第15話 壮太の話
「おかけになった電話は、電源が入っていないか、電波の届かない場所にあるため、かかりません。」
もう何度目になるか、そのアナウンスを聞いて、壮太は舌打ちした。
何やってんだよ。電話番号聞いたって、つながらなきゃ意味ねぇじゃん。
「おーい、壮太。三番さん運んで。」
「うぇーぃ。」
勝手口の外にいた壮太は、しぶしぶ店の中に入ってきた。
「電話、つながんないのか。」
「うん。あいつ、充電するって知らないんじゃないかなぁ?」
「忘れてるのかもな。」
充電器持ってるのかなぁ。使い方分からないとか、ないよな。
会いに行きたいが、店番があるのと電車の乗り換えが面倒なのとで、なかなか思い切れない。
「親父~。この店、お盆休みとかないのかよ。」
「サービス業は、人が休みの時に働いてナンボだろうよ。」
くそー。
翔子に初めて会ったのは、小学校の頃友達と一緒に行った、近くのお寺の縁日だった。
まだ自分も低学年だった。
縁日のすみっこにイーゼルを立てかけて、イケメンのおじさんが似顔絵を描いていて、ちょっと美人に描いてもらえるせいか、お姉さんたちの順番待ちが出来ていた。
今ならわかる。
美人に描いてもらえるだけでなく、その超イケメンがまるで口説くみたいに
「まつげが長くて素敵ですね。」
とか
「笑顔が生き生きしている女性は、周りも幸せにしますよね。」
とか声をかけてくれるので、それを聞きたくて、待っていたのだと。
翔子はその似顔絵画家から少し離れたところで、境内の置き石の一つに腰かけて、にこにこしていた。
Tシャツに短パンで、その時は男の子だと思った。
壮太がスーパーボールすくいをして型抜きをして、縁日を一周してきたら、お姉さんの順番待ちはなくなっていて、その代わりに似顔絵師は、翔子を椅子に座らせて、絵を描いていた。
あ、お父さんなんだ、と思った。
翔子は、縁日の様子を楽し気に話していて、似顔絵師はそれをうんうんと聞きながら、画用紙の上にパステルで翔子の顔を描いていた。
その時はそれだけだった。
半年ほどして、父に連れられて行ったフリーマーケットで、やはり似顔絵を描いている翔子親子に出会った。翔子は、今度も少し離れたところで、他の露店を見ていた。
父が店に置く飾りを品定めしている間、壮太は翔子たちを見ていたが、似顔絵かきのほとんどのお客はやはり女性だった。そして描き上げるのが速い。
そして絵を渡すときに
「寒かったでしょ、風邪などひかないようにしてくださいね。」
と言いつつ、女性の手をさりげなく握りこんだりして、きゃーとか言われていた。
「どうした。お前も描いてもらいたいのか?」
買い物が終わった父に声をかけられた。
「えー。別に。」
壮太は後から、やっぱり描いてもらえばよかったな、と思ったが、その時はたかが似顔絵にあんな金取るんだ、と怪しんでいたので、描いてもらう気にはなれなかった。
そこから、再会するのに何年かあった。
小六の参観日で、仕事で滅多に来ない母が来ていた。午前中で終わりだったので、そのまま弟と連れ立って一緒に家に帰ろうとしていた時だった。
ピンクのランドセルを背負った翔子が、目の前を通り過ぎたのだった。
「あ、ピンク。」
相変わらずのTシャツに短パンだったので、最初は男のくせにピンクのランドセル背負ってやがる、と思ったのだった。
壮太のつぶやきは、たぶん翔子に聞こえたはずだった。でも翔子は全く反応しなかった。
「ピンクがどうしたの。」
母が反応した。
「んん、なんでもない。」
それから壮太の視線の先を追って、
「ああ、翔子ちゃん? 一人みたいね。」
「母さん、知ってるの?あいつ。」
「康太のお友達のお姉ちゃんと同じクラスの子よ。」
そんなの、知ってると言えるほどじゃない。と思ったけど、母の情報網は壮太よりはましだった。
そこで初めて、翔子の父が数年前に死んだこと、生活保護を受けるレベルなのに、翔子の母が頑としてそれを拒んでいること、去年クラスメイトのいじめで問題になったことを知ったのだった。
「助けてあげたい気持ちはあるんだけど、どうやったらいいのか分からないのよね。」
壮太の母は、そう言っていた。
他人の家の事情に、どこまで踏み込めるものか。
「せめてあんたたちは、翔子ちゃんと仲良くしてあげなさいよ。」
仲良くとはいったものの、小六と小四では気分的に違い過ぎる。教室の階も違う。行動範囲も違う。
その証拠に、今の今まであの絵描きの子と同じ学校だなんて知らなかった。
四年生の階なんかのぞいていたら、友達になんて言われるか。
まごまごしているうちに、壮太は中学校へ進学し、ますます距離が離れた。
さらに再会したのは、中二の冬。部活の帰り道で、いつもと違う道を「こっちの方が近道かも」と通った時だった。
二階建てのアパートの外階段に、男の子が座っていた。
人がいると思わなかったので、気付いた時、壮太は「うぉっ」と叫んで思わず飛び上がった。
それが翔子だと気付いたのは、もうすこし近づいてからだった。
「何してんの。」
通り過ぎてもよかったが、つい声をかけた。
翔子は返事をしなかった。置物のようにただじっと座っている。
「家の中、入ってたら?」
もう一度声を掛けたら、翔子の無表情な目だけが、壮太を見た。
「ママを待ってるから。」
「あ・・そうなんだ。」
それ以上は言う事もなく、壮太は歩き出す。
ずいぶん痩せてるな、と思った。
それから不意に、昼に買ったメロンパンがカバンに入っているのを思い出した。
部活後に食べようと思っていたのに、うっかり教科書で押しつぶして粉々になってしまったので、食べる気をなくしてしまったヤツだ。
こんなのあげるって言ったら怒るかな。
俺だったら怒る。でも、すごーく腹が減っている時だったら、食べかけでも嬉しい。
相当ためらった末、壮太は回れ右した。
「あのさ。」




