4章16 罪を負う人々
「失礼しました」
兄との話し合いが終わり、私達は3人揃って面談室を後にした。
「全く話にならないな。なんて融通が効かないんだ」
歩き始めるとすぐにフレッドが不満を顕にした。
「そうだな。まさか断られるとは意外だったよ」
セシルも珍しくフレッドに同意している。
結局兄からは、リオンとロザリンが履修する科目が決まっても教えることが出来ないと断られてしまったのだ。
理由はいわゆる『個人情報の漏洩は出来ない』とのことだった。
「仕方ないわ。やっぱり個人の情報を漏らすのは学園側の信用問題に関わるのでしょう」
「へぇ。クラリスはやけに理解がいいんだね?」
私の言葉にセシルが少しだけ驚く素振りを見せた。
「え? ええ。そうね。なんとなく予想はしていたから」
兄の言っていることが理解できるのは、やはり私が前世日本人だったからだろう。
「やはりクラリスが1人にならないように、俺達が同じ授業を選択するしか無いだろう。男女別の授業の時はエイダと同じ授業を選択するんだ。いいな?」
「分かったわ、そうする」
フレッドの言葉に頷く。
「クラリスは希望する授業はあるのかい?」
セシルが尋ねてきた。
「私は特に無いわ。2人が選択する授業で構わないから」
私の為に2人の学びたい授業を阻害するつもりは無かった。
もとより本物の私は死んで、この世にはいない。今の私は自分の意志で自由に生きていくことが許されない存在になってしまったのだから。
「本当にそれでいいんだな?」
フレッドが念押ししてくる。
「勿論、大丈夫よ」
頷くと、セシルとフレッドは互いに顔を合わせ……2人はどの授業を学びたいか白熱の議論を始めた。
私を寮に送り届けるまで――
****
女子寮が見えてきたので、私はセシルとフレッドに声をかけた。
「2人とも、ありがとう。もうここまで送ってくれれば大丈夫よ」
するとフレッドが眉をひそめた。
「女子寮の入口まで送ったほうがいいんじゃないか?」
「大丈夫よ。フレッドは心配性ね」
「だが……」
「あんまり、男子学生が女子寮に行くのどうかと思うの。今朝だって女子学生たちに取り囲まれていたでしょう?」
「う! た、確かに……」
私の言葉にフレッドが顔をしかめる。よほど朝の出来事が嫌だったのだろう。
けれど2人は人目を惹くような外見をしている。これでは女子学生たちが気になっても仕方ないだろう。
「それじゃ、見送りはここまでにしておこう。その代わり、クラリスが女子寮に入るまでここから見届けさせてもらうよ」
セシルが私に声をかけてきた
「ありがとう」
何もそこまでしなくても良いのに……よほど心配性なのかもしれない。
「それじゃ、また明日学校で会おう」
「またな」
「ええ、また明日ね」
セシルとフレッドに手を振ると、私は彼らに見送られながら女子寮へ帰っていった。
****
自室に戻り、カバンを部屋に置くとすぐにエイダの部屋へ向った。
――コンコン
ノックをすると、すぐに扉が開かれてエイダが姿を現した。
「あ、帰ってきたのね。クラリス」
「ええ。それで少し話がしたくて……今、いいかしら?」
「勿論、歓迎するわ。どうぞ」
笑顔で部屋に招き入れてくれるエイダ。
「お邪魔します……」
「どうぞ、座って」
部屋に入ると、ソファを進められた。
「ありがとう」
私がソファに座ると、その向かい側にエイダも座る。
「クラリスの方から私を訪ねてきてくれて嬉しいわ。それで話って何?」
「実は……」
私は兄との会話内容をエイダに説明した。
「……そう。それじゃ、リオンとロザリンの履修科目は教えてもらえなかったの?」
「ええ、そうなの。何となく駄目じゃないかと思ったのだけど、残念だったわ」
するとエイダが私の両肩に手を置いてきた。
「もし仮にロザリン達と同じく科目を履修することになっても大丈夫よ。だってクラリスには頼もしいナイト達がいるじゃない。それに、私だっているわ。女子学生だけの授業は私と同じ科目にすれば良いのだから」
ナイト達というのは、語弊があるけれどもエイダの言葉は嬉しかった。
「ありがとう、エイダ。あなたがいてくれて良かったわ」
「それにね、ロザリンはこの寮で暮らしていないから安心していいわよ」
「本当? それは確かに安心ね」
「ええ。何しろロザリンはリオンの家で暮らしているのだから」
「え……?」
その言葉に耳を疑う。私の顔色が変わったのをエイダに気づかれてしまったのだろう。
「どうしたの? 随分驚いているようだけど?」
「だ、だって……あの2人は婚約者同士だけど、結婚はまだしていないのでしょう? それなのに一緒に暮らしているなんて……」
「……噂で聞いたのだけど、ロザリンに火傷を負わせた罪を償わせるために生活の全てをリオンとリオンの家族にさせているみたいなのよ」
「そう……なの……?」
スカートの上に置いた手が震えてしまう。まさか、そこまでハイランド家に罪を負わせるなんて……。
「大丈夫? 随分ショックを受けているみたいだけど?」
不思議そうに尋ねてくるエイダ。あまり彼女の前で動揺するわけにはいかない。
「あんなに気の強い女性と一緒に暮らして面倒をみなければいけないなんて……気の毒だと思って」
それだけ言うのが精一杯だった。
「そうよね。私もそう思うわ。それじゃ、2人で一緒にどの科目を履修するか決めない?」
「そうね。決めましょう」
2人で話をしながらも、私は半分上の空だった。
きっとロザリンはおじ様とおば様のことも苦しめているに違いない。
そう思うと、ハイランド家の人々が哀れでならなかった。
この頃の私はまだ他人事でいられた。
いずれ自分がハイランド家に巻き込まれることになるとは思いもせずに――