74話 やってきたリリさん
僕は、るるさんにひっつかれている。
ぐいぐいもふもふと。
「ふーっ……!」
「るるさん、どうどう」
そしてるるさんは威嚇している。
新入りの子に対して、警戒感ましましで。
「ふしゃあーっ!」
「猫みたいなことしないでください、るるさん」
確かに独占欲高めなのは猫っぽいけどね、るるさん。
でも僕も「野良猫ハルちゃん」とか呼ばれてたし、属性被っちゃうよ?
あ、いや、それだと喜びそう……言わないどこ。
そんな彼女を落ち着かせるには、とにかく体重を預けて好きにさせること。
でも今はそれだけじゃちょっと難しいっぽい。
だって。
「え、ええと……ご都合が悪いようでしたら日を……」
「るるのことは気にしないでください……ただの焼きもちですから」
えみさんが――こめかみを押しながらため息をひとつ。
そりゃあね、5分くらいずっとこんな感じだからね。
「焼きもちじゃないもん!」
「るる、さすがに初対面でそれは失礼ですよ……?」
うん、今回ばかりはえみさんの言う通りだよ?
えみさんだって、普段はるるさんよりできる女の子なんだから。
僕相手以外なら常識人的には九島さんと肩を並べてるからね。
「え、ええと……リリーさんではなく、リリさんとお呼びすれば良いのでしょうか……?」
ここで委員長さんな九島さんが、さりげなく軌道修正。
僕がるるさんにかわいがられすぎようとするといつも助けてくれるから、九島さん好き。
あと、ひっくり返るえみさんを目に着かないとこまで連行してくれるから、僕は九島さんが好きだ。
「はい。事情がありまして、できたら愛称の、この名前で」
「……失礼ですが、配信で最初はリリーさんと」
「ええ、本来はそうなのですけど」
今日やってきたリリさんは、この前とは違ってちゃんと翻訳機使ってるからみんなと会話できてる。
ときどき変な感じになるけども、それ含めて僕がいちいち翻訳して中継するよりもずっと早いんだ。
……前は僕が翻訳したから、ちょっとさびしいかも。
「ハル様が」
「はい?」
リリさんの真っ赤――ルビーみたいなおめめが、僕を見ている。
「ハル様が、最初にそう呼んでくださったので」
「はぁ」
そういや最初は「リリーさん」だとかなんとか言ってたっけ。
そんで、なぜか僕が言い損ねた感じの「リリさん」呼びにしてほしいと。
呼び慣れちゃった「るるさん」って言うのに引きずられちゃったのかな。
「僕、今からでもリリーさんって――」
「リリでお願いします、ハル様! 嬉しいので!」
「あ、はい」
自分の名前を間違えられたのに、むしろぐいっとくるリリさん。
この子もなんか不思議だよね。
るるさんには敵わないけどね
「こほん。それで、彼女……リリさんですが」
るるさんとリリさんをほっとくと何も進まなさそうだからって、いつも通りに仕切ってくれる九島さん。
今日もきっちり揃えたポニテが映えてるね。
「上からの連絡で、今回の面会なわけですが……彼女が、ハルさんにお礼がしたいと」
「いや、だから僕は別に――」
「そういう訳にも参りません」
ぴしゃり。
るるさんっぽい雰囲気だった彼女の声が、引き締まる。
「私の立場が立場ですから……私の感情を抜きにしても、しないわけには行かないのです」
立場?
「……もしかして、ハルさんにも本名を明かせないということは、何かしらの立場がある方――ということで良いでしょうか」
僕が着いてけなかったところを、えみさんが賢くなっている。
君、ほんもののえみさんだよね?
「友人とは砕けた会話をしますから普段通りで構いませんよ、『クレセ――』」
「あー!! 確かに私の名前は単語だけで言えばクレセントになりますねー! これは気がつきませんでしたー! ですがそれだとややこしいので普通に『三日月えみ』でお願いしたい気がしてきますねー!!」
僕はとっさに耳をふさぐ。
……えみさんが、急にハイテンションになってる。
どうしたの、君……変なものでも食べちゃった?
「あ、ごめんなさいごめんなさい! 大変失礼してしまいましたことよ!! えみ・三日月様ですね!!」
「ええ! 私が三日月です!!」
「三日月様!!」
「ええ! 三日月様よ!!」
「え、えみさん……? どうされたので……?」
九島さんもびびる、えみさんの変貌っぷり。
……幼女成分が足りなくておかしくなっちゃったのかな?
「どうしたんだろね、えみちゃん。普段はあんな声、出さないのに」
「ですね。えっちな本でも拾ったのかもしれません」
えみさんと数年来の付き合いのある、るるさんでも違和感がある様子。
……君たち、ひょっとして何か気まずいことでもあったりした?
「そ、そちらはるる・深谷様とちほ・九島様!」
「……るるで良いよ。歳も近いらしいし、そういう扱いもやだって聞いてるし」
「私もちほ……いえ、九島で結構です」
なんか普通の女の子たちな打ち解け方とはちょっと違うけども、なんかあるっぽいリリさんってことでさらっと流そっと。
異文化コミュニケーションってそういうものだよね。
「僕は……あ、えっと」
あ。
……僕のこと、この子にどこまでしゃべっても良いのとか聞くの忘れてた。
「彼女は……詳細は伏せますが『特別協力者』という立ち位置です。こちらの事情は、私の上司がおおむね……と」
ぼそぼそ。
九島さんの告げ口は役に立つ。
「じゃあ、僕の名前とか」
「ご本名はハルミ・ソヤ様……で、合っていたでしょうか」
「あ、はい。知ってるなら楽ですね」
銀色の長い髪の毛をかき上げながら、ちらちら見てくるリリさん。
……あ、この反応……僕のこと「中身は男なんだ」って知らされて、それでなんか気まずそうにしてたのかな。
そうだよね、こんな幼女が精神年齢成人男性とか、普通困るよね。
猪突猛進なるるさんとかロリコンえみさんとか真面目九島さんが普通じゃないんだもんね。
けど、男って知られてると楽でいいよね。
配信とかはともかく、こうして近いと……ほら、視点的にいろいろ見えちゃったりして困るし。
僕のこと女の子って思われてるとガードゆるゆるだから困るんだよね……るるさんは僕のこと知ってても全裸で乱入してくるけどさ。
「――なんで教えたの」
「ひっ!?」
あ、るるさんがおかしくなってる。
君ってこんなに低い声出せるんだってくらいに低い声。
「ハルちゃんのこと」
「る、るる……?」
「ねぇ、なんで――」
「るるさんステイです」
「……私、えみちゃんじゃないよ」
ぎゅっ。
るるさんの袖を引っ張ると、変な感じがちょっとだけ収まる。
まーたるるさんがお気にを取られそうになってる声してる。
君、独占欲ちょっと強くない?
たぶん「かわいいお人形さんな僕」に対するそれなんだろうけども……あるいは、べつのそれなんだろうけども。
るるさんと出会った経緯を考えると、しょうがないんだけどさ。
「……私が、日本のダンジョン協会から要請を受けたのです」
「きょうかい……」
「……私も途中から聞かされたのだけど……彼女のレベルは、とても高いそうで」
「25ほどあります。ダンジョンが出現した10年前――当時は子供でしたが――その時期から潜っていましたので、腕には自信があります」
ほー。
そういやダンジョンが初めてポップしたのは10年前だから……この子が何歳かのときってこと?
ずいぶんスパルタなお家だね。
それともダンジョンの大変な時期から戦わざるを得なかったのか。
「……それってハルちゃんと、どっちが……あっ」
「いえ、『その件』も存じていますから構いませんよ」
「……そこまで……うん、そっか」
僕の頭に乗っけさせた、るるさんの両手――僕に抱きつく形になっているから、ついででたぶんお胸も乗ってるはずだけど観測できない――へ、押し付けるようにぐりぐりしてなだめたからか、だんだん落ち着いてきたるるさん。
目をつぶって頭をこすこすしてあげると大体おとなしくなるって知ってるからこその技だ。
今の僕は首輪と鈴を付けられた猫の気分。
「尊っ! ……こほん、失礼しました」
?
「とーと」?
「リリさん。体、もう大丈夫ですか?」
「え、ええ……」
また一瞬なんか叫んでふらついてたから座った方が良いと思うなぁ。
この子、失神するとき毎回叫ぶんだよね……なんでだろ。
でも今日のリリさん、裾の長いワンピースだから座るのも大変そう。
銀色の髪の毛に白と銀のワンピースとか、完全に真っ白だね。
るるさんの至福はピンクとか髪の毛と似た系統の……ガーリィ?ってやつで、えみさんはわりと大人びた落ち着いた感じ、九島さんはいつも制服のまま。
服装からして新鮮だね。
「……それは、ハルちゃんにとって必要なことなんだね」
「そういうことらしいわ。だから、るる」
「……うん」
るるさんを落ち着かせてくれるのは、えみさんのお仕事。
えみさんが輝いているね。
「ええ……彼女は、次のダンジョン――500階層という、通常なら資材や人員の調整で1ヶ月2ヶ月は余裕を持って準備を整えるべき場所。しかも期日指定、最大人数指定、さらには……その、の、ノーネーム様の……ぶふっ」
「わ、笑ったら呪われそうですけど……く、くふっ……!」
「声に出すと笑っちゃうよね、ノーネーム様って……私、いじめられてきたはずなのに」
「no name……ああ、あの現象の……」
るるさんえみさん九島さんがダウン、リリさんはなんだか妙な納得をしている様子。
「呪い様」が、「ノーネーム様」。
コメントしてた人たちも、まさか悪ノリが正式な名前になるとは思わないよね。
こういうところは今どきって感じ。
でも呪い様よりはなんか良い感じ。
「……こほん。それの機嫌次第でいくらでも不測の事態が起きかねません。ですから、世界有数の実力者である彼女に協力を要請したのだそうです」
手元のタブレットから、たぶんお偉いさんからいろいろ聞かされてるだろう事情を説明してくれるポニーテールさん。
「ここまで注目されてしまっていますからね、ハルさん関係は……国内どころか、海外にまで」
「先週の配信、一瞬ではありましたけど同接で世界上位にランクインしていましたものね……」
「え、そんなに見られてたんですか」
「はい。確か、このサイトに……」
どれどれ?
僕は背伸びをして九島さんのタブレットを――あ、屈んでくれて見やすい。
優しい九島さんだ。
気の利く委員長さん。
で、そこには呪い様――もといノーネーム様とやらが書き換えたらしい配信タイトルが、英語ばっかりのランキングに燦然と輝いている。
そしてアカウント名は――僕の名前。
なんか不思議な感じ。
「はぇー」
「ぐっ……」
「尊っ!!」
「……なんかえみちゃんが増えたみたい」
「で、ですね……」
不思議な感じに感心していたら――なぜかえみさんとリリさんが崩れ落ちていた。
何かあったのかな。
でも別にどうでもいいや。
◇
「でも、なんでリリさんまでが、ここに?」
なんか変な空気のまま――えみさんとリリさんが悶えていて、九島さんも釣られて変なツボに入って笑っていたから強引に戻す。
「これから攻略が終わるまでのあいだ、の、ノーネーム……ぶふっ……さ、様が何をしてきても良いようにと、彼女もそばにいての警護が望ましいと上司が」
いちいち吹き出すのをこらえている九島さんの顔は、既に真っ赤。
でも僕は気づいていないフリをする。
それができる男のマナーってやつだから。
「……リリちゃん、これからずっと……ハルちゃんの泥棒猫――」
「確かに! これからの準備期間とダンジョン攻略が終わるまでには3週間もかかるから必要ね! ハルさんの真実について、ふとしたことでバレてしまって気まずくなるよりは最初からと言うことね! 賢明な判断だと思いますよ、そうですよねハルさん!!」
「えみさんうるさいです」
まだぐるぐると警戒している彼女を九島さんが引き剥がしてくれたけども、まだまだるるさんはリリさんのことを警戒中。
あ、これ新入りの猫に嫉妬する飼い猫だ。
つまり僕たちはみんな猫。
飼い主は……九島さんかな?
「けど、護衛なんて」
「……要りませんか……?」
「や、リリさんに迷惑かけられませんし」
というか、これ以上女の子増えちゃったら大変ってのもある。
主に僕がかわいがられるっていう意味で。
……この子たち、僕のこと男って知っても平気でおっぱい押し付けたり乗せたりしてくるんだけど……?
今どきの子ってこんな感じなの……?
性に奔放なの……?
僕の背丈もあるんだけどさ、この子たちが普通にしてるだけでぱんつとか見えちゃうんだけど……?
何回注意しても「僕だから良い」とか変なこと言うんだけど……?
や、分かってるけどね……僕が男として認識されてるけどされてないってさ……。
「命の恩人へ――恩義のために、たったの3週間を捧げるのは、おかしなことでしょうか」
「いえ、リリさん、レベル的には」
ひとまずリリさんという新勢力が巣くうのは阻止したい試み。
けども、すっと目を閉じた――本当にモデルさんみたいだね――彼女が、口を開く。
「私にとって、あのオーバーケルベロスは家族にそっくりな存在……たとえ私自身があのあと餓えようとも、攻撃はできませんでした」
あー、ペットの犬に似てたって言ってたもんね。
「逃げるにしても攻撃せねばならず、かといって隠れ続ける水と食料には限りがあり……普通の方が救助に来てくださっても、あの強さだったので場合によっては他にも被害が……ですから、私以外に発生し得た被害者の方の分も含めての感謝と贖罪をと」
贖罪とかは要らないんだけど……救助要請の人たちって、みんな同じようなこと言うよね。
「リリさん――リリが護衛に加わってくれるのは、私たちとしてもありがたいんです、ハルさん。その……彼女には多くの『伝手』があるようで」
あー、確かすんごく強い人だって言ってたもんね。
欧州のどっかの国のエース――そりゃあバックアップも手厚いだろうし、彼女のひと声で結構な人が動くのかも。
「ええ、私も上から……なんでも、彼女の国のダンジョン関係の警備会社から来ている人員も、次の攻略に派遣してもらえるということで助かるのだと……」
「そうなんですか」
「元々日本へはビジネスでも来ていましたから、そのための人員や資材がそのまま使えるのをお話ししまして、こちらのダンジョン協会様に……と」
「ほぇー」
「尊っ!! ……こほん」
すんごく強いのに、なんで突然叫ぶ残念な癖とかあるんだろうね。
「……少なくとも、です。ハルさんの500階層攻略が終わるまでは助けを借りたい――そう、上が判断したみたいです」
「そうですか。よく分からないですけど、えみさんたちがそう言うなら」
正直いらないと思うけどな。
でも僕のことでいろんな人に迷惑かけちゃってるんだし、もうすでにるるさんえみさん九島さんっていう3人が居るんだから、リリさんくらいはいいかなって気がしてきた。
3人も4人も変わらないんだし。
この子には配信で迷惑かけちゃったし。
や、救助要請に応じて助けたのは僕だけども、そのあとの底なしの穴にダイブさせた恐怖は僕に取り憑いてるノーネーム様のせいだし、そのせいで顔とか……ね。
あと、500階層とか攻略するんなら――僕は1人でも良いけども、絶対たくさんの人が着いてくる。
彼らがリストバンド使うほどの被害を出さないようにするためなら、それもしょうがないかなって。
「ハル様」
「でもやっぱり僕は……なんでしょうリリさん」
「こちら、母国から持って来ました、実家のワインなのですが」
「えっ、ワイン」
ワイン?
「もしよろしければ、部屋の前で待機しています者が、セレクションをあと8本ほど持っています。救助へのお礼としまして、まずはこれらをと思いまして」
ワイン。
アルコール。
おさけ。
しかも高そうなやつ。
あ、5年前とか10年前とかのラベルが……これは絶対に高いやつ。
「ええと、リリさん……ハルさんは医学的に6歳の肉体で」
む。
九島さんが僕の至福を妨害しようとしている。
「あら、私の国ではどの家庭でも親に勧められて多少は嗜みますよ? もちろん量は少なめですし、人前で堂々と呑ませたらさすがに怒られますけれど」
そうだよね、お酒は文化なんだ。
この国だって、法律的にはダメだけども地域の慣習として子供がちょっぴりお酒をもらったりってのは良くあるかもしれないじゃん。
「いえ、ですがリリさん――とお呼びしても? ……ハルさんはですね、目を離すとすぐ1瓶を空に――」
「そこまでされたら仕方ないですね、リリさん。えみさんと九島さんが言ったみたいに必要ならぜひお願いしますリリさん、あとそのラベル詳しく見せてもらって良いですかリリさん」
「ハルさん……」
「承りました♥」
九島さんが必死になって止めようとしてきたから断固として流れを変える。
ラベルとか見たら……お、これとか15年ものとかじゃん。
こんな手土産あったらもう、期間限定で居てもらうしかないじゃん。
ほら、めんどくさいダンジョンなんでしょ?
臨時加入とかあってもいいじゃん?
リリさん自身がそうしたいって言ってるんだからさ?
「――ハル様」
ぼそり。
彼女が耳打ちをしてくる。
「――実は、この国へ販路をと、試飲用のワインがあと数十本――」
「ということでリリさんにはがんばってもらいましょう」
「がんばります!!」
この子は絶対に仲間にしないといけない。
絶対にだ。
「……ハルちゃん……」
「るるさん、大人はお酒が無いと生きて行けないんです」
るるさんが残念な目をしている。
でも残念、今の僕には効かないんだ。
「しかしハルさんは、今は子供――」
「男が女になったストレスは大変なものなんです」
そうだぞ、ストレスなんだぞ。
特に九島さんのお酒管理とかね。
「いえ、ハルさん、この前はハルさんだけでも攻略は平気だと――」
「良く思い返してみたら結構平気じゃなかった気がしてきたので、強い人なら居てくれた方が良いって、今思ったんです」
えみさん相手は、いざとなれば踏んであげれば良いから適当に。
「ハル様? こちらのグラスもいかがですか?」
――すっ。
手際の良いリリさん。
できる女の子は好きだよ。
「グラスまで差し出されたら断るのは失礼ですよね。せっかくですからおすそ分けしてくれてるリリさんも一緒に呑みましょうそうしましょう」
「ハルちゃん……」
「普段は反応の薄いハルさんも、お酒だけには目の色を……」
「無表情から一転嬉しそうな顔をしている幼女!!」
リリさん=お酒。
お酒=リリさん。
なんとしてでもこの子に居てもらって、ワインを飲み尽くさないといけないんだ。
僕はそのためだったらなんだってやってやるんだ。
ノーネーム様?
このお酒を呑むきっかけ作ってくれて感謝してるよ?
君が近くに来てくれたら君にもおすそ分けできるのにね。
◇
【………………………………】
【♥】




