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5-1. 波紋

 ……もう、こんな時間なのね。 


 二百人近い人数を収容できる廃校の体育館で、ブルーシートと段ボール、毛布を分けてもらい、しばらくの時間を過ごしている──。


 廃校になってしばらく経つと聞いたが、最近になって地元企業のサテライトオフィスや交流の場として活用されていることもあってか、校舎含む体育館までもが、その活動の一環として維持されていて、一日二日程度過ごすには申し分なさそうだ。

 けど、申し訳程度に段ボールで仕切られたスペースに横になり目を瞑るも、眠れることもない。 


 普段の寝付きは決して悪いほうではないと思うのだけど……。


 見知らぬ大多数が雑魚寝ざこねするスペースに一人身を置く私からすれば、羞恥心も当然ながら、それ以上に『不安』を感じていたことが大きいのかもしれない。

 その不安が過るたびには、仰向けから左脇を下に、右脇を下にしては再び仰向けになって寝入ろうとする……。

 けど、いくら寝返りを打っても結局は思うように寝入ること出来ず、眠たいのに眠れない上体を渋々と起こし、いまに至っている──。


 モゾモゾと毛布を被りながらも上体を前のめりにしつつ、手を伸ばし携帯端末を手に取ってみる。

 ディスプレーに映し出された時間を見てしまったときには、思わず溜息が零れてしまった。

 それに拍車をかけるかのよう、窓ガラス越しには、さきほどまで吹雪いていた光景は一転、和らいでいて、東雲の空に現れた陽が射し込んでいた──。


 思い返せば、普段の生活ではこうして明け方を迎えることはなかったな。


 職業柄、急患あれば不規則な生活リズムに、慌ただしく時間も流れいつの間にか昇っていた、のが常だったからだ。


 けど、年末年始はしっかりと休暇を取ることが出来ていて決まって家族なり友人と一緒に、それを拝むのが通例となっていた。

 旧きを送り、新しきを迎えれることに感謝を──。

 そして良き一年であるように祈りを込めて──。

 

 けど、今年はそうもいかないらしい……。


 いまもこうして仮眠こそ許されて休んでいるが、休まることもない。いつ呼び出しを受けるか分からない不安にそわそわしていた。

 休んでいる館内からは、本人としては声量を抑えているつもりなのかもしれないが、すすり泣きに、涙混じった怒声。そして、不幸にも巻き込まれてしまった自身を憐んでほしい、不満の声が際立ち、いまも満ちていた。


 避難してまだ間もない頃。

 事の事態を深く知らない子供たちは最初こそは友達と長い時間一緒に居れることに喜んでいた。校外の時間さえも友達と過ごすことが出来ると思えた彼らの心境はまさしく『自然少年の家での合宿』もしくは『修学旅行』なり、その延長線上だったのだろう。

 が、張り詰めた琴線に触れる甲高い声は一人、また一人と苛立たせ、沈黙を強いていく──。


 そのときには私も同じ空気に居合わせていて、なんとも気の毒にも思ってしまった。

 けど、それを強いた苛立ちも十分過ぎるほどに分かってしまう。


 周囲を見渡したとき、避難している者たちからは極度に疲れた表情が読み取れ、普段見過ごせるはずの小さな引っ掛かりさえも今の彼らには『余裕がなかった』のだから。

 それもそうだ。

 施設により近い避難所である『この場所』は、事が起これば被爆、いや万に一つもないのだから。窓ガラス向こうの遠くに、海岸線に設けられた幾重にも張り巡らせてあるフェンス越しの重々しい施設を見つけてしまったことは、『そうである』と痛烈に突き付けていた。


 これには、避難者だけでない。


 いま私がいる避難所は、比較的多くを収容できることに加え、現場により近い位置に開設されたこともあってか、自衛隊や警官隊の『基地』としても併設されている。

 窓ガラス越し手前に映る校舎は二十四時間体制で稼働していて、いまも関係者が出入りしている。

 そんな重苦しくピリピリと張りつめた空気感が漂うなか、お手洗いに向かう途中、すれ違いざまに彼らの口から愚痴・弱音を溢すのを耳にしてしまう──。


『……死にたくない』と。


 布団のなかで再び寝入ろうとしたところを──、この強烈すぎる一言が、目を冴え渡らせた。

 被る毛布のなか、夜が明けた今も、それが頭の中を離れずにいる。


 ──思えば、彼らだって人間だ。


 これに対する恐怖は変わらない。

 誰だって、そうだ。

 それを、彼らはいつ爆破されるか分からない核の中心地で絶えず怯えながらも自身の使命を果たすべく、押し殺し、その場に踏み留まっているのだ。


 出来ることなら全てを放って逃げ出したい──。


 私たちと違って自由に移動できる手立てを持つ彼らには、その選択肢がある。

 それを行使せず、職務を果たそうとする姿勢には有難いと思えたと同時に、不憫に思えて仕方なかった。

 少なくとも廊下での去り際に映った、彼らの事に当たろうとする姿勢には『表面ばかりを取り繕った虚勢』としか思えなかった。


 目を閉じたとき──。

 彼らの在ったであろう日常が、霞む。


 ……ほんとうに、これでよかったの??


 携帯端末に映し出される首謀者の姿。

 仮面越しではあるものの、強弱と溜めを用いて演説する彼らの訴えは、私たちが日々の生活で感じる不平不満を拾い上げては強調し、一言一言がそうであるよう、身振り手振りと相まってじつに共感させてくれていた。


 しかし目の前に広がる巻き込まれ──、追い込まれ──、嘆く──、そんな彼らの姿を見るたび、強硬する手段には疑問を感じてしまう。


 ……言い分は分かる。

 けど、訴える手立てはほかにもあったのではないかと。

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