第6話
ゆるゆる運転して、日が傾いた頃にやっとどこかの駐車場に入った。
「到着ー。」
ホテルか何かの地下駐車場。
そこから和登に手を引かれて、エレベーターに乗る。
「ええと・・晩御飯ですよね?」
一応聞いてみる。和登はうんうんとうなずいた。
「ちょっと客がいるけど、気にしないで。俺らと隅っこで、好きなもの食べてりゃいいから。」
しかしどう見てもホールっぽい3階の扉を開けると、どう見てもどこかの会社のレセプションっぽい会場だった。背広を着たおじさんがぞろぞろいて、飲み物片手に談笑している。
えええ。こんなところで、ご飯?
おののいていると、そのまま手を引かれて、スタッフオンリーと書かれた小部屋へ直行する。
「あー和にぃ。おかえりー。」
「遅い。」
「先、食ってるぞ。」
若い男性ばかり三人、立ったままなにかつまんでいる。
「あ、もしかして翔子ちゃん?」
「初めまして。従兄の誠司です。よろしく。」
「弟の諒輔でーす。」
「俺は峻。ええと、遠縁にあたる。」
誠司と峻は背広、諒輔は学校の制服っぽいブレザーを着ている。
誠司と峻はお皿に盛られたお寿司とか生ハムとかをがつがつ食べて、むりやり飲み物で流し込むと、
「悪いね、ちょっと席外すから、ゆっくり食べてて。」
とドアの向こうへ出て行った。
翔子が茫然としていると、諒輔がちょいちょいと袖を引っ張って、椅子に座らせる。
「ごめんね。和にぃが遅くてさ。」
「ええと、いや、あの、何が何だか。」
「和にぃ、説明してないの。」
「今日、会社のパーティあるからさ。おっさんどもに翔子ちゃん紹介するのにちょうどいいって話になったんだ。」
和登が自分も座りながら、説明する。
「盆にも集まるけどさ、峻兄ぃんちは別だし、面倒じゃん。」
「それで遅れてたらしょうがないけどね。」
諒輔は、入ってきたのとは別のドアから顔を出して、すみませーん、こっちの料理お願いします、と誰かに話しかけた。
「仕方ないだろ。混んでたんだ。」
「道、間違ったんじゃないの。」
「安全運転しただけだ。」
そういえば途中で、100メートル先、右折です、と言ったカーナビに、こんなとこで曲がれるか、と和登が毒づいていたのを思い出す。
ふとドアの向こうがやや静かになっているのに気が付く。
そして、誰かのあいさつっぽい声がスピーカーから聞こえて、やがて「乾杯!」と声が聞こえた。
クラッシックっぽいBGMとともに、人の談笑する声が大きくなる。
向こうでパーティが始まったらしい。
ホテルのスタッフが、料理のワゴンを押してドアから入ってくる。
さっき誠司たちが食べていたような、ちょっとつまめるものではなく、ちゃんとしたコース料理っぽい。
目の前で、ささっとカトラリーを並べられ、スープをよそって出された。
そしてそれとは別に、さっき誠司たちがつまんでいたような握り寿司とかローストビーフとかも、別テーブルに並べられた。
「何でも好きなものを食べて?」
「ええと。はい。」
気慣れない服を汚しそうで怖い。おっかなびっくりスープを飲む。
「翔子ちゃん見つかって、みんな喜んでるんだ。じい様の孫、男ばっかりだからさ。」
「つまらないってずっと言ってるもんな。」
「そうそう。」
そうなんだ。まあ、嫌がられるよりはずっといい。
「学校は、二学期からうちの学校でしょ?」
「早希子さんがごり押ししたって。」
「なんだかなぁ。」
察するところ、諒輔は高校生らしい。和登は大学一年だと前に聞いた。
「諒輔さんは、何年生なんですか?」
「二年。翔子ちゃんの一個下だよ。」
「あ・・年下。」
「そうそう。」
ぱっとドアが開いて、明るいグレーのスーツの早希子が入ってきた。
「あ、翔子ちゃん、いらっしゃい。」
「あの、お邪魔しています。」
「遅いから心配していたのよ。もー。和登。だからタクシーにしなさいって言ったのよ。」
「混んでたんだから、タクシーで行ったって一緒だったって。」
早希子は手をフィンガーボールで洗ったかと思うと、マグロとサーモンのお寿司を手でつまんでぺろっと食べた。
「とっと、ももってもえあいあら。(ちょっと戻ってこれないから)」
「早希子さん、分かりません。」
「うっういあええっえ。(ゆっくり食べてって)」
早希子は、ピッチャーの水をグラスに入れてグイッと飲み干す。
「あとはよろしく。」
「はーい。」
食事は本当においしかった。
ただ、途中で誠司と峻が代わる代わる顔を出し、あと一瞬だけ由紀子とその夫、それから峻の両親が顔をのぞかせたので、落ち着かなかった。
パーティ会場で、挨拶ばかりして食べる暇がないらしく、そっと入ってきてはブルスケッタなどをつまんで、また出て行く。
食事中に、和登がいろいろ教えてくれた。
藤沢家は、いくつかの会社を経営する総合商社で、「じい様」と和登が呼ぶ翔子の祖父が会長職、和登の父が社長を務めている。和登の父は婿養子。早希子は独身。
峻は、翔子の祖父の妹の孫で、翔子からはハトコにあたること。子会社の営業課課長なこと。
誠司はまだ学生なのに、インターンの名目で、なんだかんだこき使われていること。
早希子は俊と同じ会社の常務をやっていて、峻からは「悪魔」と呼ばれていること。
由紀子はまた別の関連会社の社長をしているが、業績不振で、遠からず藤沢商事と合併しそうなこと。もっとも、そこはもともと藤沢商事の一部門だったのを、「社長やってみたい」という由紀子のわがままで独立させたものなので、最初から再合併は時間の問題だと思われていたこと。
「うちの母さん、見通し甘いんだよね。」
「甘い。モンパルナスタワーで食った、ガトーショコラより甘い。」
「あはは。甘々だよね。」
やがてコース料理の締めの、デザートが運ばれてきて、和登は腕時計をちらっと見た。
「よし、しょうがねぇから、それ食ったら向こうへちょっと顔を出そう。」
パーティがお開きになる最後の10分ほど、翔子は他の従兄たちと一緒に、壁際で関係者みたいな顔で、立っていなくてはならなかった。
翔子の祖父だという初老の男性が、壇上で挨拶している。
和登がそっと翔子にささやいた。
「それでさー。今日どうする? 君の部屋、ジィ様んちに用意してあるんだけど、ちょっとここから行くの面倒なんだよね。ジィ様とバァ様、今日はここのホテルに泊まるらしい。君も泊まる? 早希子さんちも近いよ。あと、俺らんちも部屋いっぱいあるし。どこがいい?」
頭が真っ白になっている翔子は、なんとか答える。
「あの、駅まで送ってもらえれば、家に帰ります。」
「ええー。そう?」
「引っ越し業者の下見が来るんだから、準備もあるだろ。」
不満そうな和登を、誠司がたしなめた。
「そっか。」
和登があっさり引き下がったが、翔子は固まっている。
「引っ越し?」
「夏休みに入ったら引っ越しって、早希子さんが言ってたと思うけど?」
チャラい雰囲気のある和登と違って、誠司は見るからに品の良いお坊ちゃんという感じだ。
「それは・・でもちょっと・・・急な感じが。」
「日程は調整できるよ。とりあえず下見だけ。」
にこにこ言われて、翔子は言い返せない。今のまま暮らしたいと思う。でも今のままではどうしようもないとも思う。
どうしても帰る、と言い張る翔子を、タクシーに任せた後、従兄弟たちはホテルのロビーでちょっと顔を寄せる。
「どう。」
「やや問題ありだなぁ。大丈夫かな。」
「感情薄いよね。表情もあんまりない。」
「せっかく美人なのになぁ。もったいない。」
「あれはね、いじめられてる。」
和登に言われて、残りの三人は顔を見合わせた。
「見たのか?」
「普通、学期終わりだったら、みんな夏休みの話しながら出て来るだろ。でも翔子ちゃん一人だった。しかも通学カバンからスニーカー出してた。下駄箱の当たりつけて覗いたら、ごみが詰まってたよ。」
諒輔はうぇ~という顔になる。
「理由は?」
「わかんないけど、たぶん金がないせいかな。制服、体に合ってなかったよ。」