第3話 二人は幼馴染…?
宮原千楓は昨日、後輩の川瀬風花から小さな箱を貰っていた。
昨日の夜に、その箱を開けてみたのだが、その中身はクッキーだった。
手作りではなく、お店で購入した感じのモノ。
そのクッキーが置かれてあった箱の下の方には、とある一枚の紙があった。
その紙には、付き合ってくださいという一文だけが、簡潔に書き記されてあったのだ。
いわゆる、ラブレターみたいなモノ。
がしかし、風花と付き合うかどうかは、今のところ決めていなかった。
元々、千楓は剣道部に所属していたらしいのだ。
その部活の活動に行き、その子の事を詳しく知ってから、その判断を下そうと思う。
今の千楓の感情は曖昧なのだ。
できれば、彩羽ではない子と付き合いたいという願望は心の中にはある。が、新しく付き合う子は、冷静に判断して決めたのだ。
今日、学校に登校しているわけだが、朝から教室にいた時も望月彩羽からの当たりが強く、あまり関わりたくないという思いの方が勝り始めていた。
彩羽とは当たり障りのない感じに別れたいが、なぜか、彼女は別れる発言はしてこないのである。
彩羽は、千楓のことが嫌いなのに、なぜか振るという行為は頑なにしないのだ。
一体、何を考えているのか不明で、昼休み時間は距離を置きたいと思い、千楓は今、教室を後にし、屋上に向かっていた。
はあぁ……屋上に来ると清々しいな。
屋上は開放的で、外の空気をからだ全体で感じられ、千楓の気分は良くなっていた。
今のところ屋上には殆ど人がおらず、自由にどのベンチを利用しても問題はない状況だった。
千楓はベンチには向かわず、屋上の柵のところへ向かう。
柵から下を見下ろしたり、遠くの方を見たりして心を入れ替えていた。
心をリフレッシュした後で、千楓は遠くの景色を眺めながら購買部で購入してきたパンを口にする。
「……なんだか学校の生活には慣れないな……」
普段から通っている高校なのに、一週間以上のラグがあるように感じられるからだ。
いや、一週間どころか、数か月くらいの空きを感じる。
何かの勘違いかと思いながらも、近頃の自身の不自然さや、周囲の対応を振り返ってみると違和感しかなかった。
「やっぱ、何か違うのか?」
千楓がモヤモヤと悩みながら昼食を取っていると、背後にある屋上の扉が開かれた。
なぜか、気になり振り返る。
そこには辺りをキョロキョロと確認している黒井愛華の姿があり、その光景が千楓の瞳に映っていたのだ。
「あ、いた、そこにいたんだね」
黒井愛華が元気いっぱいに駆け足で向かってくる。
「千楓、一緒に昼食を取ろ」
「今日もか、別にいいけど。俺、もう購買部で購入したパンを食べてて」
「えー、じゃあ、少しでもいいから食べてよ。一緒にベンチに座って食べるだけでもいいし、ね!」
愛華は愛嬌の良い笑顔を見せ、誘ってくる。
「しょうがない。いいよ。食べようか」
愛華とは幼馴染なのだ。
愛想のよい幼馴染の意見は断るわけにはいかないと思い、彼女と共にベンチへと向かう。
隣同士で座ると、愛華は楽しそうに膝元に置いている弁当箱の蓋を開けていた。
その弁当の中身は焼きそばだった。
女の子の弁当としては奇抜すぎると思う。
「食べる?」
「少しだけなら」
千楓は彼女から食べさせてもらった。
「どう? 美味しい?」
「普通に美味しいよ。ソースの味もしみ込んでいて」
「これ、自分で作ったんだよね」
「そうなの? 上手だね」
「私、料理を作るのが好きだからね! それに、なんせ、私ね、中学の料理コンテストで優勝した経験があるくらいなのよ」
隣に座っている彼女は、どや顔を見せていた。
「それは凄いな」
「でしょー」
「ん? でも、愛華が優勝した経験があるなら、俺も知ってるはずだよね? 俺らは幼馴染なんだし」
「え、そ、そうね。でも、その時は別の学校に通っていたからよ。そんな感じ!」
「そうなのか……?」
愛華の強引な話の終わらせ方に、千楓は少し首を傾げる。
愛華が幼馴染なら、小学、中学、そして今の高校も同じ場所で生活してきてもおかしくない。
がしかし、考えてみれば、千楓は彼女と遊んだ経験があまりないような気がしてきていた。
「そんなことより、もう少し食べる?」
「もうお腹いっぱいなんだけど」
千楓は断った。
購買部で購入したパンだけでも十分なのだ。
今日は体育の授業もなく、今朝も同居人の堀江夏海から丁寧に朝食を作ってもらっていた。
夏海が作る料理は腹持ちがいいのだ。
「そっか。じゃあ、明日も作ってくるから。その時は何も食べないでおいてね」
「わかった、明日ね」
「うん、約束ね」
愛華と約束を交わす。
それから愛華は弁当箱の焼きそばを美味しく食べ始めたのだ。
ソースの匂いや、彼女の食べ方を隣で見ていると、誘惑され、不思議と食べたくなってくる。
先ほどパンを食べ、お腹が満たされていたはずなのに、食欲が加速していく。
「ん? どうしたの? もしかして食べたくなっちゃった感じ?」
「そ、そうなんだ」
「だったら、早く言ってよ。少し分けるね」
愛華は弁当箱を入れていた大きな布製の袋から、紙で出来た皿を取り出す。
それに、彼女は焼きそばを分けていた。
「はい、これね」
「ありがと」
千楓は焼きそばの匂いを改めて嗅ぎ、その美味しさを鼻で感じ取っていた。
千楓は手に持っている紙の皿を左手で持ち、右手には彼女から貰った割り箸を持ち、食べ始めるのだった。
愛華の焼きそばは心まで満たされる感じだ。
それほどに彼女の料理の腕は高く、感心してしまうほどだった。
「ごちそうさまでした」
「美味しかったのなら、私も作った甲斐があるわ。えっと、後ね、一つだけお願いしたい事があって」
隣にいる愛華は照れた顔つきになり、口を小さく動かし始めた。
「どんなこと?」
「今日なんだけど。放課後に一緒に遊ばない?」
「今日の放課後か……」
特に用事などなかったら、愛華と一緒に遊びたいという思いもある。
ただ、今日は、あの手紙に対する返答をしないといけないのだ。
「ごめん、今日は部活に行かないといけなくて」
「部活? 辞めたんじゃないの?」
「えっと、そうなんだけど。俺、もう一回だけ参加しようかなって。もし自分に向いていないと思ったら、やらない感じ。一応、その部活の部員から誘われてて」
「そっか。それならしょうがないね。まあ、私も千楓と一緒に話したい事があったんだけど」
彼女は、千楓にも用事があるのだと割り切っているようだった。
「え、重要なこと?」
「重要かも……でも、急ぎではないから。後でもいいよ。今週中に時間がある時でもいいし」
愛華はジェスチャーを加えながら遠慮がちに言う。
「今日はありがとね。私のお弁当を食べてくれて。また明日も作ってくるから楽しみに待っててね」
彼女は弁当箱を片付けた後、ベンチから立ち上がると、屋上から立ち去って行くのだった。