表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/23

第5話


通知表に急に4が付いたので、びっくりしてもう一度眺めた。

今までほぼ2か3で、体育だけ4がついていたのに、この度英語と国語と社会に4が増えた。

先生が、夏休みの生活についてなにか注意事項を話している。

浮かれて事件を起こさないように、とか、健康に留意するように、とかそんな感じである。


あと、翔子が引っ越すこともさらっと告げられて、教室中がえー!という声であふれたが、実のところ、そんなに仲のいい友達はいなかった。

とにかく生活が大変で、普通の子がやっているような部活や、登下校時の寄り道なんか、したこともない。

流行りの服や、かわいいグッズなんかも買ったことがない。

したことがないから、興味もない。

ただめちゃめちゃ背が高くて運動神経が良いのを買われて、バスケ部の応援に入ったことがあるので、バスケ部の連中とはやや話をするぐらいである。


「ビンボーなのに、引っ越し代あるの?」

クラスメイトに半笑いの顔で聞かれて、翔子はうなずいた。

「それぐらいはあるよ。」

本気で心配しているのか、けなしているのかよく分からない。

早希子からもらったお金は、まだ葬式代以外手を付けていない。使っていいのか不安である。

小学校から使っている色の禿げた缶ペンケースに、妙なロゴの入ったもらいもののシャーペンをしまいながら、考える。

これでたぶんもう少し背が低かったら、あからさまないじめの対象だっただろうな。

今のところ大抵の女子より背が高いせいか、物質的な被害にあったことはないが、そのかわりはっきり貧乏と言われることはしょっちゅうである。

事実だから仕方ない。

中学の時はもっとひどかったけど、相手が男子の時にやりかえして泣かせたら、少なくとも正面切って手を出してくるものはいなくなった。


机の中の荷物を全部鞄に押し込んで、上履きとかは手に持って、校舎を出ようとする。

「翔子ちゃん!」

声がしてびっくりする。

出口のところに和登が立っていた。

「待ってたんですか?」

「だからさー。今朝メール送ったでしょ?」

「ああ。」

まだスマホを使い慣れない。

「荷物、持つよ。」

さりげなくエスコートされて、翔子はうろたえる。

「え、あの。」

「いいからいいから。」

あちこちから、ささやき声が聞こえる。

うそーめっちゃかっこいいー。誰あれ。え、なんで佐藤さんと一緒?彼氏?

違います、従兄です。

言いたいけど、いちいち説明できない。

駐車場に、この前見たカナリア色のコペンが停まっていた。左後ろのところに、こすったらしい傷が増えていた。


「乗って乗って。」

え。怖いんですけど。


明るいところで見ると、和登は本当にスタイリッシュだった。

背も高い。170越えの自分と並んでも、ちょうどいいぐらい。

コペンに乗ると、足が窮屈そうだった。

「このままうちに行くからさ。あ、シートベルトよろしく。」

「えええ。あの。」

車はゆっくりゆっくり駐車場を出て、慎重に走り出した。


「一度、ちょっと知り合いの店に寄るから。」

時々渋滞に巻き込まれながら、少しずつ都心に向かっているようである。

そこから、どこかの駐車場に車を入れて、すこし歩いて、おしゃれっぽい店に入った。

「ま、その制服もいいけどさ、せっかくだからちょっとかわいい服にしようよ。」

ぱぱぱ、とその辺にかかっている服を手に取って、翔子の手を引いて、試着室に押し込んだ。

値札を見て青ざめる。サマーセーター一枚が、ひと月分の食費と同じぐらいしている。

「あの、これ。」

つい試着室から出ると、

「あ、気に入らなかった?似合うと思ったんだけど。」

「いや、あの、その、値段が。」

和登は三回ほどまばたきしてから、もう一回翔子を試着室に押し込んだ。

「ここの店、全部タダだから。いくらでも、欲しいだけ持ってっていいよ。」

「タダ?」

「そーそー。去年の売れ残りをさ、こうやってそれっぽく並べているわけ。キニシナイキニシナイ。」


和登の言葉が本当かどうか、翔子には知るすべもない。

とりあえず、言われた通りにライトブルーのサマーセーターと、アイボリーのプリーツスカートに着替える。

試着室を出ると、靴のサイズを聞かれて、白いサンダルを渡された。

「いいね。俺の見立て通りじゃん。」

値札がヒラヒラしているが、怖くて見られない。


もうそのまま服を着た状態で、元の制服を紙袋に詰め込まれて、隣の隣のカフェに連れていかれる。

「ごめんね。遅くなったから、お昼ここでいいかな?」

いいもなにも、全然分からない。

素敵なランチプレートがやってきたが、味わう余裕もない。

その後、さらに数軒先の美容室に連れていかれる。

男の子みたいなショートカットだからどうしようもないと思うのに、なんかくるくると髪を巻かれて、試供品だというリップを塗られたら、見たこともない姿がそこにあった。

おしゃれですごく女の子っぽい。とどめにダイヤっぽいペンダント。

「あのー。」

「いいね。よし、じゃあ行こう。」

「え、ど、どこに?」

「あー、晩飯。連れてくるように言われてるからさ。」

ぐるぐる回る景色が、びゅんびゅん音を立てそうな勢いで動いている。

「晩御飯に、こんなおしゃれをしないといけないんですか?」

「まあまあ。似合ってるからいいじゃん。」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ