第8話
「えーと。」
壮太はびっくりして、翔子を上から下まで眺めた。
「どうした。それ。」
「やっぱり、おかしい?」
「いや、おかしくはないけど。むしろ・・いやでも、いつもとあんまり違うから。」
「だよね・・。」
翔子はスカートをつまんだ。
壮太は、カウンターに手を伸ばして、そこに並べられたコップを無闇に拭きながら、うんうんとうなずいた。
「そっか。親戚の人が良い人なんだな。よかった。俺、なんにもしてやれなかったけど、これで心配ないな。よかった。」
「そーちゃん、それさっきも拭いたコップ。」
「あ、そうか。はは。」
マスターはカウンターの端で、目頭をぬぐっている。
「幸せになれよぉ。翔ちゃん。応援してるからな。」
「うん。大丈夫。とりあえず、そーちゃんと同じ大学目指す。またここ来てもいいでしょ?」
「もちろん。もちろん。いつでも来い。」
「引っ越し先、ここから電車で一時間半ぐらいなんだって。車だったら四十分ぐらい。近いよ。すぐ来られるから。」
「そっか。」
和登はそんなやりとりを、店の隅のテーブル席で眺めている。
ほとんど無表情で反応の薄い翔子が、ここでは生き生きと話したり笑ったりしている。
ちょっと気に入らない。
気に入らないが、こちらが本当の翔子なのだろう。
つい先日女の子の従妹がいると聞いて、思わず見に来たが、早希子叔母によく似た美少女でびっくりした。
美少女なのに、服装はまるで男の子だし、表情固いし、背が高くてちょっとやせ過ぎている。
早希子の話では、母子家庭で苦労していたらしい。
早く引き取って、ちゃんとした生活をさせてやりたい。
「ねー翔子ちゃん。そいつ、彼氏?」
「え、いやいやそんなんじゃ。昔からお世話になってるから。」
翔子は慌てて否定する。
壮太は少し傷ついた表情をした。が、翔子の言葉を否定したりはしなかった。
「へぇ。そーなんだ。じゃあ、俺も挨拶しておこう。」
和登は立ち上がると、壮太とマスターに向かって、頭を下げた。
「うちの翔子がお世話になりました。いずれ改めて祖父と一緒にご挨拶に伺います。」
「これは、ご丁寧に。翔子ちゃんは、小さい頃から知ってるし、もううちの娘みたいなもんだったんで、そんな挨拶なんて。」
マスターは涙目をごまかそうと、目をしばたかせながら、そう言った。
「新しい住所教えて。」
壮太に言われて、翔子はポケットからメモ帳を出した。
「えーとね・・」
「おまえ、スマホ買ってもらったんだろ。もう少し活用しろよ。」
「あ、うん。」
メモ帳を写真に撮って使い方を説明する壮太を、翔子は嬉しそうに見ている。
ちょっと気に入らない。
「ホントに彼氏じゃないんだよね?」
和登の直球な質問に、翔子はムキになる。
「違うって。そーちゃんは、大学に彼女がいるんだって。」
「あ、そうなんだ。」
「え、そんなの誰に聞いたんだ。」
壮太は目を丸くする。
「だって、この前そーちゃんの友達が。」
翔子が言いかけるのを、和登はさえぎった。
「よかった!じゃあ翔子ちゃんフリーなんだな。よかった!俺、翔子ちゃんの彼氏に立候補しようと思ってるから。無駄な努力もしたくないしさ。」
壮太の表情が微妙に何か言いたげな様子になるのを、和登は無視した。
こいつに本当に彼女がいるかどうか、知ったことではない。ぐずぐずしているのが悪い。
「じゃ、行こうか。そろそろ引っ越し屋が来る。」
イルカマークの引っ越し屋さんが、
「とりあえず段ボール置いていきますんで。」
と置いて行った段ボールで、部屋の中はいっぱいになった。
「これ、どうしたらいいんですか?」
「あー。明日全部やってくれるから大丈夫。今日必要な分だけ、箱に入れて。どうしても持って行きたいものとか。もうすぐリサイクル屋さんも来るよ。家電は全部処分するけど、捨てられて困るものある?」
和登は手際よく、冷蔵庫の中身を出しながら聞く。
「えっ、あの。」
「ちっちゃい炊飯器とか、かわいいよね。」
やってきたリサイクル業者は、冷蔵庫やテレビなどの家電と、箪笥やハンガーラック、ダイニングテーブルなどを引き取っていった。
いっぱいだった部屋にどんどん隙間ができていく。
「そっちの箱に、服入れて。亜希子叔母さまの服は、どうする?」
和登に言われて、翔子はびっくりしてしばらく手が停まる。
この人、おばさまって言った。
言い間違いかと思ったけど、和登は訂正する様子はない。
素で初めて聞いた。叔母様。
「あの、」
「そっか。まだ処分するのつらいよね。じゃあ、全部運んでもらおう。」
どうしてこの人は、私が言いたいことが全部わかるんだろう。
翔子は不思議な気持ちで、車を運転する和登を見やった。
なんかすごい超能力者かもしれない。
黄色い軽自動車は、しばらく走って、山の手の明るい住宅街に入っていった。
竹藪の前で止める。
「自転車下ろさないと、車庫に入らない。翔子ちゃん、運んでくれる?」
車の屋根のキャリーに括ってある自転車を、よいしょと下ろす。
竹藪の先に車庫が見えて、和登はそこのシャッターをガラガラと開けて、車で入っていった。
のぞくと、五台ぐらい入りそうな車庫になっている。
「こっちこっち。」
和登に手招きされて、翔子は自転車を押しながら車庫に入る。指示されたところに停めて、車庫の中にある階段を数段上る。無骨な鉄の扉を開けると、中はおしゃれな勝手口になっていて、靴を脱げばそこはもう家の中だった。
「ようこそ。今日からここが君んちだよ。」




