第3話
次の土曜日にまた早希子がやってきた。
今度はさすがに部屋を片付けて、布団も押し入れに詰め込んだ。
母そっくりな顔が、母と同じ場所に座っているのはほんとうに不思議な気分だった。
「少しは落ち着いた?」
「はあ、まあ。」
翔子はあいまいにうなずく。
「先週、あなたに百万円渡して、ちょっと心配だったの。」
返せと言われるのかと、少し身構える。もう葬式代とかで半分に減っている。しかし
「足りなかったんじゃない?お葬式代で四、五百万ぐらいかかったでしょう。あと、学校の授業料とかはどうなってるの?」
お葬式に五百万って、どんなレベル?
亜希子が死んだとき、もう少しで直葬になるところだったが、壮太のところのおじさんの手配で、なんとか家族葬的な小さいお葬式をしてもらった。
「お葬式代は払いました。学校は奨学金で払ってます。何とかなってます。」
翔子は一生懸命に言ったが、早希子はさらっと流した。
「もう二百万振り込んでおくから、自由に使いなさい。お葬式代はこっちで持つから。あと、何か必要なものは?あ、そうそう。亜希子の形見を何かもらってもいい?写真があったら見たいわ。」
最近の写真はあまりなかった。病気でどんどんやつれていくので、写真に残せなかった。
昔の写真は、翔子がまだ中学生の時のが、亜希子のガラケーに残っている。それより前はデジカメに入っていて、電池切れのためすぐには見られない。
「自分のケータイは?」
「持ってません。」
「ええ?亜希子は持ってるのに?」
「それは、仕事で必要だから・・」
早希子は立ち上がった。
「仕度して。買いに行くわよ。」
数時間後。
これが〇フォンというやつかーと、翔子は感心する。
ついでに青いカバーも買ってもらう。
亜希子は電子機器はいまいちだったが、早希子はスマホを手に取るや、両手親指をせわしなく動かして、自分の連絡先を登録した。
「今どきの高校生の必需品でしょ。持っておきなさい。」
「はぁ。ありがとうございます。」
なんか、ゆっくり動いていた周りの景色が、急にぐるぐる動き出した気がする。
「あのー。私どうしたらいいんでしょう。」
「どうしたら、とは?」
「えーと。えーと。この電話で、なにかしないといけないこととか。」
「とりあえず、使いこなせるようになって。」
「あと、ママ・・母のお骨とか。」
「ああ、藤沢のお墓があるから、そこに納めればいいんじゃないの?佐藤さんの方は何て言ってるの?」
佐藤さん、と言われてしばらくぽけっとするが、ああ、父方ってことかと思い至る。
「父のお骨は、町の合同墓なんです。父の親戚とか、全然分からなくて。」
「ええ?」
早希子は目を丸くして、翔子をしばらく見つめた。
そこからほぼ無言で翔子のアパートまで戻ってくると、「ちょっと」とどこかに電話をかけた。相手はこの前の木村弁護士のようだった。
なんだかいろいろ大変そうだ。
長引きそうなので、コーヒーを入れる。
電話が終わると、
「キリが悪いから、一学期末までは今の高校に通いなさい。保護者は私ってことで。夏休みにうちに引っ越してきなさい。二学期からは新しい学校ね。」
出されたコーヒーをグイッと飲んで、早希子は
「あら、おいしい。」
とつぶやいた。
「それまでに何かあったら連絡して。」
「あの、あの、あの、今のままではダメなんですか?」
ぐるぐる回る景色の中で、つかめそうなものを一生懸命探す。
早希子は、長いまつげを上下させて、軽く唇を尖らせた。
「何言ってるの。未成年の女の子が一人暮らしなんて、危ないに決まってるでしょ。本当は今すぐでも引っ越してほしいけど、あんまりバタバタするのもどうかと思うから。」
そう言われると、反論できない。
早希子の車は、この前は、真っ赤なアウディだったが、今日はピンクのスズキだった。アウディは道幅ぎりぎりで、停めにくかったらしい。
「すぐ引っ越して来たかったら、それでもいいんだけど?」
車に乗る際に急に聞かれて、翔子はぷるぷるかぶりを振った。
「そ。じゃ、頑張って。」
にこにこと手を振って、早希子は帰っていった。