10-1. 潜入
陽は既に落ち、すっかりと更けこんでしまっている。
昼間までは吹雪いていて何者をも寄せ付けることを良しとしない荒々しさがあった空が、いまでは風は止み雲はゆっくりと流れ『静けさ』が満ちた夜空が展開していた。……雪は若干チラついてはいるが。いくつもの輝く点群がみてとれる。
あのときの天候はいったい何だったのかと思えるほどに──静かだ。
しかし──。その平穏と思えるような静けさが満ちた空の下では、未だ警官・自衛隊、テロリストたちとの抗争は続いていて、緊迫した状況下にいまもあることを、遠方から聞こえる声で知らされる。
──残すところ一時間か。
相手の『切り札』となるC4は致命傷に至らないまでに封じた。これで時間の制約からは逃れることは出来た。
だが、相手にその事実が知れてしまえば、脅しの手段は『人質』に移ることとなる。
──急がなくてはならない。
だが、なんだ……。この違和感は!?
目的地である棟内には潜ることは出来ている。
順調といえばそうなのだろう。事実そうなのであるから。
……聞こえはたしかにいい。だが──。
哨戒する者たちを一切見かけないのはなぜだ!?
それは爆弾処理を終えてから、この棟内までの『移動全て』がそうであった。
──どういうことだ?? ……んn !?
監視カメラの死角となる壁面の凹凸部に身を隠し状況把握に努めようと相手へ呼び出し《コール》する。
しかし、司令ならびにサポートする面々──それどころか作戦室に繋がらない!?
ただノイズ音だけが流れる。
……原子炉建屋から北に位置する、この別棟は外部からの信号を一切遮蔽する仕組みを採っているのか!?
──いや、それはあり得ない。
非常時たる事態には、無線はいまも取られている手段であり、施設内を遮蔽する理由はない。
では、なんだ??
相手に周波数が割れてしまっていて通信妨害されているのか!?
……可能性はあるだろうが、通信障害はほかの機器にも影響が及ぶ。なかでも原子炉を制御する精密機器が揃うこの一帯で使用すること自体、ナンセンスだ。
──いったい、何が起こっている!?
衛星通信もLTE回線も繋がらない状況下では、外部の情報を知る術はおろか相談さえ出来ないのはじつに手痛い。
目の前に広がる空間。
広々と人の往来を考えて作られたであろうエントランスでは、装飾の類は一切なく白で統一された無機質な空間となっていて、そこにはただ『静けさ』だけが鎮座していた。
同時に異質さを感じる。
照明の光は空間全体に対し圧倒的に光量が足りておらず陰りが生じていて、点滅もしくは切れていた──。
いまも壁面に背を預け左右を見回すが、やはり『相手たる者』を視認さえ出来ずにいる……。
ほんとにいないのか!?
これまで予測しえないトラブルはあったものの、なんとか任務を果たしては来れた。しかし、こうも相手の目論見が全く読めない、状況が全く掴めない事態には焦り・不安が生じる。
それを払うようにハンドガンを構え、現況把握に努めるのだが──。
……ん、もしかすれば。
人が誰もいない、不自然な状況理由に、ひとつの可能性が過る。
──米軍が既に制圧している可能性である。
もとより今回の作戦は合同で事に当たる内容だった。
……司令からすれば『指揮権はそれぞれ独立している』と聞いている。
共有こそはされなかったが、すでに『制圧完了』しているということだろうか。
完全に外部との情報が断たれたいまでは、最早憶測でしかないが。