70話 500階層のダンジョン攻略は1ヶ月後だって
「へ? 視聴者の人たちが?」
「ああ……途中までは悪ノリだったみたいですが……」
僕は、奇妙な噂を聞いた。
「るるさんに取り憑いてたあれが?」
「まさか、直接コンタクトを取ってくるなんて……」
幽霊さんが話してきたんだって。
しかもコメント欄とかへ直接に。
「……あれって……おはなしできたんだぁ……やめてって言えば良かったんだ……そっかぁ……私っておバカさんだったんだぁ……」
「るる……」
「るるさん、お気をたしかに……」
概念だったはずの「呪い様」ってのが意志を持ってネットに書き込んで――しかも視聴者さんたちと割と楽しそうにしてたって聞いて、半分理解が追いつかない。
ちなみに最大の被害者なるるさんは、僕の隣で放心状態。
そりゃそうだ。
僕がその立場でもそうなるもん。
「今のところは『呪い様』が本物だという前提で動かなければならないと、上から。万が一期限を過ぎてしまって、それでもクリアしていないとなると……」
「あー」
九島さんがすごく言いにくそうにしている。
だってるるさんのおめめが真っ白だもん。
でも、だって……ねぇ……?
意志を持った呪い様って……ねぇ……?
意志持った怪奇現象とか怖くない?
それって日本的な幽霊じゃん。
西洋的に物理的な攻撃してくるタイプじゃなく、ちくちく陰湿に怖がらせてくるタイプでしょ?
攻撃が通らないことも多くって怖いもん。
「現在の条件を伝えますね。期限は720時間――」
「あ、それってさぶろく協定の」
「さぶろく?」
「……ハルさん、今は会社員ではありませんから関係ないかと……」
「あ、そっか。まぁ僕は残業とかしない派だったのであんまり関係ないんですけどね」
年に1回か2回くらい会社から「受けなさい」って言われてた講座で良く聞いた数字を聞いて口挟んじゃった。
この辺は社会人の弊害ってやつ?
違うかな?
「……つまり、えっと」
「720時間は30日ですから、あの配信直後から1ヶ月。それが、500階層をクリアするまでの時間――ということになりますね」
なんでも、最初はもっと短かったとか。
それを、なぜか……いや、なんでだろ……なんでだろうね……掲示板とかSNSに出現した呪い様に、果敢にも突撃した視聴者さんたちが直談判。
で、僕の体の調子とかを大げさに伝えて「じゃあ1ヶ月。1ヶ月あればクリアできるでしょ?」って感じにしたんだって。
「……なんだか人間くさい呪い様ですね」
「ぶふっ」
あ、九島さんが吹き出した。
でも絶対吹いた顔は見せないんだ。
「う、うん……みんなそう言ってるみたいだね……」
るるさんは……引いてる。
そりゃそうだ……あ、九島さんへじゃなく、人間くさい呪い様ってのにね。
そもそもるるさん自身もるるさんの両親も、あとはるるさんの事務所の人たちとかコラボ相手の人たちだって、大ケガ以上にはならなかったんだ。
や、大ケガはちょっとあれだけども、それも1回お父さんたちにやっちゃって、それからはるるさんだけが何もないところですっ転ぶとかコラボ相手のズボンとかスカート下ろしちゃうとか、そういうレベルらしいし。
僕が助けたときだって僕が近くにいたから「なんとかなった」わけだし、単にるるさんが困るのを眺めてるだけって気がする。
だから何となくだけども、呪い様ってのはある程度の知性――人格っぽいのが元からある気はしてたんだけど、今回ので半ば確信ではある感じ。
僕の気のせいかな。
気のせいかもね。
まぁいいや。
「……続けますね。そのダンジョンはここ数日で内部が入れ替わった――以前は15階層までの初心者向けダンジョンだったもの。でも」
「まだ人を入れていなくて良かったところですが、その書き込みから調査隊が急行したところ……最低でも30層あったのは確認できたということで、ほぼ事実と断定して良さそうです」
ふむ。
今回のために新しいステージを用意したって感じなのかな?
まさにゲーム的だね。
「それまでのレベルはむしろ低かったそうですので……逆に危ないところでした。下手に中規模以上のダンジョンですと」
「ええ、ある程度戦える人が違和感を覚えながらも先へ進んでしまっていたと思いますと……その辺りも、この前のダンジョンに近い気がしますね」
「じゃあ多分……えっと」
「500階層――人類、未到達エリアの最深層。そこへのRTAというものに……」
地下500階かぁ……かなり大変そう。
まぁそれに近いくらいは行ったことある気がするけど、未到達だって言うんならそうなんだろうね。
「あ、でも、今日みたいに落とし穴の罠を使えば――」
「それはダメー!!!!」
「駄目です。コンプラ的にも……何よりも危険過ぎます」
「そうです。ハルさん、今は魔力もないんですから過信は禁物です」
「あ、はい」
わー、ぼろぼろー。
あれは結構楽なのになぁ……疲れるけどね。
楽なのに疲れるっていう矛盾。
「それに、そこまでの深さなんです。今度はきちんとパーティー組みますからね」
「え、めんど――」
「ハルちゃん」
「はい」
あ、るるさんが怒ってる。
僕は綺麗な正座をした。
「……私たちはハルさんが心配なんです。これまでとは明らかに違う展開ですから」
「ですよね。この小さくて体力もなくってダメダメな体ですからね」
「それが良いんです!!」
「うわぁ……」
がたたっと迫ってくる、えみさん。
あ、うん……ロリコンさんだもんね。
「……こほん。たとえ大人の男性だったとしても心配はしますよ、さすがに……前例がなにひとつない事象なんですから」
「そうですか」
ソロだったら楽々さくさくなんだけども、今はそうはいかないらしい。
周りに人がいるって大変だね。
別に嫌じゃないけどさ。
「最低でも荷物持ちで……」
「医療班も救護班から……」
「前衛さんたち、特にハルちゃん的にはタンクさんとか……」
そうして3人で話し込む女の子たち。
置いてけぼりになり始めた僕と、診察室で会議が始まっちゃって不服そうな、結構いい歳のおじさんなお医者さん。
「……………………………………」
おじさんと目が合う。
うん。
分かる。
分かるよ。
女の子たちがきゃっきゃしてるときって、男はすることないよね。
僕たちは時間を潰すために、ぼーっとしてるしかないんだ。
モールとかデパートの座るエリアに生息するお父さんたちみたいな感じ。
邪魔だけど、居ないと荷物持ちが必要ってことでの消極的生息。
男って悲しいね。
けども断ったら断ったでえんえんちくちくいじめられるんだ。
男って弱っちいね。
「護衛の人数にも指定が。500階層となりますと大人数過ぎても逆効果なのでそこまでの影響ではありませんが……交代要員を手配できないのが厳しいかもしれません」
なんか条件があるらしい。
ぼくは別に1人でも良いんだけどな。
「最大で……それも途中までで消耗品を使い果たし、不要な荷物を引き上げたりする人数も入れてだから……」
「えっと、私、100層くらいしかそういうの行ったことないけど……10人くらいになるのかな? 最後まで着いて行けるの」
「ええ……特に深い階層過ぎて、出てくるモンスターのレベルや傾向も全くの未知……常に不測の事態を想定しないといけなさそうね」
へー、そうなんだ。
僕、ずっとひとりぼっちだったから全然分かんないや。
男のときはともかく、この体になってからは攻略を引き上げる基準は疲れとか荷物がいっぱいになってって感じだったし。
眠くなったら高いとこに良いくぼみを見つけて飛び込んで寝るだけだし。
「人員も荷物も、どう考えても無理な状態からここまで……視聴者さんたちが交渉して確約してくれました。当初は最大10人で渋っていたらしいと聞いて、頭が……」
「ますます人間味ありますね」
なんか親近感も湧いてきたよ、呪い様。
「当事者で堂々と言えるのってハルちゃんくらいだよ……」
「そうでしょうか?」
陰湿系統の幽霊から一気に人間くさくなったから怖くなくなったし。
「荷物も可能な限りに持ち込んでハルさんの負担を減らす予定です。あと、銃弾も大量に……ハルさんの荷物持ちとして、5人くらいを専属にします」
「へー」
荷物なんて僕のきちゃない袋に……あ、いや、あれどのくらい入るか試してないから、さすがにそんなにたくさん入るか分かんないのか。
なにしろ500階層だもんね。
どれだけ必要なんだろうね。
「………………………………」
そこからもみんなが話し込んでたけども、ぶっちゃけ僕ひとりで何とかなる気がするから身が入らなくって脚をぷらぷらしてた。
「……………………………………」
「……………………………………」
そんな僕はずっと、おじさんとにらめっこしたりしてた。
あ、ずるいぞ、急に変顔するの。
僕は笑うのを必死にこらえ――待って、僕のこと成人男性って知ってるよね?
◇
「あ、後は……これは別件ではあるんですが」
「どうしたんですかえみさん。ハグします?」
「す――――しません!」
「あ、えらい」
おじさんとのにらめっこは最終的に勝利。
そうしてまた病室に戻ってきて、るるさんとえみさんに囲まれている僕。
九島さんは、お会計に行ったとか何とか。
いつも忙しいね、九島さん。
「でも別件? なにそれえみちゃん」
「ええ……その、ハルさん。落ちついて聞いてください」
「え、はい」
なんだろ。
今日のえみさんは、まじめなお姉さん率80パーにヘンタイさん率20パーって具合で、相当がんばってる。
しかも多分またお偉いさんから叱られてきてるから、その比率はもっと下がってるはず。
「ぱんつ欲しいんですか?」
「くれるの!?」
あ、欲しそう……すっごくおめめが輝いてる。
「えみちゃん……」
「洗ったので良いんでしたら僕は別に。中身は男ですし」
よく分からないけども、大多数の男とえみさんみたいな女の子にとって、好きな人のぱんつはご褒美なんでしょ?
「ぐっ……い、いえ……いら、ない……です……っ! …………ううっ」
「な、泣くほどなの、えみちゃん……?」
女の子のぱんつ。
幼女のぱんつ。
……そこまで泣くほど欲しいかなぁ……?
僕だって男だ、女の子とか女の人のなら考えなくもないけども、幼女だよ?
そんなに汚れないし、あんまり価値なくない?
「ある!!!!!」
「えみちゃん!?」
あ、なんか伝わったっぽい?
「……何があるのかしら……今、一瞬、頭に何かがささやいて……
」
「えみちゃん、カウンセリングちゃんと受けてる?」
「ええ……付き添いで来てもらっているから知っているでしょう?」
伝わってなかったっぽい。
セーフ。
「……こほん。その、ですね……落ちついて聞いてください」
「それはさっき聞きましたけど」
「あと、るるも終わるまで口を挟まないで。お願い」
「ぶー」
改まったえみさん。
まるで告白だね。
……ヘンタイさんってこと知らない初対面で、かつ僕が男の体だったら余裕でOKだけども、今はヘンタイさんだから駄目だ。
あ、前の僕的には未成年だからやっぱNG。
今は厳しい時代だからね。
あ、いや、ヘンタイさんってのも男からしたらむしろ大歓迎なんだけども、その対象が幼女って時点で……ねぇ?
つまり、この子はもう駄目なんだ。
「……この病院に、監視カメラ。あるでしょう……?」
「そうですね。そこの天井にも」
ちらり。
天井のカメラさんと目が合った気がする。
「……そのカメラ。……先ほどから『その名前』を口にしていても何も起きないから言うんですが……」
「――あー。この視線、何かなってずっと思ってましたけど呪い様ですか」
やっぱり――「合ってる」よね?
「君」と、視線。
「!?」
「えっ……」
なーんかときどき、じとーっとねとーっと来てたんだよねー。
特に害は無さそうだったから無視してたけども、そっかー、なるほど。
「やっほー」
ふりふり。
とりあえずでご挨拶。
挨拶は大切だからね。
「ぶふっ」
「えみちゃん、鼻血……」
「ご、ごめんなさい……あまりの破壊力に……」
意志がある相手って思ったから適当に手を振ったら、なんかえみさんにコラテラルダメージだったっぽく、視線を戻すとだくだくとほとばしっている鼻血へ、るるさんがティッシュ箱を差し出している。
ロリコンさんって大変だね。
供給されても苦しいだなんて。
「えっと、呪い様、見てるー? えみさんの鼻血」
おもしろいでしょ?
「……ハルちゃん、なんとも思わないんだね……」
「狙撃できるか対話ができる系の幽霊さんなら平気です」
「そ、そうなんだ……」
それに、この体は僕のじゃない。
だから呪われたとしても、そこまでって間隔なんだ。
感覚的には……もう1年も使ってるもんね、ほぼ僕自身だっていう自覚はある。
けども、別にこの子たちに裸見られたりしてもなんとも思わないし、なんならこの体になったときシャツ一丁で服を求めてノーパンで外出たし。
そんなこと言ったら卒倒されそうだから言ってないけども、それくらいはしてるんだ。
「……さらに、もうひとつ。実は――――――」
………………………………。
「えっ」
「ウソ……配信されてるの!? 私たち!?」
「映像は『始原』と呼ばれる、特殊な視聴者にしか届いていないみたいで……彼らがハルさんたちの配信を見ていたデバイスに、直接届いているらしいと」
始原。
僕なんかの配信をずっと見続けていた人たち。
まぁ彼らだけにならどうでもいっか、悪い人たちじゃないんだし、不特定多数じゃないんだし。
「彼らは一切の操作ができず、電源も切れずにただただハルさんの動きを追うカメラの映像と音声が届いているそうで……原理は不明だからこそ、『呪い様』だろうと」
え、声も?
……どうやって届いてるんだろ、あんな天井のカメラさんへ。
「じゃ、じゃあ今も……っていうか、さっきのも!?」
「あー、るるさんがなんかやばいことになってたのも」
「ぴゃあぁぁぁ」とか叫んで真っ赤になってる、るるさん。
「だから、今さらですけど」
「ですから僕は気にしませんって。あ、そうだ、しげんさんたちー」
声が聞こえるんなら、話は早い。
僕はベッドからぽすっと降り、とてとてとカメラに向かって歩く。
「いつもありがとー」
「ようじょっ!!!!」
「えみちゃーん!?」
後ろの方でイスから転がり落ちる派手な音がしてちょっと心配だけども、えみさんだから大丈夫だろうってことで、両手で精いっぱいふりふりしてちょっとあざとめにしといてあげる。
こんな僕のこと、男の頃からずっと見てくれていた人たちなんだ。
しかもこんなことになってもずっと配信にも来てくれて、今も迷惑かけてるお相手。
せめてこれくらいはしないとね。
大丈夫、いろんな「研究」の結果であざとい幼女アピは結構得意だから。
「あとちょっとだけよろしくねー」
みんながえみさんみたいな人かは分からない――や、そうじゃないと願いたいけども、世間一般的には幼い子供の甘える姿はがんこなお爺さんでもめろめろにするものらしい。
だから、精いっぱい甘えてあげるんだ。
「――――――――私の生涯に、一片の悔い……なし……」
「えみちゃん、えみちゃん……息してない!? ナ、ナースコールっ!!」
あ、でも「男だったときの」とか「大人だったときの」とか、お医者さんと話してたような?
……ま、いっか。
えみさんが止めなかったんだ、多分もうしょうがないって判断したんだろうし。
◇
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
「 」
「……これが、ハルたんの破壊りょ……あ、やば、持病が」
「会長ー!? み、脈拍が……き、救急車……あ、リストバンドが起動して転移……」
「やべ、ハルきゅん、思ってたよりやべぇわ。マジ、きゅんってきたわ……やっぱハルきゅん、幼女でもショタって魂で理解したわ。けどここのやつら全員白目でピクピクしててキモいんだけどー、あはははははっ」
『ああ、ハル様……その大胆さがさらに……!』
「あの子、鼻血だくだく出てるー! 超ウケるー」




