81話 もういくつ寝ると500階層RTA
何もない、大きな倉庫。
そこには20人くらいの人たちが忙しそうにカートを押して、ころころ。
その人たちは、倉庫の外から僕たちとの往復になって久しい気がする。
大変だね。
「……ええと、これで目録の全部をお渡ししましたが……」
「あ、もうなんですね。ありがとうございます」
ぼーっとしてた、僕はかけられた声ではっとする。
うん。
無心で作業してると時間を忘れるよね。
僕、そういう時間が好き。
特に本を読んでたり石を拾ってたり片づけたりして無心になって、僕自身がなくなっちゃう感覚が素敵なんだ。
だから僕は、この倉庫いっぱいだったいろいろをきちゃない袋さんに押し込めていく作業に溶け込んでたんだ。
「……ハルさんの戦闘用の銃の予備や弾を大量に……国内の在庫をかき集めたもの。それに魔力ポーションや応急薬、服の着替えや装備の予備などを最初に詰め込みましたね……」
「はい。これだけあれば入り口から撃ちっぱなしでも平気そうです」
ひょいっと持ち上がる、きちゃない袋さん。
この中にすんごい量のあれらが詰まってるだなんて思えないね。
だって布の重さしかないし。
「……で、次はハルちゃんのお水と食料……あと絶対に譲らなかったお酒」
「お酒はないとダメです。ないと命中率と継戦能力が落ちます。僕がダメになります」
これが魔法のなかった世界だったら「消毒にも気付けにも使えるから」って論理が使えたんだけどなぁ……結構治せちゃう世界って、それはそれで厳しいね。
「……さすがにこういうときだから誰も止めなかったけど……ハルちゃん?」
「疲れが溜まったときにちょっとだけ気付け程度に、安全が確保されたときにストレスを解消できる程度に。分かってますって」
こういうときだからこそ言ってみるものだよね。
「本当に必要なのか」とか「そんなにいらないんじゃないの?」とか「やっぱり体に悪いですから」とか言われたけども、「絶対必要なんです」って言い張ってぎゅうぎゅう押し込めた。
さりげなく「ダンジョン攻略のための経費」にねじ込んで実質タダ酒。
何言われても、もう返さないからね?
このきちゃない袋さんは大切になったから、絶対に渡さないんだ。
「……で、まだ入るようだったから、重さを無視できるという点で同行する者たちの水分、2週間分……数十人分のそれが、本当に入りきるとは……」
最初はみんな興味津々、途中から驚きで――その後からは、何かとても恐ろしいものを眺める視線を感じていたけども、隠蔽スキルで僕自身はへっちゃらだ。
「これ、どのくらい入るんでしょうね。あと、これを売ったらいくらくらい?」
結構きちゃないけど、性能だけは逸品だからね。
「この容量ですから……ええと、値段は付けられないと……」
「軍事転用したら大変なことになりそうね……」
「ハルちゃん、売っちゃダメだよ」
「分かってます。お酒入ってるうちは売りません」
お酒を飲み干して、お金に困ったら売ろーっと。
ぶっちゃけこれでFIREとかいうのが、できちゃうよね。
ダンジョンの中ってじめじめしてて居心地良いから、積極的にはしないけども。
「まだ大丈夫だからと食料も着替えも装備も詰めてもらいましたけど……その、ちゃんと欲しいものを出せるんですか……?」
恐る恐るで尋ねてきた、えみさん。
聞けば、えみさんほどのパーティーでもちっちゃい収納袋が1個とかいう希少性らしい。
「あ、はい。あの青い狸さんのポケットみたいに、思い浮かべたら出てくるみたいです。忘れてるものでも……なんとなく?」
「普通はそこまで入りませんし、入れた順などになりますから……」
「あのとき1段飛ばしさせられたおかげで、こんなにいいものもらえましたね」
持ち上げた袋。
見た目はどう見ても……その、ゴミ袋とかに入ってていろんなものが染みて、臭そうな系統になってる袋。
茶色の布を入り口できゅっと締めるだけの、どう見ても……ゴミ。
そのへんにぺって捨てられてたら捨てちゃいそうな、ぼろ雑巾。
生ゴミ。
はき古したぱんつ。
でもこの中に、僕たちが籠もっている倉庫――学校の体育館よりでっかいのの中に詰まれてたものが入っちゃうんだよね。
あらためてダンジョンってすごいね。
あとこの袋、こっそり僕の私物とかも中に入れてある。
そう、本棚の本のうち好きなやつとか、ノーパソとかタブレットとか充電器とかね。
これさえあれば、どこでどんなことになっても大体大丈夫。
気が向いたらぶらりと適当な旅行とかにも行ける。
そんな気がするんだ。
あ。
発電機……夜営用にってこの袋の中にいくつか入ってるから……その気になれば、ダンジョンの中で半年くらい引きこもれる……?
ガソリン――灯油かな?――もたんまりともらったし、収納袋の特性上漏れたり気化したり腐ったりしないから危険もないし、いつまでも持つし。
なにそれ、天国じゃん。
なんかテンション上がってきた。
早く潜りたいね。
なんなら今すぐでも良い気がするね。
「ハルちゃん、平気そうだね」
「というよりは嬉しそうですね」
「はい。今回みたいにたくさんの人と組んでっての、初めてですから」
さらりと話題転換。
嘘はついてないよ?
ちゃんと思ってるからね、ちょっとはさ。
「国内ランカーを中心としたパーティーで30名、補佐で20名ほど……か」
「普通はどんな感じなんですか? パーティーで攻略って」
「規模が大きすぎてもはや比べられないんですけど……そうですね。 私が以前お手伝いした150階層の攻略では戦闘組が20人、補佐が40人でしたから……攻略の規模としてはやはり相当少ないかと」
ほー。
九島さんも結構経験あるんだ。
「これでも少ないんですか」
「制限がなければ、戦闘組だけで500人くらい投入できるはずだったと上が……これでも交渉の結果で相当楽になっていますし、多すぎても兵站が厳しいと」
「へー」
500階層で500人。
それに後方支援組が何倍だから……すごい数の人。
僕はことごとくひとりぼっちだったから全く想像できないけども、ダンジョン攻略ってそういうものらしい。
話を聞くに、未踏破、かつレベルの高いダンジョンの攻略じゃ専門の訓練をしたレンジャーな軍隊さんが真っ先に入るのが当たり前なんだとか。
それと一緒に民間の上位層――ランカーさんって人たちらしいね。
そりゃそうだ、戦闘のプロさんたちだもんね。
「ハル様」
「あ、リリさん」
どうしても言うこと聞かないリリさんもまた、僕の手助けをしてくれるらしい。
しかも「私は国から連れて来た付き人――ではなく『友人』たちと、たまたま同じタイミングで潜ってお話をしながら同じペースで攻略するだけなので問題ありませんよね?」っていう論法で、攻略の人数をかさ増しするためだとか。
「そんなの大丈夫?」って呪い様に聞いたら「百合」って言ってたし、何かよく分かんないけど良いんだろう。
確か英語だと百合ってリリーだもんね。
よく分かんないけど、呪い様の好きな花の名前だからオッケーなんだろう。
名前って、たまにそういうお得があるよね。
「ハル様? まだ荷物は入りそうですか?」
「んー。……容量は……まだこの数倍?」
ぶんぶん振ってみる。
ただの布きれ――だけども、そんな感覚が伝わってくる。
「そ、そんなに入るんだ……」
「もはや想像できない収納力ね」
「恐らく最高級品なのでしょうね……」
「なるほど……私が高難易度ダンジョンで見たことないほどの容量と」
「なんだか、まだやれるって言ってる気がします。なんとなく」
ついででなんとなく袋に手をずぼっと突っ込んだ、僕は大体の感覚で適当に言う。
だってこういうのって感覚なんだもん。
「では、ちょうど母国からの輸出品が港に着いているということで、権限で徴収――こほん、ではなく買い取ったものがあります。せっかくですから入れましょう。高レベルダンジョンのドロップ品や食料がメインですので」
「良いんですか? 高いんじゃ」
「命には代えられませんから」
「そうですか」
輸出用だからすごい金額なんだろうけど……まぁそこはダンジョン協会さんが買い取ってくれるんだろう。
そう思っとこ。
けども自動翻訳も語彙とかはまだまだ違和感があるのがこの時代。
ちょっと「ん?」ってなることもあるけども、まぁそういうもんなんだろうね。
あ、ちなみにこの袋に詰め込んだのは全部タダ。
タダだ。
タダほど高いものはない。
なんて素敵なんだろう。
呪い様、ありがと。
◇
【♥】
◇
「当日のフォーメーションは……」
「主眼は、いかにハルさんを疲れさせないかという一点に……」
「あ、長丁場なのとハルちゃんが全部荷物持ってくれてるから、簡易シャワーまで持ち込めるんだね、えみちゃん」
「10階層に1階層は水場がありますから、攻略のペースとスケジュール的に良さそうなところで野営のスケジュールを……」
「くぁぁ」
あのあとでっかいコンテナのまま運び込まれたたくさんの段ボールを詰めていく作業をして疲れた。
リリさんに聞いたらダンジョン関係の武器とか消耗品、あとは食材とかなんだって。
この人数での攻略だからってことで料理専門の人たちも来るみたいだし、食べるものも困らなさそう。
ごはんは大事。
レトルトも好きだけど、あたたかい手作りも良いよね。
段ボール何個か分、パンとかパスタのイラストがプリントされてるのがあったし、いろいろ楽しめそう。
「……はい。2週間、しかも目的地不明とあって敬遠されるかと思っていたんですけど、実際には国内ランカーの上位500人ほぼ全員から志願がありまして、むしろ選抜に苦労をしまして……」
「単純に正義感に見合う実力がある人に意欲があるのと……あとは」
「配信、だよねぇ……」
「確かこの国では、今はダンジョンの攻略が全面停止とか」
「ええ。ですから2週間分の同接……どころかテレビ局も入りますので、視聴率はとんでもないものかと……」
「ふぁぁ……」
ヒマだから脚をぷらぷらしてたら眠くなってきた。
……なるほど、これがパーティーで攻略するっていうこと。
僕ひとりだったら頭の中で作戦立てていろいろ準備してさあ突入だけども、人が多くなるほどにそうはいかないのかぁ。
なるほどねー。
ちょっともどかしいけども、集団行動っていうのはそういうもの。
なんだか学生時代が懐かしくなってきた……今みたいにあくびしながらぼーっとして過ごしてた気がするけどさ。
「んー……」
こしこし。
まつげがかゆい……あ、抜け毛。
「……ハルちゃん、眠い?」
「んー……」
この体の最大の弱点。
眠気に弱いこと。
眠気以前に体力がないから睡眠時間も長めだし、昼寝もしたくなるんだ。
特にさっきまでみたいに立ちっぱなしで人と話しっぱなしだったあとは特に眠くなる。
しい本と半日格闘した後とかお酒をぐびぐび飲んだ後とかの、あの感じ。
「こっちのソファ。寝る?」
「んー」
もう眠くてよく分かんないけど、るるさんが手を引っ張ってくれるのに身を委ねた僕は、ぽてぽてと歩いて……柔らかい感覚にぽふっとダイブ。
「ふふっ。あとで起こすから寝てていいよ、ハルちゃん」
「ふぁい……るるしゃん……」
なんだかあったかくて柔らかい感触がほっぺに押し付けられてるけども、るるさんだしおっぱいはあり得ないからふとももか。
でも、僕はそういうのも好きだよ。
なんていうか、安心でき、……。
「……………………………………」
「……みんな、ハルちゃんはもう寝ちゃったから大丈夫だよ」
「……ぷはぁっ……は、ハル様のあまりの破壊力が……!」
「眠気を限界まで……ああ、やはり幼女こそ……!」
「あ、はい。次のカウンセリングでは3名を……うち1名は新規で欧州の……はい、英語なら大丈夫ということですので……」
なんかみんないろいろ話しだしてにぎやかになってたけども、眠かった僕にとっては良い感じのBGM。
「ぐぅ」
幼女な僕は、子供特有の沼に引き込まれるような眠りの中にずぶんと落ちていった。




