第114話 ロゼッタ・ヒストリー
私の故郷はとにかく寒くて、貧しくて、なのに銃ばかり買っていて、戦争ばかりしていて、終わりの無い地獄を歩いていた。
がむしゃらに生きていたら、いつの間にか戦いは終わっていた。私の国はなんとか目的を果たしたらしいけど、その時には家族も家も無くなっていた。
その時の私は家族を無くした哀しみとか、帰る場所のない寂しさとか、そういうのは理解できていなくて、頭の中は空腹感が満たしていた。
死に場所を探す猫のように寒空の下を歩いている時だった。私はあの人に出会った。
「君~。大丈夫かな~」
カメラを首から下げた女性が、私の前に現れた。
ロングヘアーの女性で、その地域では珍しい黒い髪をしていた。街灯の下で照らされている彼女は、私には太陽のように見えた。
「ご両親は?」
私は首を横に振る。
「おうちは?」
首を横に振る。
「お知り合いは?」
首を横に振る。
「行くあては? お仕事は? お金は?」
首を横に振る。
そこでようやく私は子供ながらに自分の人生が詰んでいることを理解した。
ふと体を見ると、もう骨と皮しか無かった。寒さを感じない程、私は疲弊していた。
「ねぇねぇ。隙してんならさ、私の遊び場にこない~?」
「……」
「ちょっと待って。引かないでっちょ。怪しい大人じゃないからマジ。とりま私の携帯食料あげるからこっち来な~」
怪しんではいなかった。
こんな雪国なのに、その人からはお日様の匂いがしたから。
私はお姉さんの車に乗り、故郷を出た。温かい車内で、毛布に包まれながら、私は窓から外の雪を見て、ついこう呟いた。
「きれい……」
いつもただ鬱陶しかった雪を、はじめて綺麗だと感じた。
「あなた、名前は?」
「名前……忘れた」
「え!? 忘れちゃったの!?」
嘘だった。名前は覚えていた。けれど、忘れたかった。
あの時の私は故郷に、全てを置き去りにしたかったのだと思う。辛い思い出を、哀しい過去を、全て。
「そんなら仕方ない。私だけでも名乗っとくか。私は古式瑠々羽。君をお人よしの所まで連れて行ってあげる」
「おひとよし?」
「そう。人間の脳みそにしか興味ないお人よし。戦争の被害者を集めて、住処を与えた上でモルモットにしているマッドサイエンティストだよ」
子供ながらに「大丈夫か?」とは思った。
連れて来られたのは見たことのない大きな街。
雪が降っているのは変わらないけど、豊かな街。そこにある研究所に私は訪れた。
「おーっすぅ! 遊びに来たよ白星博士っ!」
私たちを出迎えたのは、30歳ぐらいの眼鏡を掛けた白い髪の人だった。
「……あのねぇ瑠々羽君、吾輩の研究所は遊び場ではないのだが」
「まぁまぁ。今日もなんだっけ、AR? の試運転やってあげるからさ!」
「なんと! 君は脳波の数値が桁外れだからな……協力してくれるのは至極助かる」
「その代わりにさ、ちょっと頼みがあるんだ!」
瑠々羽さんは「ジャジャーン!」と私に手を向けた。
「子供を拉致ってきましたっ!」
「なにをしてるんだ君は! 早く戻してきなさい!!」
「なーんてね。確定で戦争孤児。保護があと20分遅れてたら亡くなってたと思う」
「あぁ……じゃああの地域の。って、まさか吾輩にその子を預かれと……?」
「ピンポーン! 大当たりーっ!」
「ふざけるな! ここは孤児院ではないんだぞ! 預かるわけが――」
白星という人は私の頭に謎の機械を当て、なにかを測定するとニッコリと笑い、私に温かいマグカップを渡してきた。
「……家が見つかるまではここに居るといい」
後からわかったことだが、この時測定されたのは私の仮想空間適応力……どうやら私には高い適応力があったそうだ。つまり、私にモルモットの価値があったからこの人は私を引き取ったわけだ。
私はマグカップを手に取り、口を付ける。口いっぱいに甘味が広がった。
「おいしいっ!」
「ココアだよ」
「はじめて飲んだ……」
「お腹減ってるならほら、魚肉ソーセージならあるぞ。ちゃんとした物は風呂に入ってから……瑠々羽君、お風呂には君がついていきなさい」
「やったーっ! ちょうど入りたかったんだ。もう汗べちょべちょ~」
瑠々羽さんは周囲に男性の研究員がいるにも関わらず、服を全部脱ぎ去った。
「瑠々羽君! ここですっぽんぽんになるなぁ!!」
博士は私に視線を合わせて、
「君、名前は?」
首を横に振る。
「忘れちゃった」
「くっ、戦争のショックってやつか……!」
怒りに身を震わせる博士。ちょっと申し訳なかった。
「じゃあ君は……ひとまず『ミラト』とでも名乗っておきなさい」
「ミラト?」
「そう。吾輩の好きなバラの名前だ。君の瞳の色はミラトの色に良く似ている」
こうして、私は白星博士に一時的に世話になることになった。
瑠々羽さんは戦場カメラマンらしくて、いつもカメラを片手に戦場へ向かっていた。研究所に来るのは月に2度ぐらいだったけど、とても優しくて活気のある人で、研究に煮詰まって研究所が暗いムードに包まれていても彼女が来れば一瞬で明るくなった。私にとって恩人で、憧れの人で、大好きな人だった。
白星博士は脳科学者で、常に人の脳について研究していた。私はただお世話になることに耐え兼ね、拾われてから3日後ぐらいにこう申し出た。
「博士。わたし、助手やります」
「だ~め」
と舌を出して断られてしまったため、私はムキになって、勝手に論文を覗き見たり、博士の研究を覗き見たりして、知識を蓄えた。
拾われてから1年が経つ頃に私の能力を見せつけ、助手にしてもらった。それから2年は博士と一緒に研究に没頭した。
私が7歳になった頃、私は『シドロフ』夫妻に養子にしてもらうことになった。当然、私は研究所から離れることになった。
研究所はとても温かい場所で、離れたくなかったけど、泣きわめいて拒絶はしなかった。研究所の人たちと関わる中で、しっかりとした教育機関に通うことの大切さ、家庭を持つことの大切さを学んだからだ。
20歳になったらまた研究所に戻ると、そう博士と約束し、私は旅立った。結局、約束が果たされることは無かったけどね。
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「……まったく、とんだ浮気者だ」
私は基地のモニター室で愚痴をこぼす。
「結局吾輩が離れて1年で子供を作るんだもんな。やってられないよ。やっぱり研究所に残って、隙をついて既成事実を作るべきだった」
過去の失敗を嘆き、私はモニターを見る。
(あなたはよく言っていたな。『人の脳には無限の可能性がある』と。あなたの遺したこのゲームはきっと、その無限の可能性を開くためのものなのだろう? ならば観測してやるさ。あなたが見たかった景色を、私がね)
脳の限界を引き出す力。私はその力を見たい、観測したい。あわよくば、私自身が目覚めたいものだ。
「あの月にきっと……なにかがあるはずなんだ。そのためにも、まずは――」
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