第11話 コミュ障、やむを得ず喋る
この世界に入ってからすでに7時間経過している。
現実世界と仮想世界では時間の流れが違う。仮想世界では思考は3倍速になっており、その思考の速度に合わせて世界やアバターは生成される。つまり、ゲームで3時間過ごすと現実で1時間経過するわけだ。
僕の現実の肉体はログインしてから2時間20分しか経過していないはず。なのになぜトイレアラート!?
「あ!」
VRMMO、というかフルダイブをする際の注意点。
必ずやる前におトイレに行っておきましょう。
今日は軽く触って帰るつもりだったからトイレに行ってなかったんだ! しまった。やらかした!
もちろんオムツも履いていない。このままじゃベッドが大洪水になる。
「うっ!」
現実の膀胱の感覚が、強制的にこっちの体とリンクされる。
凄まじい尿意が脳に上ってくる!
「ひひひ、人としての尊厳が! 尊厳があああああああああああっっっ!!!!」
スン。と遥か上空を宇宙船が通った。
同時に、レーダーにプレイヤーアイコンが1つ現れた。
「プレイヤー……宇宙船……!」
僕はプレイヤーアイコンに向かって走る。スラスター全開。スラスターを1.2秒出して、着地、またスラスターでダッシュを繰り返す。
宇宙船が森に降りていく。僕も森に入る。
人影を発見。スペースガール2人とガイド・ガール(?)が1人、計3人だ。
「すすす、すみません! 宇宙船に、宇宙船に乗せてくださいっ!!」
尿意が対人への恐怖をかき消す。
「……!? あなたは……!」
「あーっ! プレイヤーネーム『シキ』……! やっと見つけた!」
『へぇ、この子がシーナちゃんの言っていた子かぁ』
なんか思っていた反応と違うけど今はどうでもいい!
「ああ、あの! 宇宙船にっ……! その、厚かましいお願いだとは理解していますが! とい、トイレアラートが!! あと5分ほどでぼ、僕……僕! 失禁します!」
「「『えぇっ!!?』」」
こんなことを口にするのは恥ずかしいけど、今はそれどころじゃない。
漏らすことに比べれば、これぐらい恥じゃない……!
「わかったわ! 早く乗っ――」
「待って下さい」
ジト目のスペースガールがピンク髪のスペースガールを腕で制す。
「いいでしょう。私たちの宇宙船に乗せてあげます」
「あああ、ありが――!」
「ですが条件があります。宇宙船に乗せてあげるので、こちらの要望をなんでも1つ聞いてください」
「え!?」
「ちょっとシーナ! アンタ、そんなこと言ってる場合!? トイレアラートが発生してんのよ!」
「ええ。非常に好都合です」
「あ、アンタってやつは……」
「さぁお選びなさい。漏らすか、こちらの要望を飲んで宇宙船に乗るか」
『うわぁ~、鬼が、鬼がおる!』
要望……なにかアイテムとか、お金とかが要求されるのかな。うぅ……! だ、ダメだ。思考が上手く回らない……!
「な、なんでも言うこと聞きますからぁ! 早く乗せてくださいぃ!!」
「――よろしい。ではニコさん、私に所持金全て預けて死んでください」
「了解です! 死にます! ――とでも言うと思ったかぁ! なんで私が死ななきゃならないのよ!」
「あの宇宙船はガイド・ガール含めて3人乗りなので」
『悪いねニコっち!』
「くっ! だとしてもアンタが……! ああもう、言ってる場合じゃないか!!」
ニコというスペースガールはシステム画面から所持金を譲渡した後、
「南無三!!」
レーザーサーベルで切腹した。
僕は残ったスペースガールとガイド・ガールと一緒に宇宙船に乗る。ガイド・ガールが宇宙船を操作してくれる。
「シキさん。フレンドコードを」
「は、はい……」
「フレンド解除したら許しませんので」
「……はい……」
「ではまた会える日を楽しみにしています」
無事スペース・ステーションに戻れた僕は即ログアウト。
「どどど、どいてどいて~!」
「……うわ。部屋で走らないでよお姉ちゃん」
自室から出てきた妹を避けて、トイレに駆け込む。
……なんとか尊厳は保てた! 良かった!
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今日はもうログインはしないことにした。
明日の学校の準備をささっと終え、PCで『白い流星』について調べる。
「白い流星――インフェニティ・スペースが発売して1か月で現れたプレイヤー。プレイヤー名は『シラホシ』。究極武装『GodAccel』を操り、圧倒的な速度でプレイヤーを薙ぎ払う」
シラホシちゃん、って言うんだ。
「基本的に月面に出没し、プレイヤーと敵対する。居ない時間も多いが、2日に1回は月に現れる。月面攻略には必ず3日以上の滞在が必要となるため、月を攻略するためには衝突は避けられない。そのプレイヤー名と流星の如き速度で現れることから、白い流星という2つ名が付いた。一部ではプレイヤーではなく、開発側が用意したレイドボスではないかと言われている」
未だ誰も倒せていないらしい。この白い流星を倒すことがゲームクリアの条件になっている、という説もあるそうだ。白い流星を倒すことを目標に活動しているアーミーも存在するらしい。もしかしてあの月面にいた集団がそのアーミーだったりして。
「白い流星……か」
最高峰の獲物だ。
いつか、その頭を撃ち抜いてみたい。
『白い流星』が月面で正座して勉強している姿や歌を歌っている姿、ダラダラしている姿が度々確認されており、『白い流星』のオフの姿を特集した『White Holiday』という雑誌がインフェニティ・スペース内で発売されたが、その後日、発売に携わったスペースガール達が忽然と姿を消したという……。
その圧倒的戦闘力と美しいビジュアルからアイドル的人気が高く、『白い流星』にキルされたいがため月面に行くスペースガールも多い。基本的に平日の昼間はログインせず、日曜の17時~23時に高確率でログインするため、会いたいなら日曜17時に月面に行くのがオススメ。