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第13話

「こんなことなら、あの部屋とっとくんだったんだけど。」

和登は申し訳なさそうに言った。

翔子が母と前に住んでいたアパートは、もう次の人が住んでいた。

新しい紙にかかれた表札に、翔子は少し悲しくなる。

「他のところはどう?なんか思い出がある場所。小学校とか。中学校とか。高校とか。」

「高校?」

「この前、一緒に行ったけど。」

「そうなんですか?」

和登は2,3回目を瞬かせて、それからカナリア色のコペンを発進させた。

幅の狭い道を、ゆっくり慎重に走る。


「あのさ。」

「はい。」

「自分が高校生だってことは、分かる?」

「えーと。」

「中学校行ったことは覚えてる?」

「はい。」

「卒業したことは?」

言葉に詰まった翔子に、まじか、と和登はつぶやいた。

「自転車で、高校に通ってたんだよ。だけど、亜希子叔母様が亡くなったんで、じい様の家に引っ越すことになって、ついでに高校も転校したんだ。」


翔子は一生懸命自分の記憶を探ったが、高校に行っていたことが出てこない。

不安そうな表情に、和登は元気づけるように笑った。

「大丈夫だよ。きっとすぐ思い出す。それに全部新しくなったところだったんだから、思い出せなくてもそんなに困らないって。大丈夫。俺がついてる。」

翔子はうなずいた。すこし勇気づけられる。

念のため、翔子が通っていた高校にも寄ってみたが、見覚えがあるようなないような、どこにでもあるつくりの鉄筋の校舎に、具体的なことは何一つ出てこない。


「佐藤じゃん。」

女の子の集団に声をかけられた。ジャージを着ているから、これから部活なのかもしれない。

「忘れ物?引っ越したんじゃないのー?」

全然ひとかけらも思い出せないが、同級生だったのかもしれない。

翔子はにっこり微笑んだ。

「少し見に来ただけだから。」

女の子たちは、絶句して立ち止まる。

いつも自分で切っている変なショートカットに、どちらかと言えば人を寄せ付けない雰囲気だった翔子が、見るからにお嬢様然とした様子で微笑んでいる。割り箸、と言われるぐらい細い体に、いまいち合わない制服が、常にからかわれる対象だったのに、ほんのり肉がついて血色もいいし、上等の洋服、これでもかというぐらい大きなロゴの入ったコーチのハンドバッグ。

そもそも美人だったんだなぁ、と改めて思い起こされて、もう少し仲良くしておけばよかったと後悔の表情が、女の子たちの顔に浮かぶ。


和登が割って入った。

「暑いからさ。もう行こう。君たちも部活じゃないの?」

「あ、はい。」

へどもどする女の子たちをおいて、翔子は和登に肩を押されて、車に乗り込んだ。

こちらをちらちら見ながら校庭へ向かう集団を見送る。

「あの中に、私の友達いたのかも。」

「うーん。どうかな。だったら新しい住所とか電話番号とか、もう知ってるだろうから、そのうち連絡してくるよ。」

「そっか。そうですよね。」

「そろそろ帰る?ランチのおいしい店があるんだ。」


高校に入った記憶はないのに、諒輔のテキストを借りて勉強してみたら、学力の方はほぼ問題ないことが分かった。

数学はやや怪しいが、英語や社会など暗記科目と言われるものは、一通り教科書を読んだら頭に入ったし、国語も大丈夫。ただし諒輔が持っていた理科のテキストは物理化学で、そちらは全くダメだった。

「生物取ってたんじゃないかなぁ。」

諒輔が指摘する。

「向き不向きあるしね。数学、よかったら教えるよ。」

「お前、2年だろ。翔子ちゃん3年生なんだからな。俺が教えるって。」

「えー。なんか和にぃばっかじゃん。翔子ちゃん独り占めする気?」

「俺が一番、時間ある。」

和登の家は、祖父母の家よりも都心に近い瀟洒な一戸建てだった。誠司はもう大学のそばのマンションで一人暮らしをしているが、和登はまだのんびり実家暮らしをしている。


「兄貴の部屋、空いてるんだからさ、ここから学校通えばいいのに。」

「電車で一本だもんね。車だと、渋滞にはまったら大変だよ。」

聞くと、どうやら新しい学校には車で通う手筈だったらしい。どのみち繫司郎が朝、車で通勤するので、その車に同乗して、ということである。

結局その日は、和登の家に泊まらせてもらった。

夕方帰ってきた由紀子と、初めてまともに話した。

「そぉねぇ。ここの方が近いわよねぇ。そういう話も出たのよ。だけど、年頃の男の子と同じ家っていうのはねぇ。ちょっとどうなのかしらねぇ。」

おっとりしたお嬢様風だが、早希子に似たきりっとしたところもある。


「それぐらいなら、早希子の部屋から通ったほうが良いわ。でもほら、家の中めっちゃくちゃじゃない?週一でハウスキーパーさんに来てもらってるけど、追い付かないぐらいよ。ほぼ三食外食だし。翔子ちゃんの環境としては、よくないのよね~。」

と言いながら、夕食は家政婦さんにお願いしてある作り置きを、レンジで温めたものである。

「早希子さんって、うちのママの双子のお姉さんなんですよね?」

翔子は恐る恐る聞いてみる。

「そうよ。そっくり。二人で張り合うから、もう大変よ。」

「仲悪かったんですか?」

「悪くはないわ。ただ、早希子は自分がお姉さんだって気持ちがあるし、亜希子はほぼ同時に生まれたのに年下扱いは許せないって気持ちがあるし、大変。日本ではねぇ。長幼の序ってものがあるし。」

ちょーよーのじょって何。

「海外にホームステイに行くと、その点は楽だったみたいね。まあ、行かせてあんなことに。あらあら。うっかりキッシュをレンジに入れっぱなしだったわ。取ってくるわね。」


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