最終話 俺が決めた今後の答え
「彩羽⁉ どうしてここが?」
「だって、不安になって……というか、千楓から離れて! いつまでくっ付いている気?」
「別にいいじゃない。これからは私のモノなんだから」
「そんなのあなたの勝手な思い込みでしょ! そもそも千楓は最初から私と付き合ってたんだからね」
「えー、そんなの関係ないわ」
そのストーカー少女は、部屋の扉近くに佇んでいる望月彩羽の事を、ジト目で見つめていたのだ。
「絶対に渡す気なんてないんだけどね」
「あなたが千楓の事を解放しないなら、私だって容赦はしないから」
宮原千楓は二人から板挟みにあったまま、その対立に巻き込まれていたのだ。
一体、何が?
「ねえ、千楓は立てる?」
「足の方に鎖があって」
「そうなの。じゃあ、最終手段を使うしかないわね」
彩羽はその場で考えたのち、部屋の外にいる人らを呼びかけるような仕草を見せていた。
それから数秒後には警察みたいな人らが部屋に入り込んできたのである。
「ちょっと待って。なんで⁉」
驚き顔を見せるストーカー少女の前には三人ほどの警察がいる。
「あなたですね。数か月前の事件の実行犯は」
「なッ、わ、私は――」
ストーカー少女は千楓から離れると、警察に対して誤解を解こうと必死になっていた。が、すでに警察には証拠があるらしく、言い逃れできない状況になっていたのだ。
「早く入れ」
「な、なんでこんなことになるのよ! きも」
「うるさい。そんな事を言ってないで、後のことは署の方で聞くから」
そのストーカー少女は、アパート前に止めてあったパトカーに強引にも押し込まれていたのだ。
警察官も全員乗り込むと、そのパトカーはけたたましいサイレンを鳴らしながら姿を消したのである。
近所住人らはあんな人もこんな周辺に住んでいたのねとヒソヒソ話をしていた。
「……俺、とんでもない奴から好かれてたんだな」
「そうね。でも、一件落着かもね」
「あ、ああ……」
千楓は唖然としたまま、彩羽と共に、そのアパート前に佇んでいたのだ。
「千楓は怪我とかない?」
「全然ないよ。なんか、ありがと。まさか、彩羽に助けられるとは思ってもみなくて」
「いいわ。別に」
「あとさ、ちょっとだけ思い出せたよ」
「え?」
隣にいた彩羽の顔色は明るくなり、ハッとした顔つきになっていた。
「俺。昔、漫画のイベントに参加していたんだよな。彩羽と一緒に。俺、思い出せたんだ」
「そ、そうなんだ。じゃあ、良かったじゃん」
「なんだよ。あっさりしすぎないか?」
「別にいいのよ。思い出してくれたのならね」
彩羽は少し潤んでいるのか、千楓の方を見ることなく、遠くの方を見ながら相槌を打っていた。
二人はその場から歩き出す。
「今日もあんたの家に泊るわ」
「な、なんで? まあ、いいけど。元々付き合ってたんだよな」
「そうよ。それに私が泊った方が、私の予定も立てやすいでしょ?」
「確かにな」
彩羽と一緒に横に並んで岐路についていると、少しずつ思い出せる記憶があった。
千楓は、あの漫画イベント会場で、ストーカー少女が事前に設置していた爆弾の爆風を受け、遠くまで吹き飛ばされたことが原因で、三か月の間、意識を失っていたこと。
ストーカー少女は千楓を自分のモノにするために、死ぬことを目的として爆弾を利用していたのだ。
その爆弾の影響もあってか、当たり所が悪く、千楓は記憶を消失していた。
霧がかかったようにモヤモヤしていた頭もすっきりとした感覚になり、今ではスーッと心が洗礼された感じになっていた。
すでに外の景色は暗く、歩道近くの電灯が付き始めていたのだ。
まさか、自宅に帰る前の間に大事件に巻き込まれるとは思ってもみなく、千楓は外の新鮮な空気を吸いながら深呼吸をしていた。
彩羽とは、沈んでいく夕日を一緒に見ながら気まずそうに手を繋ぎながら歩く。
「ただいま」
千楓がそう言って自宅に入ると、リビングの方から堀江夏海が顔を出してくれた。
お帰りと彼女から言われ、二人はリビングと向かう。
「何これ?」
千楓はリビングに入るなり、その光景に驚いていた。
ダイニングテーブルには、フライドチキンやシチューなど、洋食を連想させるご馳走の数々が綺麗に置かれてあったからだ。
「これ、どうしたの?」
「今日はボーナスが入ったから、気分転換にと思って。千楓も大変だったでしょ? だから、千楓のためにも今日はご馳走にしようと思ってね。まだ、戻らない記憶もあるでしょうけど――」
「いや、もう戻ったよ」
「……え? そうなの? じゃあ、私が誰かわかる?」
夏海は顔色を変え、千楓の近くまでやってくる。
「わかるよ。昔、近所の家に住んでいた人でしょ。昔から俺と仲が良くて」
「じゃあ、張り切りすぎたかな」
「いいよ。むしろ、記憶が戻った記念として受け取っておくよ」
千楓は夏海に心配をかけないように話し、今日の夕食の数々を眺めた後、テーブル前の椅子に座った。
「彩羽も一緒に食べようよ。今まで彩羽にも迷惑をかけたわけだし。全然、思い出せなくて、俺の方も悪かったよ。彩羽も大変だっただろうしね」
「そんなの別に、た、大した事はないわ。でも、いつも通りの千楓に戻って一安心って感じ。全く、今後は苦労をかけさせないでよ」
「わかってるよ」
その場に佇んでいた彩羽はテーブルの方へやってくると、少々俯きがちな態度で、千楓と向き合うような形で席に座っていたのだ。
「じゃ、皆で食べましょうか」
夏海も椅子を引っ張り、千楓の隣の席に座る。
それから三人で、なんの迷いのない笑みを見せながら食卓を囲むのだった。
休日明けの月曜日。
千楓が彩羽と学校に登校し、校舎内の廊下を移動していると、後輩の川瀬風花と同学年の黒井愛華が近づいてきた。
「先輩、今日は部活に来てくれますか?」
「千楓。今日は一緒に昼食を取ろうよ! 私、今日もお弁当を作って来たんだよね!」
二人から言い寄られていたが、すでに千楓の心の中では決意が固まっていた。
「俺……一応、ここで言っておきたい事があるんだ」
「「え?」」
風花と愛華の声が重なる。
「俺、元々の記憶が戻ったらしいんだ。だからさ、今まで通り彩羽と付き合う事にしたから」
「そ、そうなんですか、先輩?」
不安そうな顔を浮かべる後輩の風花。
「じゃあ、私。今後、千楓と付き合える可能性は低いってこと?」
びっくりとした感じに目を丸くする愛華。
「まあ、そういうことだな。でも、二人とも友達としては付き合うから」
千楓は正面にいる二人に告げる。
「しょうがないですよね……記憶が戻ってしまったら……でも、部活には来てくださいね!」
「ああ、もう一度剣道をやりたくなったしな」
千楓は風花の顔を見て言う。
「友達って事は、もう私のお弁当の感想は言ってくれないのかな?」
「そんな事はないよ。作って来たのなら普通に食べるし」
「そ、そうなんだ! じゃあ、今日のお昼楽しみにしておくね!」
風花、愛華もホッとし、安心しきった顔を浮かべていた。
「じゃあ、彩羽、一緒に教室に行こうか……ん?」
ふと、振り返ると、彩羽がムッとした顔を浮かべていた。
「え、っと……どうしたのかな?」
千楓は背後にいる彼女に恐る恐る問いかけた。
「どうしたのって、私と付き合うって言ってたのに。どうして、他の二人の誘いに乗っちゃうのかなぁって」
「ご、ごめん。そういうつもりじゃなくて」
「私と付き合うなら、他の女の子に目移りしちゃダメなのに!」
千楓は朝っぱらから彩羽に怒鳴られてしまう。
やはり、彩羽を怒らせてしまう原因は、まだ自分の中にあるらしい。
千楓はこの現状に耐え切れず、駆け足で逃げ出す。
彩羽とは、今後も色々とありそうな予感しかしなかった。
でも、これからも、しっかりと人生と向き合い、後悔しない生活を送りたいと内心感じていたのだ。




