8-4. 目利き
『──首相にお願いする。
いま起こっているテロという緊迫した状況を作り出してしまったのは、多少なりとも我々が関わってしまっていたことはまず間違いない。原子力発電の導入からいまに至る継続運用まで、早い段階で環境的リスクを踏まえ廃炉に至っていれば、今回のような『失態』はまず起こることはなかった。
これは、『利する者たちで固められた世論』と『それらの一方的選択』により引き起こされたのは火を見るより明らかである。
国政を監督する者が買収されて、どうしてこの国が立ち行けようか──。
『比例代表制』の仕組みは民意を欠いた代表的事例といっても過言ではない。ゾンビ議員と揶揄されている実態を踏まえれば、これほど体現されているものはない。
──テロリストたちの要求に対しても、幾分かの譲歩は必要となる。
首相には、その『比例代表制の廃止』をもってして手打ちとするよう働き掛けていただきたい』
『──裏金に関わっている者たちをいまも大臣起用している時点で、すでに政府としての機能は停止していると思いませんか??
なぜ、いまも罰することさえなく任用し続けているのですか!?
これが首相の語る『誠心誠意』なのですか??
少なくとも『民意』とは、かけ離れた事実であることはご理解頂きたい』
『──隣国との繋がりを持ち『静かな侵略を招く者』を、いまもなぜ『要職』に就かせているのですが??
彼らの疑惑は米国大統領が指摘したとおりです。
これでは国際社会からの非難は必至です。現にそれはあります!!
首相自らの言葉にある『誠心誠意』を、彼らの罷免を以てして実施されることを強く要求します』
……
犯行声明から二〇時間が経過。
臨時国会が開かれて、しばらく経つが、これまでの経過を一言で表すとすれば『停滞』に尽きる──。
いや、始まってもおらず動き出しもなく既に『終点』か。
いつもの型には眠気が迫り意識が落ちそうになる。……瞼があまりにも重たい。
眉間に親指を当てて、如何にも考え熟考している素振りを装う。
時折あからさまに腕を組んでは寝入っている者を見掛けるが、ハッキリ言って彼らには『演技力』がない!! 自ら隙を隠すことなく曝け出し『指摘してくれ』と申告しているようなものだ。だからこそ、炎上している訳なのだが。
さて、しばし熟考している姿勢のまま、軽く寝入ろうとしたところ──。『流れ』に変化が顕れてきたことを耳で捉える。
……ほう。なかなかに面白いものだ。
『棒読み』が行き交う討論に、強弱と溜め、一つ一つの言葉に熱量を備えた発言が飛び交い、目が醒める。
彼らの、型に対しての抵抗──。
これまでの沈黙を破って動き出したのは差し迫る時間も大きいことだろう。それ以上に、言わずと知れた国際社会からの圧力が大きいことは違いないだろうな。
また俯瞰的にみて、内閣に対する彼らのモノ言いに遠慮もなくなってきたように思える。
彼らの強気な発言からして、既に『新たな後ろ盾』を得たか──。
もしくは自身を買ってくれる者に向けての『自身の有用性を説く舞台』としているか──。
どちらにせよ、動き出そうとしている事態には聞き入ってしまう。
──取り上げてきた『比例区』の廃止。
もっともらしいといえば、もっともらしい。結果次第では無所属に属している者たちには追い風となろう。
それを訴え出る口実に『原発の廃炉』を上げているのには幾何かの狙いがあってのことだと思われる。国民全体がいま注目している問題なだけに共感を抱かせ、新規支持層の取り込みを狙っている……。もしくは『強力すぎる支持者』からの注文か──。
周りを見渡せば、それに『乗る』者と『乗らざる』者──。はたまた、場を静観しつつ出方を窺っている者たちが散見される。
彼らの思惑としては今後の『生命線』を探っているのであろうな。かくいう私も、その一人であるが。
背もたれに深く身体を預け足を組み、手を口にあてる。
動き出そうとしている事態には、これまでの退屈さを払ってくれる期待感を抱かせてくれる。
どちらに軍配が上がるか、しばし静観させてもらおう。
見ていれば、数こそは少ないが、国を憂えての義憤により訴え出ている者も見受けられる。
──差し迫る緊迫した事態に、表面だけを取り繕った妄言でない『誠心誠意』からの的を射た声には自然と耳が傾く。
彼らこそが本来、要職に就くべきなのだろうな。
まぁ、もっとも。どんなに行き交おうとやはり『暖簾』でしかなかった、か。
「──脱炭素社会は全世界が目指しているものであり、我が国においてもそれを目指す必要がある。そして、それを実現させるには原子力発電の充実化を国策として進めていかなければならない」
「──裏金問題で疑われている大臣含め議員たちには口頭で厳重に注意をした。彼らに向かう疑いを持たせてしまった発言・行動には、いまここで謝罪させて頂く。
彼らには任期まで、しかと職務全うしていただくようお願いしている」
「──隣国との特別な繋がりを持って斡旋したかのような発言、行為をした者たちには厳重に注意をしている。改めて彼らには任期まで、しかと職務全うしていただくようお願いしている」
……見事な読み上げぶりであった。
表情を変えることない『あの型』は到底崩せないだろうな。お世辞抜きで敬服に値する。
流れを転じさせようとした起爆剤は着火することもなく全くの不燃で終わってしまった──。
導入の『廃炉』の言葉は言い返しの軸にされ、迫る猛追には変わらず馴染みの定型文句で返される。差し詰め『効果はいまひとつのようだ』。
『裏金』、『隣国干渉の手引き』に関わってであろう議員に対しては全くの中身はなく、『事実』として認めず『疑い』としてぼやかす。続く任命責任においても、のらりくらりと躱していく──。
結局はどんなに熱量を上げようが、総じて『決まりきった討論』と化していて、『演じている』だけなのだ。台本どおりに。
これを察してか、内閣からの回答中には野次を飛ばす者も多く散見された。意外にもそれは与党からも聞こえる。
……いまや一枚岩でない。何枚にも切り裂かれているのが実態なのだろう。
もとより派閥の多い政党だけに当然と言えば当然か。
さて、時間まで残すところ四時間を切っている。
これが、彼らの狙う『時間切れ』まで続くと思うと心底参いるな。
中身の無い『お遊戯』には涙目に思わず欠伸が出そうになる。
……まだ児童のそれが勝る。失礼──。未来ある彼らを引き合いに出すのは宜しくない。少なからず、自身の表現、協調性を育む観点から見れば、はるかに有意義である。
……無駄な時間だな。
この時間をもってしてアプリを介し秘書と『挨拶回りの順序立て』を詰めていくか──。