第5話
通知表に急に4が付いたので、びっくりしてもう一度眺めた。
今までほぼ2か3で、体育だけ4がついていたのに、この度英語と国語と社会に4が増えた。
先生が、夏休みの生活についてなにか注意事項を話している。
浮かれて事件を起こさないように、とか、健康に留意するように、とかそんな感じである。
あと、翔子が引っ越すこともさらっと告げられて、教室中がえー!という声であふれたが、実のところ、そんなに仲のいい友達はいなかった。
とにかく生活が大変で、普通の子がやっているような部活や、登下校時の寄り道なんか、したこともない。
流行りの服や、かわいいグッズなんかも買ったことがない。
したことがないから、興味もない。
ただめちゃめちゃ背が高くて運動神経が良いのを買われて、バスケ部の応援に入ったことがあるので、バスケ部の連中とはやや話をするぐらいである。
「ビンボーなのに、引っ越し代あるの?」
クラスメイトに半笑いの顔で聞かれて、翔子はうなずいた。
「それぐらいはあるよ。」
本気で心配しているのか、けなしているのかよく分からない。
早希子からもらったお金は、まだ葬式代以外手を付けていない。使っていいのか不安である。
小学校から使っている色の禿げた缶ペンケースに、妙なロゴの入ったもらいもののシャーペンをしまいながら、考える。
これでたぶんもう少し背が低かったら、あからさまないじめの対象だっただろうな。
今のところ大抵の女子より背が高いせいか、物質的な被害にあったことはないが、そのかわりはっきり貧乏と言われることはしょっちゅうである。
事実だから仕方ない。
中学の時はもっとひどかったけど、相手が男子の時にやりかえして泣かせたら、少なくとも正面切って手を出してくるものはいなくなった。
机の中の荷物を全部鞄に押し込んで、上履きとかは手に持って、校舎を出ようとする。
「翔子ちゃん!」
声がしてびっくりする。
出口のところに和登が立っていた。
「待ってたんですか?」
「だからさー。今朝メール送ったでしょ?」
「ああ。」
まだスマホを使い慣れない。
「荷物、持つよ。」
さりげなくエスコートされて、翔子はうろたえる。
「え、あの。」
「いいからいいから。」
あちこちから、ささやき声が聞こえる。
うそーめっちゃかっこいいー。誰あれ。え、なんで佐藤さんと一緒?彼氏?
違います、従兄です。
言いたいけど、いちいち説明できない。
駐車場に、この前見たカナリア色のコペンが停まっていた。左後ろのところに、こすったらしい傷が増えていた。
「乗って乗って。」
え。怖いんですけど。
明るいところで見ると、和登は本当にスタイリッシュだった。
背も高い。170越えの自分と並んでも、ちょうどいいぐらい。
コペンに乗ると、足が窮屈そうだった。
「このままうちに行くからさ。あ、シートベルトよろしく。」
「えええ。あの。」
車はゆっくりゆっくり駐車場を出て、慎重に走り出した。
「一度、ちょっと知り合いの店に寄るから。」
時々渋滞に巻き込まれながら、少しずつ都心に向かっているようである。
そこから、どこかの駐車場に車を入れて、すこし歩いて、おしゃれっぽい店に入った。
「ま、その制服もいいけどさ、せっかくだからちょっとかわいい服にしようよ。」
ぱぱぱ、とその辺にかかっている服を手に取って、翔子の手を引いて、試着室に押し込んだ。
値札を見て青ざめる。サマーセーター一枚が、ひと月分の食費と同じぐらいしている。
「あの、これ。」
つい試着室から出ると、
「あ、気に入らなかった?似合うと思ったんだけど。」
「いや、あの、その、値段が。」
和登は三回ほどまばたきしてから、もう一回翔子を試着室に押し込んだ。
「ここの店、全部タダだから。いくらでも、欲しいだけ持ってっていいよ。」
「タダ?」
「そーそー。去年の売れ残りをさ、こうやってそれっぽく並べているわけ。キニシナイキニシナイ。」
和登の言葉が本当かどうか、翔子には知るすべもない。
とりあえず、言われた通りにライトブルーのサマーセーターと、アイボリーのプリーツスカートに着替える。
試着室を出ると、靴のサイズを聞かれて、白いサンダルを渡された。
「いいね。俺の見立て通りじゃん。」
値札がヒラヒラしているが、怖くて見られない。
もうそのまま服を着た状態で、元の制服を紙袋に詰め込まれて、隣の隣のカフェに連れていかれる。
「ごめんね。遅くなったから、お昼ここでいいかな?」
いいもなにも、全然分からない。
素敵なランチプレートがやってきたが、味わう余裕もない。
その後、さらに数軒先の美容室に連れていかれる。
男の子みたいなショートカットだからどうしようもないと思うのに、なんかくるくると髪を巻かれて、試供品だというリップを塗られたら、見たこともない姿がそこにあった。
おしゃれですごく女の子っぽい。とどめにダイヤっぽいペンダント。
「あのー。」
「いいね。よし、じゃあ行こう。」
「え、ど、どこに?」
「あー、晩飯。連れてくるように言われてるからさ。」
ぐるぐる回る景色が、びゅんびゅん音を立てそうな勢いで動いている。
「晩御飯に、こんなおしゃれをしないといけないんですか?」
「まあまあ。似合ってるからいいじゃん。」