第7話 怪しいヤンデレ染みた彼女――
「……」
夕暮れ時の道。
病院から自宅まで繋がっている道を歩いていると背後から違和感があった。
怪しい気配のようなモノを、宮原千楓は背に感じていたのだ。
もしかして俺、つけられてるのか?
同居人の堀江夏海は、まだ病院にいるはずであり、そもそも尾行する必要性もない。
ある程度慣れた間柄だからこそ、彼女なら普通に会話してくるはずだ。
じゃあ、一体誰なんだ?
そうか、たまたま帰る道が同じだけなのか?
歩きながら思考していると、そんな考えに辿り着いていた。
たまたま帰る方向性が同じ方面なら、早歩きで歩けば距離が出来るはずだ。
千楓は先ほどよりも早歩きになる。
が、しかし、背後からの足音も早くなるのだ。
もしかして、本当に尾行されてるの?
仮に尾行されているとして、千楓は考えるものの、その理由がサッパリわからなかったのだ。
どんな人が背後にいるのかと思い、歩くスピードを落として千楓はチラッと振り返る。
すると、背丈の低い子がそこにはいたのだ。
前髪で目元を隠しており、ヘアスタイルは三つ編みといった感じである。
見る限り、消極的な印象を受け、大人しそうに思えた。
年齢的に考えても、千楓と大体同じ年代だと思う。
特に彼女から話しかけてくる事もなく、その光景を見ていた千楓からしても疑問だった。
彼女は一体、何のために後をつけていたのだろうか。
「き、君は?」
千楓はその場に立ち止まると、体の正面を、その彼女へと向けるように振り返った。
「わ、私は……」
三つ編みの子は、千楓の顔を見ることなく、少々俯きな感じでボソボソと話し始める。
話し方的にもか弱そうであり、千楓は強く言い過ぎたと思い、ごめんといったセリフを告げたのだ。
「……私、のこと、覚えてますか?」
何を話しだすのかと思えば、意味不明な質問内ようだった。
「え? 君の事を?」
「はい」
「覚えてない気がするというか……俺、君とどこかで出会ったっけ?」
「そうですか。わからないですよね」
名もわからない彼女は、ミステリアスなオーラを纏っており、小さくため息をはいていたのだ。
「私、あなたの恋人なんです」
「え、は?」
急に大人しくなったと思ったら、彼女の声質が急に大きくなり、千楓に対し、前髪で隠れていた、怪しくも光る瞳を見せつけてきたのだ。
「私、ずっと前からあなたとは恋人で、ようやく見つけて嬉しかったんです。さっきから、あなたの後ろ姿を見て、もしかしたらと思って」
彼女の話し方が饒舌になったのだ。
「だから、尾行してきたと?」
「はい」
なぜか、暗い雰囲気を醸し出していた彼女の印象は一変し、急に距離を詰めてきたのだ。
「私、あなたと一緒に付き合いたいの! 昔のように、あなたと! 恋人として!」
「え、ちょっと待って。どういうこと?」
その不思議な彼女は臆する事無く千楓に近づいてくる。彼女からは迷いなどは感じられず、目の前で告白染みたセリフを告げてきたのだ。
「俺、君とは付き合った事もないし。初対面だよね?」
千楓は後ずさる。
「いいえ。私、付き合ったことがあるんです。一緒にデートをした事もありましたよね?」
「デート?」
そんなわけがない。
高校二年生になるまで恋人など出来た試しはなく、まともなデートなども経験した覚えはないのだ。
この頃、恋人みたいな人が出来たくらいで、そんな昔から、目の前にいる彼女とは本当に関わりがないのだ。
それは確実に断言が出来た。
「私、覚えてますから。私、あなたの事なら何でも分かります。どの高校に通ってるか、どこに住んでいるのか。それと、どんな部活に所属しているかも!」
千楓が距離を取ればとるほどに、彼女が距離を詰めてくる。
「え⁉」
なんでも知ってるって怖すぎないか。
この子、本当に大丈夫なのか?
千楓は恐怖すぎる彼女の姿を前に、たじたじになっていた。
尾行していた上に個人情報も把握しており、ストーカー過ぎて、千楓はドン引きだったのだ。
「私、寂しかったんです。あなたと今まで関われなくて。だから、こうして再び出会えたのも運命だと思うんです! 今からあなたの家に行ってもいいですか? ねえ、いいですよね!」
目の前にいる彼女の前髪に隠れた目元がハッキリとしてくると、彼女の真剣さが伝わってきて、なおさら怖い。
何かの怨霊に取りつかれているのではと思ってしまう。
それほどに、彼女の存在自体が、千楓の脅威になっていたのだ。
「え、そ、それは困るよ」
「どうしてですか?」
「ど、どうしてって、それは急に出会って家にあげるとかできないからだよ」
千楓は咄嗟に彼女を退けさせるセリフを脳内に浮かべると、正面にいる彼女に話す。
「俺、用事があるから。無理だからさ」
千楓は背を向け、その場から走り出す。
こ、怖すぎだろ。
な、何なんだ、あの子は⁉
千楓は何も考えず、背後を振り返る事も無く、その道を走り抜ける。
あんなのに関わってたら、いくつ命があっても足りないって――
千楓は恐怖心を感じないために真顔でひたすらに走り続けていると、近くから声が聞こえる。
その声は望月彩羽だった。
彼女は、その曲がり角から姿を少しだけ現したのだ。
「望月さん?」
「いいから、こっちに来て」
十字路の曲がり角から手を差し伸べてきた彩羽。
千楓は彼女から差し伸べられた手を掴み、その近くの草むらに隠れる事にしたのだ。
「あ、あれ? どこに行ったの? こっちの方に曲がったはずなのに。なんで、こんな時に見失ってしまうのよ!」
彼女は怒りを露わにしていたのだ。
その場で地団太を踏んで感情的になった後、諦めたのか大人しくなり、軽くため息をはいて、その場所を後にしていく。
「……」
「……」
ストーカー染みた彼女が立ち去って行くまでの間、二人は草むらの中に身を潜めていた。
「……大丈夫そうね。千楓、早く立って」
彩羽から手を差し伸べられる。
「あ、ありがと」
「別に、あんたを助けたくて助けたわけじゃないけど。というか、手を触んないで」
彼女はいつも通りにキツい言い方をしてくるのだ。
「じゃあ、なんで手を差し伸べたんだよ」
「どうでもいいでしょ! 早く行くから。あの子が戻ってくる前に。早くね」
彩羽から急かされていた。
千楓はその場に立ち上がると、制服についている草を払う。
二人は振り返る事無く、その十字路の曲がり角から距離を取るように、ひたすら走り去って行くのだった。