698話 思い出してきた
「うーん」
僕は考える。
「うーん……?」
僕は思考する。
僕の――男だった、中学生だった僕の死体を見つめながら。
死体ってのは生理的嫌悪感があるもののはずだけども……状態がいいからなのか、それとも僕自身だからなのか、近くで見つめていても嫌な気持ちにはならない。
まぁ中学のときの姿だし、もはや別人だしってのもあるかもだけどね。
「んー……」
ぱたぱた。
女の子になった体に生えている羽を、動かしてみる。
「……死んだんなら死んだんで良いけどさ。僕が足元の罠に気づかなかったのは僕の不注意だけども、結果としてるるさんは僕の体がクッションになって生きてられて、今でもダンジョン潜りさんして走り回れるくらいに元気だし。や、ノーネームさんにいじめられてはいたけども」
とりあえずで両手を合わせてなむなむしてあげる。
僕自身になむなむするのはなんだか不思議な感覚だし、なむなむするのは本来成仏を祈るはずなのに僕自身の魂はここで生きてるから、どう考えても無意味な行為ではあるんだけども。
「けど、んじゃあ……なんであるんだろうなぁ、これ」
僕の死体のことを「これ」って、あえて言ってみる。
……特段に感情が揺らぐことはないっぽい。
僕は、いくら雑に扱ってもつやつや細くってふわふわくすぐったいくせっ毛な金髪をいじいじしながら考える。
「僕は『ダンジョンのことを新しい流行りのゲームだって思うほどに、世間にうとくなれるほど平和な学生生活』を送ってこられたはずなのに……なんで死んでるんだろ」
そうだ。
僕がダンジョンのことをちゃんと知ったのは、社会人になってから。
先輩も同僚も後輩も、元気があふれる系のうらやましい彼ら彼女が「仕事帰りに1本潜っとく?」って楽しそうに言ってたのを耳にしたから。
てっきりスマホかゲーム機のゲームだと思って検索したら、やたらいろいろと
『ああ……良かった、春海……っ! 目を覚まして……!』
母さんが――なぜか抱きついて泣いてたあの日。
母親に泣かれるなんてそうそうないことだから、息子の僕はそれに困惑して居心地が悪かったのを思い出す。
そんなもんだから、何の気なしに目を背けた先のテレビが叫んでいるのを――「今なら見えるし、聞こえる」んだ。
『――現在非常事態宣言が発令されています。各地に謎の構造物が出現し――』
『「モンスター」のような未確認の生物、これは小型のものでもヒグマ並みに危険でして……どの証言でも、それらに捕食されると「ひと飲みで頭から足まで」が飲み込まれてしまうと――』
『……以上の地域と現在連絡が取れない状況となっており、また、各地で電波障害が――』
『安全保障会議の場では、確認の取れていない100以上の国家が壊滅した原因を、人類を暫定的に捕食してくる化け物――「monster」による侵略が行われている可能性を――』
そうだ。
僕の耳には、いろんな情報が届いていたんだ。
なのに。
『……春海? ダンジョンでなにがあったの? 女神様――うん、なにかこう、神々しい女の子はなんであんたを助けてくれたの? あの子は、あんたが「死んじゃった」って』
『さぁ? あ、母さん。眼鏡が割れちゃってるから眼科行きたいんだ。ほら、フレームごと……背中かおしりでやっちゃったみたい』
『……春海?』
『ごめん。「今朝、ベッドで踏んづけちゃった」かなにかで壊しちゃったみたい。覚えてないけど……学校へは気合で行って気合で帰ってきたけど、予備の眼鏡じゃ黒板が見えないんだ』
『………………………………』
◇
病院。
そうだ、僕は健康体だったから病院とは縁がなかったけども、確か中学の頃に母さんと一緒に行ったんだ。
『……息子さんは、「ダンジョンに巻き込まれた」生還者としては奇跡的に――医学的には極めて健康との検査結果です。が、精神科の医師からは、他の生還者の方々やご遺族同様、PTSD――心的外傷後ストレス障害と判断できると。なにしろ「ダンジョン関係のことは認知せず、会話自体を認識しないか、してもその直前の会話が続いているような様子を……とのことですので」』
『……そう、ですか……』
母さんとお医者さんが神妙そうな顔で話してる中――「そこに居る僕」は、ぼーっとしていた。
『学生服はボロボロで、眼鏡もフレームごと「ひしゃげていた」のですよね? ――まだ公にはされていませんが、ダンジョンの生還者の中には人知を超えた力――「魔法」を行使できる存在が、居ます』
『魔法……』
『はい。その中でも「治癒魔法」は、我々医師の存在意義が脅かされる――いえ、この力がもっと広まれば、私たちが失職「できる」ような、奇跡の力で怪我も病気も治る未来が来るかもしれません。……で、その力を獲得した方が、ダンジョンの中で大怪我を――恐らくは交通事故のように一瞬で大怪我を負った息子さんを、治療してくれた。けれども、一瞬とはいえ痛みと恐怖を覚えた脳が、ダンジョンやモンスターのことを無意識にシャットアウトしようと……』
無意識。
シャットアウト。
『春海君? 眼鏡を踏んづけちゃった日、なにか変わったことはあったかな?』
『そうですね。……えっと、ああ、そうだ』
『「駅前で泣いてる女の子が居た」ので、その子をあやすために2限まですっぽかしてました』
その瞬間、僕は初めて授業をサボったことをバラしたと悟り――実に気まずそうな顔をしていた。
それはちょうど――や、肉体が成人男性から中学男子になっている光景と、TSして幼女になった違いはあるけども――るるさんたちに女の子扱いされてやるせない気持ちを抱えているときの、今の幼女な僕の不機嫌な顔にそっくりだった。
「おうえん」「したの【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】」「ぶくま」「おねがい」




