース10枚が一気に割られる。それでもシールドピースのおかげで速度は減衰した。シキはG-AGEの早撃ちでウルグスを撃墜。
ロゼッタの口元が歪む。
ウルグスを囮に、ロゼッタはシキの背後に行くことに成功していた。
今度こそ大剣で、シキの首を落としにかかる。
「視えてると言ったでしょう?」
シキはノールックで大剣の1振りを屈んで躱し、ロゼッタに背中を向けたままバックステップ。ロゼッタの体に背中を当て、零距離でG-AGEを発砲。ロゼッタの左肩を破壊し左腕を落とした。
「月並みなセリフだが、言わせてもらおう。この、化物が……!!」
ロゼッタはすぐさま膝蹴りでシキの背中を蹴り飛ばし、ベストな間合いを作った後で大剣を振り回す。シキは依然背中を向けたまま剣閃を躱し、ロゼッタの方を向いた後で大きく飛び退いた。ロゼッタはシキを追うことはせず、金銀のエネルギーで左腕を作ることを優先した。
結果、バレットピース2基を犠牲にウルグスは全て撃墜できた。バレットピースは残り3基。
(バレットピースはどれも、全開で動かせるのはあと1度か2度が限度)
壊れかけだ。
「緋威」
1分30秒のリロードを終え、緋威が再びシキを覆う。
「限界が近いのはあなたもですよね? ロゼッタさん」
シキにはトライアドの限界時間も視えていた。
シキの的確な指摘に対し、ロゼッタはもう驚きもしない。
「そうだね。この島に居る敵残存戦力を消すことも考えれば、君にかけられる時間はそうない。そろそろ決着といこうか」
「賛成です」
互いの集中力が、極限まで高まる。




