12-6. エピローグ
桜花と流水音、ゆるやかに抜けていく風は沈黙した時間を作り出す。
不思議にもその間は心地よく感じれる。
彼女がいう言葉ももっともだと思える。生活圏内には得難い癒しが確かにここにあって、人々が自然に繰り出そうする心理がよくわかる。
さなか、その心地よい沈黙を破る声が隣から聞こえる。それはさきほどの軽快な切り出しでなく、どこか躊躇いを感じさせるような、迷ったような拙い言葉運びであった。
「……私も詳しいことは分からないんだけどさ、けっこう大変な仕事に就いていたんだよね??」
その言葉に心底驚く。
それは、彼女はおろか近しい者たちには誰にも告げていない。……伝えても、せいぜい『被せての情報』でしかない。それに勘付くこと自体があり得ないからだ。
「なぜ、それを??」
「なんとなく分かるよ。分かっちゃうよ、流石にね」
歩道沿いにある、一段下がった河川を臨むベンチには私たち以外にこの満開の光景に心惹かれ楽しんでいる者たちがいる。
三〇メートル先上流のベンチに座る男女――手前にいる私たちでなく残雪ある山々に感動したか指を差し言葉を交わしている外国人カップルに一瞥する彼女。
「君といっしょに同行していれば、老若男女それぞれの組み合わせで誰かがこちらを終始観察しているのが分かる。平静を装っているようだけどね」
「……気づいていたのか」
『うーん』と組んだ両手を前方に伸ばした彼女は、座面に手を置いて足を交互に前方へとぶらぶら放る。
彼女の視線は緩やかに流れていく河川に。そして視線をあげて山に、空に移して零す。
「――はじめは全然分からなかったよ」
「なぜ、分かった??」
「君の視線だよ」
「……し、せん」
――そうか。そうだったか。
目から鱗が落ちるとはこういうことをいうのだろうか。
それへと辿り着くような材料は与えず、自然を装って警戒していたつもりだった。
それが逆に違和感を感じさせてしまっていたとは思いもしなかった。未だ役者には程遠いと痛感させられる。特に、近しい者たちに見抜かれてた事実にはより大きくそれを感じさせられた。そういうところを踏まえての『新米隊員』であり、ⅤR、そして先の演習・蜂起に大抜擢されたのだろう。既に終わったことではあるが、少しばかり悔しくも感じさせられる。
「あんまり女を舐めていると痛い思いをするよ。な~んてね。ただ君が思っている以上には君のことは知っているつもりだよ。
――なんの仕事に就いていたのかは聞かないよ。ただ、ほんとにお疲れ様」
彼女の手は俺自身の頭に置かれ、そう労ってくれる。
まったく、よくもみているものだよ。
いまもそうだ。欲している言葉をこうもかけてくれるなんて。
機密情報を扱っていた立場上、自身に関わる情報含め一切を誰にも口外することは出来なかった。
……明日をも分からぬ身であったことを踏まえれば、彼女のような近しい者たちには自身の身の上話しを切り出したかった。
それは自身というよりも残される者たちに対しての思い。何気なく流れる一日一日が、もしかしたら最後かもしれなかったからだ。
それを伝えられずにいたことにはもどかしく歯痒さしかなかった……。
そして、それはいまも続いている――。
その事実に一人苦しみ喘いでいることを、目の前の彼女は察して汲んでくれている。
これが、どれほど嬉しいことか。
根掘り葉掘り追及があっていいところさえもあえてせずにただただ受け入れてくれていることには、年甲斐もなくまたも目が潤んでしまっていた。




