86話 『500階層RTA配信:低層』5
せっかく僕が採ったキノコは受け取り拒否された。
「見た目が悪いから」って。
しょうがない、人も食べものも見た目次第なんだ。
確かにダンジョンに生えてるのってみんなどくどくしい見た目のやつばっかだし、食べたことないなら怖がってもしょうがないんだ。
せっかくだからみんなに振る舞おうって思ったけども、別のときにひとりで食べよーっと。
【でもハルちゃん……もしかして、ダンジョン内の食材を漁るほどにお金が……?】
【いや、さすがに……違うだろ?】
【そうだと言って……】
【食べるものがなくって、ダンジョンで覚悟を決めて手当たり次第に……?】
【お願い……違うって言って……】
「……ハルちゃん、違うよね?」
るるさんが、急に心配そうな声をしている。
この子、感情がころころ変わるよね。
さっきはキノコさんを残念がってくれてたのにさ。
「何がですか?」
「……コメント、顔の前に映ってるよね……?」
コメント?
コメント……コメント。
………………………………。
……ああ、そうだった。
「なんか読むのめんどくさいのでオフにしてます。邪魔ですし」
「えっ」
【草】
【なんでそんなことするの!!】
【まーたハルちゃん勝手に操作してるよ】
【邪魔って言われた!!】
【興奮するな】
【えぇ……】
【配信中なのにめんどくさいという理由でコメントをオフにして読まない配信者がいるらしい】
【それは配信者なのか……?】
【ま、まあ、ハルちゃんのスタイル考えたら……】
【そうだった、元はコメント見ないスタイルだったんだっけか】
【違うぞ、最初と最後の挨拶のときに見てくれてたんだ】
【間違えるな】
【ごめんなさい】
【始原が無駄に偉そうで草】
【だって偉いもん】
【始原偉いもん】
【そうだぞ】
【お、祭りか?】
【どうやら暴れてほしいらしい】
【腕が鳴るわね】
【草】
【落ち着け始原】
【忘れてたけど始原って10人とかいるんだったっけ】
【勢いで草】
【ああうん、始原はここぞとばかりにアピってくるから……】
「あと、コメントってスクロールするじゃないですか」
「……うん、コメントだからね」
「速いじゃないですか、すっごく」
「うん、特に今日はすごいね」
このへんはるるさんも納得してくれるみたい。
「僕がこういうフロートウィンドウに慣れてないのもあるんですけど、」
試しにONにしてみると……わーっと、すごい勢いのコメントが半透明で空中に流れ出す。
それはまるで、文字の滝。
「まずもって早過ぎて、普通に追うのはムリです。や、集中力とか遠距離攻撃スキルを使えば全部読めはしますけど疲れますし、それだけしかできません」
「え、でも、ハルちゃんのとこにはスタッフさんたちがピックしたのが……」
「あ、その機能、間違って切り替えちゃって通常モードになってるんです。だからこう、ぶわっと」
適当に触ってたらできたんだ。
特に何も言われなかったし、良いかなって。
「えぇ!? なんでそんな大切なこと言わなかったの!?」
「や、だってめんどくさいですし、こうしてオフにすればいいかなーって」
でも、るるさんの反応を見る限りはダメだったらしい。
怒られないんなら良いかなって思ってたのに。
【草】
【悲報・ハルちゃん、配信者に向いてない】
【今さらだな……】
【ああ……】
【二言目には「めんどくさい」が出てくるハルちゃん】
【ハルちゃん良かったね……事務所に入れてもらえて】
【なにより、えみるるに拾ってもらえて……】
【本当よ……この子、人の話聞かないめんどくさがりだもん……】
【このめんどくさがりっぷり、極めたら大変なことになってたよね】
【やべー幼女がもっとやべー美少女に】
【でも?】
【そんなハルちゃんも見てみたい】
【分かる】
【やめて、ロリはロリのままでいいんだ、成長させないでくれ】
【お前……】
【同意】
【……?】
【否】
【何故】
【不明】
【混乱】
【草】
【ノーネームちゃんノーネームちゃん、ちょっと落ちつこ?】
【ノーネームちゃんがロリハルちゃんと美少女ハルちゃんとで揺れている】
【気持ちはよく分かる】
【ノーネームちゃん……少なくともハルちゃんについての思考と情緒だけなら、もうAIとかじゃなくって普通の人間じゃない……?】
【ノーネームちゃん ロリっ子がかわいいっていう気持ちは分かるけどさ……育っていくのを眺めるのも楽しいんだぞ?】
【分かる】
【でも彼氏できたって報告のときと結婚するって聞いたときは心臓に来るぞ、気をつけろ】
【草】
【お父さん!】
【母親から見た息子も同じだから覚悟しておくように】
【お母さん!】
【 】
【 】
【 】
【 】
【ノーネームちゃーん!?】
【草】
【死んでる……早過ぎたんだ……】
【ずっと空白連打してて草】
【ノーネームちゃん、ちょっと休も? 大丈夫、ハルちゃんみんなが見てるから ね?】
【えぇ……】
【なぁにこれぇ……】
【視聴者がノーネームちゃんの心配をし出している】
【えっと……ノーネームちゃんって一応は主犯だよね……?】
【大丈夫? この配信視聴者層独特すぎない??】
【ノーネームちゃんが居る時点で今さらだろうが】
【そうだったわ】
【草】
◇
「怒られました」
【草】
【かわいい】
【ちょっと涙声でかわいい】
【そそるよね】
【開示しました】
【だから止めろって】
あのあと、えみさんたちがしつこかったんだ。
今までにもダンジョンでキノコ採って食べてたことを九島さんにすごい剣幕で怒られて。
怒られたら今度はえみさんに配信の設定を変えたことを怒られた。
「怒らなくたって良いじゃん」
で、この体は幼女だから背が低いわけで。
僕より背が高くなってる子たちに上から言われ続けて、なんかちょっと悲しくなったんだ。
「良いじゃん……」
だって僕、この子たちより年上なのにって。
そう思ったら、僕は悲しくなったんだ。
【元気出して】
【なかないで】
【めっちゃ落ち込んでる】
【ハルちゃんでも落ち込むことはあるんだね……】
【お前はハルちゃんのことを何だと……ごめん、ちょっと頭冷やしてくる……】
【草】
【草】
【うん……ハルちゃんはね……】
【ちょっとおかしい幼女だからね……】
【そんなハルちゃんと珍しく静かにおててだけ繋いでる、るるちゃん】
【るるちゃんやさしい】
【いや、たぶんこれ、えみちゃんのお説教される仲間として認定したんじゃ……】
【草】
【草】
【るるちゃんは高校生よ?? 幼女のハルちゃんと仲間になっていいの??】
「ハル様ぁー」
「……リリさん」
とぼとぼ帰ってきた僕を、リリさんが呼ぶ。
ちなみに、るるさんは僕の横で手を握ってる。
どうやら叱られ仲間としてがんばってくれたらしい。
だから今も、こうして静かにそばに居てくれているんだ。
【リリちゃん!】
【かわいい】
【傷心のハルちゃんが嬉しそう】
【すっかり溶け込んでるリリちゃん】
【リリちゃんの声も良いよね】
【ハルちゃんの声は完全に幼女、るるちゃんは元気っ子、えみちゃんはお姉さんお母さんって感じで、リリちゃんは……】
【控えめな感じ】
【清楚系】
【お嬢様系か】
【それだ】
【いいね】
【属性が良い感じに混じっている……】
「……………………………………」
リリさんは、食材を出している最中だったのか、座り込んでいる。
………………………………。
……リリさんは、るるさんと同じく柔らかいはずだ。
だから、
「はるさまぁ!?」
――ぽふっ。
僕はおもむろに、彼女に抱きついてみる。
あー、リリさんの匂い。
癒やされるー。
【●REC】
【お、ノーネームちゃん復活だ】
【ハルちゃんがおもむろにリリちゃんに抱きついて……】
【さすがのハルちゃんも怒られたらしゅんとするんだね】
【一応人間だったんだね、ハルちゃん……】
【天使でも泣くと思う】
【それもそうだ】
「……うん、良い匂いだね! ほら、離れるよハルちゃん! リリちゃん忙しそうだから!」
「……そうですね、仕方ありません」
なんとなく悲しくなったからリリさんにぽふっとしてもぞもぞしてたけども、急に後ろから引き剥がされた。
……さすがに大の男が泣きべそかいてるのは見られたくないから全力で普段通りに。
【あああああああ】
【なんともったいないことを!】
【損失】
【悲】
【草】
【大丈夫だよノーネームちゃん、攻略は始まったばっかりだから】
【そうそう、これからだよ】
【みんながノーネームちゃん励ましてて草】
【るるちゃん、めっちゃ嫉妬してる】
【リリちゃんに抱きついてたハルちゃんを引っぺがして自分に抱きつかせようとしてる】
引っぺがされた僕は、その勢いでるるさんにぐいっと引っ張られる。
「だからもう良いですってば……」
「良いの! おもっきり抱きついて!」
「やです」
僕から抱きつくのは良いけども、人から抱きつかれるのは嫌。
この気持ち、分かってくれないかなぁ……。
【尊】
【分かる】
【分かる】
【こういうのでいいんだよ、こういうので】
【ああ……!】
「ハル様ー」
お、ちょうど良いところに。
僕がるるさんに抱きつかれそうになってたあいだに移動したらしい彼女が手招きをしている。
これはチャンスだ。
「むぅ、ハルちゃん……あれ?」
るるさんに抱っこされかけた僕はなんとかかいくぐり、その声のする方へ。
リリさんがちょいちょいと手招きする先へ逃げる僕。
「むー……すばしっこいなぁ」
……追ってくる、るるさん。
この子、本当に暇さえあれば僕に……む。
良い匂いがする。
顔を上げると、両手にお椀を持っているリリさん。
よそりたての……ちょっと色のついた、温かい液体。
スープかな?
ブイヤベースとかの。
「おいしそー!」
「ですね」
「……おふたりとも、お顔をこちらへ」
「? はい」
「? うん」
僕たちへ、もっと顔を寄せろというリリさん。
特に叱られる様子もないから、僕たちは言われたとおりにしてみる。
【!!!!】
【ステイ】
【あっあっ】
【ハルちゃんるるちゃんリリちゃんが顔を寄せ合ってる!!】
「ふふ……」
よく分かんないけど、なんか嬉しそうなリリさん。
持ってきた食材で作ったスープのお披露目が嬉しいのかな?
「えみさんには黙っていてくださいね。……ハル様? このスープは、具材がありません」
「え? そうですね」
ただの液体だね。
ダシが利いてそうで、すでに良い匂いはしてるけども。
「ええ……具材が、入っていないんです……!」
「?」
「?」
「………………………………」
「………………………………」
その意味をしばし考えた僕は――るるさんと、同時にたどり着く。
「……あ、もしかして」
「きのこ……!」
「刻んでしまえば……ね?」
「なるほど」
「リリちゃん賢い!」
「ふふんっ」
リリさんが賢かった。
僕、えみさんと九島さんよりリリさんのほうがいいかも。
【えっ】
【悲報・リリちゃんも充分におかしかった】
【ああうん、ハルちゃんと関係ある子だからね……】
【まさかのハルちゃん推しのキノコ入りスープ】
【おいしそう】
【待て、ダンジョン内の採れたてだぞ】
【想像しただけで吐きそう】
【さっきのキノコのグロい見た目を思い出せ】
【おろろろろろろ】
【草】
「……というわけで。お願いします」
「かしこまりました――失礼します」
リリさんの合図に、ぬっと出てきたお付きの人――コックさんの防止を被ったおじさんが、リリさんの持つお椀のスープへ……まさか。
「先ほどハル様が採取した種類をこっそり……充分に火を通したあと、彼らに毒――味見をしてもらいましたが、私たちもたぶん大丈夫だということです。本来の毒――味見は時間を置くべきですが、ハル様が大丈夫でしたら大丈夫だろうということで」
賢い。
この子は賢い。
「じゃあえみさんにも――」
このキノコさんを布教しようかな。
そう思ったけども、
「いえ、恐らく生理的に受け付けにくいかと」
「なら、こっそり食べちゃいましょう。僕たちだけで」
「お、おいしそう……普通にキノコスープみたい……!」
【待って!? 今この子「毒味」って言わなかった!?】
【リリちゃん……それ、誰にさせたの……?】
【護衛の人たちか……?】
【それとも笑顔で適当な人に押し付けたんじゃ……】
【いや、何も言わずに提供したんじゃ……】
【あ、俺、リリちゃん視点から見てた あのごつい護衛さんたちに振る舞ってたぞ】
【振る舞ってた(強制】
【ムキムキな護衛さんたち、泣きながら食べてたよ】
【かわいそうだった】
【でも1回食べたら「スンッ……」てなってた】
【少なくとも害もなければまずくもないらしい】
【もしかして:リリちゃん、ハルちゃん以外どうでもいい】
【ひぇっ……】
【悲報・るるちゃんよりやばいかもしれない美少女爆誕】
【なぁにこれぇ……(定期】
【ああうん、このコメントの混乱っぷりはいつものだねぇ……】
「いただきまーす!」
「いただきます」
「私も……いただきます」
僕たちはこっそり――えみさんたちからは離れて、背中を向けてずずずっと飲んでみる。
ん、普段の僕とは違う味付け。
そして吸い込むにつれて口の中に入ってくるキノコさんたちの感触――そして、味。
「ん。やっぱりおいしいですね」
「ええ、食材として普通に美味です。この国ではマツタケと呼ばれる種類と似た味と風味もあるようで」
「採れたてだもんね!」
「はい、地産地消です」
ずずずっ。
もぐもぐ。
ずずずすーっ。
もぐもぐ。
「おいしいですね」
「ふふっ、おいしい」
「悪いことをしているようで……わくわくしますね!」
【悪いことをしてるんだよ……?】
【草】
【草】
【あの、攻略初日で得体の知れないキノコを……】
【ま、まあ、ハルちゃんが食べて大丈夫って言ってるし……】
【ダンジョン産のキノコをほおばる3人】
【閃いた】
【通報した】
【草】
【あ、この画面えみちゃんが発見した】
【あっ】
【あっ】
【えみちゃん全力疾走中】
【救護班ちゃんも全力疾走中】
【ああ……】
【もうだめだ……】
【まーたハルちゃんが泣きべそかいちゃう】
【でもそれが?】
【最高】
【だよな!】
【草】
【ノーネームちゃんも分かってるじゃないか……】
【リアルタイムな配信の楽しみを理解してるノーネームちゃん】
【こういうのでいいんだよ】
【ハルちゃんたちがキャッキャウフフしてるだけのがね】
【あ、怒られてる】
【そらそうよ……】
【あーあ】
【でも意地で食べ続ける3人】
【草】
【かわいい】
【楽しそうで何より】
【よかった……ハルちゃんもこういう一面があるんだね……】
【ただアウトレンジからヘッドショットしたりするだけの幼女じゃなかったんだね……】
【草】




