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第7話

翌日。

バイト先に挨拶に行こうとして、翔子はちょっと困った。

昨日、和登に学校から拉致られたので、自転車が学校に置きっぱなしだった。

喫茶店までは歩いても行けるが、学校までは結構ある。

どうしようか、と思っていると、カナリア色のコペンが目の前で停まった。

「おはよう!翔子ちゃん。」

和登が運転席から手を振った。

「あ・・オハヨーゴザイマス。」

ぺこっと頭を下げると、和登が手招きした。

「昨日、自転車置きっぱなしだったんじゃない?学校まで送るよ。」

「え。あ、助かります。」

「あとさ、昨日の忘れ物。これ着てみて。」


せっかく戸締りしたのに、もう一回鍵を開けて、和登の持っていた紙袋を受け取った。

「え、これ、着るんですか?」

「そうそう。あ、俺出てるから。」

和登が部屋の外へ出ると、翔子はため息をついた。

やっぱりこのヨレヨレのTシャツとハーフパンツでは、あまりよろしくないらしい。

仕方ないので着替える。

ひらっひらの白のシフォンスカートに、品のいい襟付きのペールオレンジの半袖ブラウス。

「これだと、自転車が漕げないです。」

部屋の中から、外に向かって叫ぶ。

「大丈夫。自転車は車に積めるから。」

靴は昨夜のサンダル。


むしろステキ女子大生という感じになって、翔子は落ち着かない。

「これで学校行くんですか?」

「転校手続きの書類とか、取りに行かないと。大丈夫。すごく綺麗だから。」

和登の言葉に勇気をもらうが、それでも学校に着いた後、そのまま職員室に行くのはかなりためらった。

客用の玄関で、スリッパに履き替える。

「担任の先生、なんて名前?」

「あ、小倉先生です。」

「オグラね。あ、すみません、小倉先生いますか?」

事務所で中にいた人に声をかける。しばらくお待ちください、と事務員が出て行く。


夏休みとはいえ、初日だから割と部活の生徒なんかがうろうろしている。

なんかかっこいい人がいる、という声が遠くでする。あ、ほんと、誰だろ、横にいる人もめちゃ綺麗、モデルみたい。

麻のジャケットをぴしっと着こなした和登は、昨日よりチャラ度が低い。確かにかっこいい。

モデルみたいな綺麗な人というのは、まさか自分だろうか。


担任の先生が出てきた。

「ええと。小倉ですが。」

中年のおじさん先生に、和登は向き直る。

「お世話になります。佐藤翔子の身内です。転校手続きの書類を受け取りに来ました。母が仕事で来られないので、代わりに。」

ちゃんとしている所は、ほんとうにちゃんとしているのだ。

担任がたじろぐ。

「藤沢さんの息子さん?ええと、保護者の方か本人でないと、書類はお渡しできませんが。」

「あ。ですから、本人と一緒に来ました。」

和登に視線で示されて、翔子は思わず両手を握りしめる。

担任が、ぽかっと口を開けた。

「佐藤?」

「はい。」

「佐藤翔子?」

「・・はい。」

担任はしばらく絶句していたが、やがて見とれている自分に気が付いたのか、一つ咳払いをして

「ええと。ハンコもらわないといけない書類があるから、ちょっと会議室へ来てくれ。」


何枚かの書類にサインしたりハンコ押したり、新しい学校の名前と住所を確認したりして、会議室から出てくると、いつもは閉まっている職員室の窓が全開になっていて、そこから1年の時の担任と2年の時の担任がさりげなさを装ってのぞいていた。おしゃれな服を着た翔子が来たという話を聞いたらしい。

「佐藤~。元気でな!」

「はあ。」

教科書を全部汚されても、「お前の管理が悪い」と言ってきた担任だった。

「新しい学校でも頑張って。」

2年の時は一度も声をかけられたことのない担任だった。

え。今さら?とも思うが、もう関係ない。

「お世話になりました。」

ぺこりと頭を下げたら、きらっきらのダイヤのペンダントが胸元で揺れた。

担任達の顔が微妙に変化するのを確認した後、ふんわりシフォンのスカートを翻して歩き去る。


やるねぇ、と和登がつぶやいた。

「すみません。なんか・・自分で稼いだものでもないのに。」

「何言ってんだよ。ここにいる生徒で、自分で稼いで買ったものを着てるやつがどこにいるんだよ。気にしない。それよりさ、君がいた教室見に行こう。先生にはさっき許可を取ったから。」

和登は明らかに自分がかっこいいことを分かっていて、すれちがう女子高生たちに愛想を振りまきながら歩く。

後ろで、きゃーすてき、とか言われると、へっへっへという笑いになるのがおかしい。

「和登さん、ちょっと趣味悪いですよね。」

「いいじゃん。ちょっとした楽しみだよ。」


半年近く通った教室に入ると、中で数人が雑談していた。

そう言えば、赤点取った連中の補習授業があるんだった。

もう終わったらしい。

翔子たちを見て、誰?という表情になる。

翔子は自分の机の上に、花の入った花瓶が置かれているのを見て、立ち止まった。くだらない嫌がらせだ。

察した和登は、教室をドアからぐるりと見渡して、

「へぇ。ここが翔子ちゃんの教室かぁ。忘れ物とかはない?」

「あ。まあ。」

「名残惜しいよね。今度行くS大付属とはずいぶん離れてるしね。クラスメイトとも二度と会わないだろうし。」

聞けば誰でもわかる、超有名セレブ高校の名前を挙げられて、翔子は真っ赤になる。

「じゃ、行こっか。」

翔子の手を取って、自分の腕につかまらせる。


「佐藤さん・・だったよね?」

「えー、別人みたい。」

「彼氏?すげーかっこいいんだけど。」

「やばいよね。」

意外に響く話し声が、階段を降りる翔子たちを追いかけてくる。

「彼氏だって。」

和登が笑う。

「なんか・・すみません。」

「いいじゃん。おもしろい。」

二学期になって、佐藤翔子は金持ちの彼氏と結婚して、タマノコシに乗ったらしいと学校中の噂になるが、翔子の知るところではない。



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