第9話 彩羽との思い出
その日、宮原千楓はリビングで、彩羽や夏海と夕食を共にしていた。
本当は自室から出る予定はなく、ただベッドの上で横になっていたかったのだ。
色々なことが起きすぎていて、体が疲弊していたからからである。
それに、彩羽ともあまり接点を持ちたくもなかった。
自室前には夕食が出来たと報告しに来た堀江夏海がおり、自室から出ないという手段を取る事が出来なかったのだ。千楓はしぶしぶと今、その二人とリビングのダイニングテーブルで食事をしていた。
「どう? 美味しい?」
「うん……」
椅子に座っている千楓は箸を使い、無心で食事をとっている。
右隣には夏海が座っており、テーブルに並べられたおかずであるハンバーグについて問いかけてきていた。
千楓は食事が終わったら、早くこの場所から離脱したいという思いがあり、あまりハッキリとした感想は口にしなかった。
「反応が薄くない?」
夏海は少々不安そうに千楓の事を見つめていた。
その瞳は心配そうでもあったのだ。
「今日は望月さんが作ってくれたのよ。そのハンバーグとか」
「そうなの」
何となく食べていて美味しいとは思っていたのだが、まさか、彩羽が作ったハンバーグだったとは、驚きの気持ちの方が勝る。
一旦手を止め、正面の席に座っている望月彩羽へと視線を移した。
「なに? 私の方を見て」
「別になんでもないけど」
「感想は?」
「え?」
「私がハンバーグを作った感想」
「普通かも」
「あ、そう」
「……」
「……」
二人の間で会話をするが、全然盛り上がらないどころか、途中で話が途切れてしまっていた。
「二人とも、もう少しお話をした方がいいよ」
夏海は二人の間を取り持つように言う。
「……」
「……」
千楓と彩羽は再度、視線を合わせようとするが、また互いに視線を逸らす。
千楓は、彩羽と面と向かって会話する事に戸惑いがあった。
一時間ほど前、彩羽と付き合っていた発言を聞いてから、それが頭を悩ませていたのだ。
いつも当たりの強い発言をしてくる彼女と付き合っていたとか、未だに信じられない。
「一応聞くけど、望月さんって……さ、俺と付き合ってたんだよね?」
「……ええ、そうよ。やっぱ、信じられない感じ?」
彩羽は箸を持ったまま、千楓の様子を伺っていた。
「それは当たり前だよ。今の関係性を考えても付き合っていたとか考え辛いし、想像もし辛いからさ」
千楓は、自分の思った事をそのまま話す。
正面の席に座っている彼女は寂しそうな瞳を見せ、手にしていた箸をテーブルに置いていた。
「そんなに信じられないなら、証拠を見る?」
「証拠?」
「ええ。堀江さん、あのアルバムありますか?」
彩羽は、夏海の方を見つめていた。
「あるわ。今から持ってくればいい?」
「はい、お願いします」
夏海は箸をテーブルに置き、リビング内に設置された本棚へ向かう。
本棚から一冊の本を取り出すと、二人の元へ戻って来たのだ。
「テーブルには他の料理が置かれているし、別のテーブルで見ましょうか」
夏海から誘われ、二人もソファ前のテーブルへと移動する。
「はい、これよ」
三人はテーブルを囲むようにして正座して座り、アルバムを覗き込む。
夏海はアルバムのページを見開いた。
最初の一ページ目には、千楓が高校入学した日の写真があったのだ。
「……俺だな」
「そうよ。こっちのページも見てみる?」
夏海が次のページを見開く。
二ページ目には、千楓と夏海が写った写真があった。
「俺、夏海さんとも昔からの付き合いなのか?」
「そうよ。全然わからないかしら? あなたの両親と私は一応知り合いなの」
「そ、そうなんですね」
千楓は悩ましく首を傾げていた。
三ページ、四ページと何度もめくっていくと、千楓を中心とした写真ばかりがファィリングされてある。
それから次のページを見開いた時、そこには彩羽だけが写された写真があったのだ。
「望月さんの? しかも、ケーキ専門店MOTIZUKIの前で撮られてる?」
「そうね。記念に撮りたいって、望月さんが言ってたからね」
千楓は驚き目を丸くしていた。
「次のページくらいかな? そうね、これじゃない?」
夏海がアルバムをめくっていると、ようやく証拠となる写真が出てきたのだ。
「これよ、あなたと彩羽が付き合っていた頃の写真は」
その写真は高校の体育祭の時に撮られたモノだろうか。
二人で体操服に着替えており、笑顔で青春を謳歌しているようなワンシーンであった。
今の自分とは全然違う。
写真に写る自身の姿を見て、一瞬別人かと思ってしまったほどだ。
「わかった? 私とあんたは付き合ってたの」
「で、でも、体育祭の思い出写真だけじゃ、わからないよ」
「じゃあ、他のも見る?」
「あるなら見るよ」
千楓は彩羽に対抗して言う。
「わかったわ。堀江さん、そのアルバムを貸してください」
「はい。多分、二人がプライベートで写ってる写真はもっと後ろの方だったはずよ」
「多分、ここらへんですよね?」
「そうね。その辺りだったと思うわ」
彩羽はアルバムを片手で持ち、もう片方の手でページをめくっている。
そんな中、彩羽の隣で夏海が覗き込んでいた。
「それじゃない?」
「そうですね。あったわ。はい、これよ、千楓」
彩羽が堂々とした姿勢で、千楓の事をジッと見つめながら、そのアルバムを見せつけてきた。
その見開かれたページには、しっかりと千楓と彩羽が並んで収められた写真があったのだ。
千楓は食いつくように見る。
「本当なのか?」
「わかった? これが現実よ。偽造しているとかでもなく、合成写真でもないわ」
「ほ、本当なんだな……」
その事実が衝撃的すぎて、千楓は言葉を失っていた。
「……あんたからしてもすぐに受け入れられるわけないわよね」
「……」
千楓は無言のまま次のページをめくっていく。
それ以降のページを何度見ても、やはり、千楓と彩羽が親しく関わっている写真しかない。
「本当なんだな。俺と、望月さんが付き合っていたのって」
「それが事実なのよ」
彩羽は、目を点にしている千楓の事を見ていた。
「写真のような事をした覚えもないし……俺、少し考える時間が欲しいんだけど」
「いいよ。ゆっくりと考えてくればいいわ」
千楓は夏海から優しく肩を叩かれ、一人でリビングを後にするのだった。