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第10話

デパートの外商が引き上げると、ぐったり疲れた。いったいいくつ服を選んだか分からない。

リビングのソファに座って、ごろごろしていると

「お夕食になさいますか?」

家政婦さんが聞きに来た。同じようにごろごろしていた峻が

「あー、もう少ししたら和登が来るから、その時に一緒に食べます。なんかあります?」

家政婦さんは、大丈夫ですよと請け合って、キッチンに引き上げていく。

「あのう、峻さん。」

峻は、ちょっとだけ変な顔をした。

「峻さんなんて呼ばれたことないな。みんな峻兄ぃって呼ぶ。君もそう呼んで。」

「あ、はい。峻兄ぃ・・さん。」

峻は笑い出した。

「うん、それで?」

「私、何かすることはありませんか? 何か、お手伝いとか。」


峻は、長いまつげを上下させた。

「うーん。学校から宿題は?」

「大体終わりました。」

「なんか趣味はある?」

「特に何も。」

読書とかは?

好きなテレビ番組は?映画は見ない?

アイドルなんかはどう?

「うちの妹なんか、一時期韓流アイドルにはまって、韓国まで追っかけに言ってたよ。」

「アイドル全然分からないです。映画もあんまり。ていうか、峻、兄、さん、妹居たんですね。」

「今、ニュージーランドに留学中。もうすぐ帰ってくるよ。」

ライオン髪の青年は、そうでなくても好きなようにふわふわしている髪をガシガシかき回した。ますます爆発したように広がるのを、翔子はおもしろいなーと思いながら見ている。


「遊園地とか行ったことはある?」

「あー。父が生きていたころに、水族館に行ったことはあります。あと小学校の修学旅行が、なぜか半日

遊園地だったことが。」

「そうなんだ。」

峻はしばらく考えていたが、

「明日、千葉ネズミーランドとかどう。」

「あー。なんかすっごい混むって聞いたことが。」

「夏休みだからね。」

「じゃあさ、北急ハイランド行こうぜ~!病院のお化け屋敷サイコー。」

後ろから声をかけられてびっくりする。

和登が入ってきていた。


あっちは遠いだのこっちは混むだの、さんざん話した後、結局あさひランドに行こうという事になった。

「あそこはうちがスポンサーに入っているから、そんなに待たなくてもアトラクションに乗れるよ。」

峻の言葉に和登は少し不満そうだった。

「だってさー、こんなちっちゃいガキの頃から何百回も行ってるんだしさ。今さらだよ。」

「今回は、翔子ちゃんが楽しめるのが一番なんだから。」

「まあなー。次回はぜひ北急ハイランドな。」

翔子は楽しそうな和登に、少し笑顔になる。

彼女自身は遊園地にまったく思い入れがない。

何しろ行ったことがない。小学校の修学旅行で行ったときでも、特に仲のいい友達と行ったわけでもないので、観覧車でもジェットコースターでも微妙に気まずかった。

「坊ちゃん方、お食事の用意が出来ましたよ。」

家政婦さんの声がした。


どうやって行く、何時に出る、というような従兄たちの楽しそうな話を聞きながら、翔子は肉じゃがを口に運んだ。ここの夕食は、基本的に和食だ。

お金があるという事は、時間があるという事だ。なんでも好きなことができる。いろんなことを考える時間がたっぷりある。

今まで、ただ暮らすだけで精一杯で、家事とバイトと学校の勉強以外に、何かしていいことがあるなんて思ったことがなかった。

母がずっとパートで仕事をしていて、朝ご飯の時にちょっとと、寝る前にちょっとだけ顔を合わせるだけの生活も、そういうものだと思っていたし、当然高校を出たら就職すると思っていた。

高校進学の時も悩んだが、せめて高校ぐらいは出ておかないと、という亜希子の強い希望で進学したのだった。


微妙に釈然としない、裏切られた感は続いている。

親戚の人たちは、まあいい人たちだ。

どう考えても、すっごいお金持ちだ。

早希子にもらったお金も、彼らにしてみればほぼほぼお小遣い程度なんだろう。

亜希子はどう思っていたんだろう。生活を限界まで切り詰めて奨学金ももらって、やっとの暮らしを、父が死んでから十年以上。というか、それまでもそんなにお金持ちという訳ではなかった。

やっぱり駆け落ちだったから、助けてくれともいいにくかったのか。

病気のことも、ずっと

「最近腰が痛いのよねぇ。年かしら。」

とか言っている間に進行したらしく、よほど動けなくなってから入院して、そこからはあっという間だった。早めに医者に掛かっていれば、助かったかもしれないとも思う。


「うちの母の事、どんな風に聞いているんですか?」

話の切れ目に、翔子は聞いてみた。

唐突だったので、従兄たちはしばらく黙った。

「まあ、駆け落ちした叔母さんがいるとは聞いていたよ。」

和登は味噌汁のお椀を置いた。

峻は、少し困ったようだった。

「俺も当時六歳とかその辺だからね。大騒ぎになったのは覚えているけど。」

言いにくそうだったので、なにか知っているのだろう。

「何があったんですか?」

「んー。んーと。あんまり詳しくない人から変な風に聞くのは、よくないんじゃないかな?きっと大叔母様あたりから、詳しい話が聞けると思うよ。」

「峻にぃ、なんか知ってんの?」

和登が突っ込むと、峻は目を泳がせた。

「まあ、駆け落ちだからさ。した方も大変だっただろうけど、された方もさ、それなりに色々大変だったんじゃないかな。」


あ。それはそうだ。

何事にも両面がある。

駆け落ちと言えば、純愛を貫いたみたいな印象だけど、された方だってそれなりに理由があって結婚に反対したはずなのだから。

「ママ・・うちの母の方が、悪かったってことですか?」

「んー。んー。どうかな。お互いに言い分はあると思う。」

峻は慎重な言い回しを使った。さすがに和登が気付いた。

「ま、早希子さんの双子の妹だからな。ブチ切れたら何するかわかんない恐さがあるよな。」

「そういうこと。」


そういうことって、どういうこと?

ほのめかされただけで、結局詳しいことは何も分からなかったが、それでも翔子にも分かったことがある。

亜希子にも、反対される原因があったということだ。何があったんだろう。


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