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なんちゃってシンデレラはコーヒー屋さん  作者: たかなしコとり


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第21話 出会いの話

壮太に最初に声をかけられたのは、まだ小学生の頃だった。

いつものように、パートの母を待っていたら、急に

「何してんの。」

と声をかけられた。

その頃、翔子はストレス性の視野狭窄を起こしていたので、どこから声がしたのか分からなかった。

じっとしていると、

「家の中、入ってたら?」

と同じ声がした。見ると、どこか見覚えのある男の子が、中学校の制服を着て立っていた。

「ママを待ってるから。」

返事をすると、その男の子は、あ、そうなんだとつぶやいて、歩いて行った。

よかった。もう変な風にいじられたり、手を出されたりするのはうんざりだった。


しかししばらくして、その男の子は戻ってきた。

「あのさ。」

何、何。なんかまずいこといったかな。知らんぷりをしていると、

「晩飯、まだ?」

まだだけど、だから?どう言うのが正解?早く行ってほしい。

「これ、俺食べ損ねたやつなんだけど、食う?」

男の子は、ごそごそとカバンからパンの袋を取り出した。

「ちょっと粉々になってて悪いんだけど。食べながらおばさん待ってたら?」

うわ。怖い怖い怖い。後でどんな目にあうか分からない。

「俺、今食ったら晩飯入んねぇからさ。やるよ。」

おいしそう。だけど怖い。


手を出さないでいると、階段に座っている翔子の膝の上に、ポンとメロンパンが置かれた。

「いらなかったら捨てといてくれよ。俺に会ったことは内緒な。」

男の子は行ってしまった。

メロンパンはボロボロに崩れていた。しばらくためらったが、ただクッキー生地がボロボロなだけで、袋が開いているわけでもないそのメロンパンを、捨てるには惜しすぎた。

結局食べた。おいしかった。

クッキー生地も指でつまんで食べて、パンの袋も捨てて、しばらくたった頃に亜希子が帰ってきた。

「ただいま。寒いでしょ。中で待ってたらいいのに。」

「大丈夫。」


中学校に入学して、すぐわかった。

あのメロンパンの男の子は、空手部の副主将だった。

あんまり人前に立つタイプではないが、明るくて友達が多くて、空手が強かった。

なんでメロンパンくれたんだろう。

そんなにお腹減ってるように見えたかな。恥ずかしい。

なるべく顔を合わせないようにしよう。


しばらく気を付けていたが、向こうはもう、翔子の事など気にしていないようだった。

よかった。

ちょっとした気まぐれに声をかけてきただけだったんだろう。

翔子は翔子で日々をこなすのに忙しかったから、1年もたてば壮太の事など忘れかけていた。

もう一度会ったのは、中一の冬休み。もうすっかり壮太の事など忘れて、階段のところに座っていると

「何してんの。」

前と同じように声をかけられた。びっくりした。

すぐに壮太だと分かったけど、返事が出来ない。


「メロンパン、食う?」

壮太は、今度はすぐにごそごそとカバンからパンを出してきた。

私の事、覚えてるんだ。ていうか、またメロンパンなんだ。好きなのかな。

これ、結構口の中パサパサするよね。

「食べる。」

言ってみる。

「ん。」

壮太はメロンパンを翔子の目の前に差し出した。受け取る。

「ありがと。」

「風邪ひくなよ。」


長年いじめられて、翔子の心はもうほとんど何にも動かない。

メロンパンをもらって嬉しいが、それだけだ。

なにかだまし討ちに会わないように、よくよく警戒しながら、壮太を見送る。

それからメロンパンを食べた。おいしかった。口の中がパサパサする。


三回目に会ったのは、春休みになってから。

壮太はまたメロンパンを出した。よっぽど好きなんだな。

食べながら話を聞いていると、空手部に入部するのを勧められた。

空手かー、と思う。

強くなったら、反撃しちゃいそうだな。

自分が、空手の技でばったばったとクラスメイトをなぎ倒していく様を想像して、翔子はふふっと笑った。

壮太が一瞬絶句した。そして

「あ・・、興味ある?」

「でも部活やる時間ないからいい。たまの空き時間にちょっとだけならやる。」


翔子の運動神経の良さは、部活を何もしないなんてもったいないぐらいのレベルだった。

週一で、20分ほど壮太が基礎を教えるだけで、蹴りも突きもぐんぐん鋭さを増した。それと同時に背も伸び始めて、それに体重がついていかないので、ひょろひょろに見えるようになってきた。

「お前、いつもメシどんなの食ってるの。」

壮太に聞かれて、上段突きから回し蹴り、という動きを練習していた翔子は、手を止めた。

「ママがスーパーで働いてるから。そこのお惣菜とか。」

「タンパク質とかさー。ビタミンとかさー。ちゃんと考えてるのかよ。」

「考えなくても、生きていける。」

家庭科でやっただろうよ、必須アミノ酸とかミネラルとかよー、と壮太はぶつぶつ言った。


壮太はいい人だ。

なんでちょいちょい手を貸してくれるのか分からないけど、なんか嬉しい。

「真鍋先輩。」

と呼んだら、壮太は肩をすくめた。

「いや、いいけどさ。いいけど、ちょっと。」

ちょっと何だろう。

ちょっかいを出してきたクラスメイトを、うっかり回し蹴りでぶっとばして問題になりかけたことは、壮太には内緒だった。

「佐藤にやられた!」と喚く相手に、

「じゃあ、今までお前が僕にやってきたことも、『やられた』ってことでいいんだな?」

と凄んだら、急に

「ただふざけてただけ」

とトーンダウンした。

佐藤翔子は怒らせると怖い、という噂が回って、以降そんなに手を出されなくなった。


ちなみに高校は、家から少し遠いところにした。

同じ中学から通う子がなるべく少なくて、かつ自転車で通える公立高校。

中二の終わりにそれを聞いた壮太が、すこしがっかりしたようだった。

「一番近いところにしねぇの?」

「あー。あそこはね、勧められたけど、うちの中学から行く子が多いから。知ってる子が少ない方がいいんだ。」

いじめられていることは、壮太は薄々気付いているようだった。だから空手を勧めてくれたんだと思う。


壮太はずっと空手を続けている。高校にそもそも空手部がなかったのを、壮太が頑張って作ったらしい。

すごいな。壮太が作ったから、1年生だけど主将だ。

なんでそんな人が、自分なんか構ってくれるんだろう。

そのうちやはり忙しくなったのだろう、その頃には壮太が来られるのは週一から月一になっていた。

そうしたらある日

「うち喫茶店やってんだけどさ。手伝いに来ねぇ?」

そう言われたのだった。


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