第132話 道化師《ピエロ》
――『万能器ジョーカード』
チャチャが作った変幻自在の武装。名前は『ジョーカーカード』の略に過ぎない。
剣として使うこともできれば、ハンドガンにも変形でき、さらに盾、トンファー、槍、その他多数様々な武器へと変形できる。
チャチャはジョーカードを2本、剣モードで実体化。右手と左手、それぞれ逆手に持つ。
チャチャは双剣を手に体を横回転させながら突進する。ニコの技・独楽斬りの模倣だ。
「温い!!」
カムイは剣を手で掴もうとするも、独楽は急速に素早さを増し、カムイの手を避け、右肩に斬撃を浴びせた。
「チェンジ・オブ・ペース……!!?」
「アンタこそ温いんじゃない?」
ニコの口調でチャチャは喋る。
「そんな子供騙し、二度は通じんぞ!」
「じゃあ二度とやりませーん。人格変換、『シーナ』」
ジョーカードが2本とも変形し、ハンドガンの形となる。
「剣が銃に……!?」
双銃による連射。カムイは急な戦闘スタイルの変化に対応できず、先ほど削られた右肩をさらに削られ破壊される。カムイの右腕が落ちる。
「まるでリズムが違う……! そうか、他者の戦闘スタイルをコピーしているのか……!」
「そうですよ。よく漫画とかにいるコピーキャラです」
カムイはウィングを輝かせ、超加速する。
「幻道千手!!」
ソルニャーを倒した時と同じく、左手1本で無数の手を演出する。しかし、
「それはもう分析済みです」
チャチャは幻を読み切り、本物の手のみを躱す。
「くっ……!?」
チャチャは双銃でカムイの顔面を殴り飛ばす。
「――1度見せた技が私に通じるとでも?」
チャチャはシーナのような不敵な笑みを浮かべる。
「面白い……ならばこれでどうだ!!」
カムイはノーモーションの走法で双銃の攻撃を躱し、チャチャに接近する。しかし、
「人格変換、『ハジメ』」
チャチャの瞳で黒い雷花が散る。
「な――に」
気付いたら、チャチャは双銃の早撃ちを完了しており、カムイは弾丸を浴びて、宙を舞っていた。
「なんという、高レベルなカウンター……!?」
格ゲーの世界チャンピオンであるカムイだからカウンターを受けたとわかるが、常人ならば何をされたのか一切わからないだろう。
「――狂気が足りないんだよ」
人格・戦術・特性・戦闘能力。
他人のそれらの要素を模倣し、カードを切るように使っていく。
それがチャチャの特性――『人格変換』。
「猿真似が……!」
「ありゃま、言ってくれるね~。その調子でチャチャさんを上回っておくれよ。ではでは……次の猿真似はこちらでーす」
チャチャの雰囲気がまた変わる。
「人格変換、『カムイ』」
チャチャはジョーカードを上に投げ、近接無双のカムイに肉弾戦を仕掛ける。
当然カムイは応じるが、チャチャはカムイの鋭い突きも回し蹴りも手の平で受け流し無効。カムイの腹を蹴り上げ、顔面を蹴り飛ばす。
「貴様……!!」
「格ゲーマーは試合開始7秒程度で相手に適応し、その相手に合った戦術をチョイスする。その適応力が仇だ。貴様が我のスタイルに適応したと同時に、我はプレイスタイルを変えればいいだけ」
自身のコピーの攻撃を受け、カムイは戦慄していた。
生半可な物真似なら片腕とはいえ格闘で負けるはずがない。
つまりチャチャは限りなく本物に近いレベルでコピーをしている。その精度は95%以上だとカムイは推測する。
「ふははははははは!! 面白い! 面白いぞものまね士!!!」
カムイはチェーンを伸ばし、鞭のようにしならせる。
「人格変換、『ツバサ』」
チャチャはツバサのガードセンスをコピーし、盾に変形させた左手のジョーカードでチェーンを弾く。
「最強無敵のアイドルに、そんなだっさい攻撃は通じないよ~?」
「強い……強いな」
カムイは心底嬉しそうな声を出す。
「それほど強ければ、戦いが楽しくて仕方あるまい……」
そんなカムイに対して、チャチャは無表情で答える。
「つまらないわ」
それは、誰でも無かった。
ツバサでも、カムイでも、シーナでも、ニコでもない。ましてやチャチャですらでない。
誰でもない『誰か』だった。
「他人の才能や努力を盗んで、楽して戦って……なにが楽しいのやら。何者にもなれるというのは、何者にもなれないと同義なの」
いつもの明るい空気はない。淀んだ、陰鬱としたオーラをチャチャは纏っていた。
人形のように無機質な瞳、無機質な顔つき。
「お前は……なんだ?」
数々のゲーマーを見てきた。数々の人を見てきた。
そんなカムイでも、目の前の少女には畏怖を隠せなかった。これまで出会ったどんな猛者よりも――異質。
「さぁ。生憎、我というものは遠い昔に捨てたもので」
不気味かつ不吉。カムイは生理的な嫌悪をチャチャに感じていた。
「あなたのように我の強い人間には憧れるし、知りたくなる。――ぐちゃぐちゃにして、瓶に詰めて、1日中観察していたい……」
「っ!?」
「なーんてね♪ どうどう? 闇深系のキャラに見えた?」
次の瞬間には、いつものチャチャがそこに居た。
「どこまでも……ふざけたやつだ! いいだろう。ここからは全力で――」
「そんじゃま、もう飽きたしフルコースで締めるとしますか」
チャチャは呼吸を整える。これからのコピーの負担に備えて――
「人格変換、『ラビリンス』」
チャチャは挑発的な表情をする。
「カモン、お姉さん。世紀の大怪盗が遊んであげる♪」
「……貴様とは熱い戦いなど望まん。冷徹に仕留めてやる」
鋼鉄の地面を蹴り砕き、突撃するカムイ。距離は一瞬で詰まる。
カムイは猛攻を繰り広げるも、チャチャはのらりくらりと躱す。
「ダメだよお姉さん♪ 女の子にアプローチする時は、もっと色気をもって、軽やかにね♪」
ラビリンスの長所は『回避』というより『逃走』。チャチャはうまくカムイの攻撃をいなし、距離を取る。バックステップ1つとっても洗練されており、動作に比べて飛距離が長い。
バック走のチャチャに、通常の走法をするカムイが一向に追いつけない。
「逃げてばかりでどうなる!!」
意味の無い行動ではない。
戦っている時間が延びれば延びる程、彼女の特性は輝きを増す。
「人格変換、シラホシ」
すでに戦闘開始から5分が経過。『スロースターター』の効力は十分なレベルで発揮される。
チャチャはカムイのチェーンを1mmの距離で躱し、剣に変形させたジョーカードで2本のチェーンを叩き斬る。
「懐かしいね。このゲームで最初に会ったのはこの子だったっけ」
月面の『来訪者』。
夏祭りにて、星架がレイに与えたヒントの答え。それこそが――
「まだだぁ!!!」
「人格変換、アカボシ」
チャチャの目が赤く光る。
チャチャは一瞬でカムイの背後に周り、その全身を正体不明の攻撃でズタズタにされた。
「ちいいいいいいいいいっっ!!!」
カムイは一度距離を取ろうと、ウィングを使って勢いよく後ろへ飛びのく。
チャチャは両手のジョーカードを連結させ、狙撃銃を作り、狙撃銃でカムイの胸の中心を撃ち抜いた。
「これは……!!?」
誰の模倣かは言うまでもなく――
「――寸分狂いなし」
消えゆく中、カムイはチャチャの表情を見た。
勝敗に何1つ、何も感じていない表情。
悔やむは勝利できなかったことではなく、チャチャに戦いの楽しさを伝えられなかったこと。
カムイがデリートされる。
チャチャは武器をデータ化し、収納する。
「良かったねぇ。最後に待ち望んでいた人に会えて」
流し目でそう呟くと、チャチャは退屈そうにため息をついた。
「チャチャさん!」
遅れて、シーナが到着する。
チャチャは新しい飴玉を咥え、
「おっすシーナっち! 遅かったね。敵さんならソルニャーと相討ちになったよん♪」
平然と嘘をつき、チャチャはいつも通りの笑顔を作る。
チャチャvsカムイ、勝者――チャチャ。
ちなみにジョーカードは変形の際に脳波でコードを打ち込む必要があり、連結も色々とコツがいる。変形の際の持ち方も何から何になるかで全部変わる。器用且つ頭の良いチャチャ以外に使える人間はそういないです。




