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第4話

 就職組のはずだった翔子が、受験に切り替えて本気で取り組んだら、期末テストで学年18番に上がった。

「嘘だー。」

翔子のテスト結果を盗み見た男子が騒ぐ。

「俺と一緒に赤点すれすれのスリルを味わうんじゃねーのかよー。」

「いや。赤点だと補習面倒じゃん。だから取らないようにしてただけ。」

それだけではない。変に目立つと「貧乏のくせに」とどんな目に合うか分からない。

中学の時に教科書をボロボロにされて、でも母に言えなくて困ったので、学年の最初に教科書を丸暗記して、万一なくしても大丈夫なように気を付けている。通学カバンの中には、いつも教科書ではなく、靴が入っている。上靴は学校のスリッパが借りられるが、下靴はなくすと困るからだ。


前回223番からの躍進に、職員室もざわつく。

「これなら学校推薦取れるかもしれない。」

あ、そーですか、と翔子は応じる。

まだなんとなく、ふわふわした気分の中にいる。


親戚が見つかって引っ越すのだ、という事は、しばらくクラスメイトには内緒だった。

毎日自転車で普通に学校に行き、バイト先で賄いを食べていると、亜希子が死んだことも、親戚がいたことも、遠い国の出来事のように思えてくる。

家事全般、翔子がやっていたから、特に問題はない。それでも、いつも母と一緒に食べていた朝ごはんは一人だし、時々すごく寂しくなって、暗闇で天井を見ながら、涙が止まらなくなることがある。

バイトを辞めることは、マスターに話した。

残念がられたが仕方ない。


「ねー。そーちゃんさー。大学生じゃん。」

「おう。」

「どこだっけ。」

壮太は家から通っている。一限目があるときは、結構早い。

「埼玉。」

「僕でもいけるかな。」

「模試の偏差値は?」

「今までまともに受けてないからさー。」

「そっか。取り合えずがんばれ。」

横で新聞を読んでいたマスターが、口をはさむ。

「いよいよになりゃ、うちに嫁に来りゃいいじゃん。」

「親父。そういうのダメだろ。翔の人生は翔の物なんだから。」

男前の壮太は、どうも大学に彼女がいるらしい。

一度、大学の友達がわざわざコーヒーを飲みに来たことがあって、その時にちらっと聞いた。

そりゃそうだよね。

きっと大学には、いっぱいきれいな人がいるんだろう。

前に喫茶店に来た女性のお客さんにも「割り箸みたい」と評されて以来、自分の容姿にまったく自信のない翔子は、すっかりあきらめている。


「引っ越しても、時々来ていい?」

「おう。いつでも来い。」

「片道、ここから電車で1時間ぐらいなんだって。親戚の家。」

「そうか。近いじゃん。俺なんて、大学まで二時間近いんだぞ。」

「結構遠いね。」

「親父が腰壊さなけりゃ、一人暮らしする予定だったんだけどな。」

そもそも喫茶店を継ぐ気がなかった壮太は、残念ながらコーヒーの味はそんなに分からない。マスターについて修行中だが、本人はマスターの腰が治るまでのつもりでいる。

「ねぇ、そーちゃん。」

「なんだ。」

「やっぱり、親戚の家って行かないとダメかな。」

製氷機の水をセットしながら、翔子がそう聞くと、壮太は一瞬言葉に詰まった後、答えた。

「一応まだ高校生だからな。」


ある夜、バイトから帰ってくると、アパートの前にカナリア色のダイハツ・コペンが停まっていた。

邪魔だなぁ、と思いながら自転車を降りて停めようとすると

「翔子ちゃん?」

車の陰から声がした。

ぎょっとして無視していると

「あ、俺、和登。君の従兄。」

急いで自転車に鍵をかけて、聞こえないふりをしていると

「ほんとだって。亜希子叔母さんの姉さんの息子。」

「早希子さんの?」

思わず聞き返すと、

「いや、早希子さんの上に、由紀子ってのがいて、それの息子。」

「急に言われても、信用できないので。」

「じゃ、早希子さんに電話してみて。」


にこにこしながら鞄を差す。

おっかなびっくりスマホを取り出して、でも使ったことがなかったのに気が付いて、固まる。

横からガイドの声がした。

「その●ボタンに指当てて。そうそう。それで電話のマークを。」

何とか電話を掛ける。

「あの、もしもし。」

「どうしたの。」

早希子の声に、翔子はえーと、と若い男を見た。

「私の従兄って人が来てるんですが。」

「は? 誠司?和登?諒輔?」

「えーと、和登さん?」

「もうー。ちょっと代わって。」


しばらく早希子の説教の声が、スマホから漏れていた。

そのやり取りを聞くに、確かに彼は、少なくとも早希子の知り合いのようではあるようだった。

「だからさー。こんな時間になるとは思ってなくて。無事が確認できたから、今から帰るよ。」

電話を切って、スマホを返してきた和登に、

「どういうことですか?」

「あー。まあ暇だったから、従妹の顔を見に来ただけ。ナイス警戒心だよ、翔子ちゃん。じゃあね。」

壮太と同じぐらいの年齢だな、と和登を見て思ったが、何となくチャラい。

よく見ると、黄色のコペンの前後には、若葉マークが貼ってある。

「ごめーん、翔子ちゃん。ちょっとそこ、出にくくてさー。見てくれない?」

「初心者なんですか?」

「そー。やっとこの前免許取れてさー。車も試運転中。」

うわ、こわっ。

「18歳?」

「そ。君の一個上。大学一年だよ。よろしく。」

黄色い車は、5回ぐらい切り返して、やっと細い路地を出て行った。 


あんな従兄がいたんだ、と思うと、不思議な気分になる。

今まで、血がつながっているのは母だけだと思っていた。

もう心細い思いはしなくていいのかもしれない。


夏休みはもう1週間後に迫っている。


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