69話 帰ってきたえみさんにはぐはぐ、それで男に戻る決意をした僕
「あ、えみちゃん戻って来た! 結構長かったね! ねぇねぇえみちゃん、どこに――……って、どうしたの?」
「いえ……なんでもないの……」
るるさんに髪の毛をいじいじされながら、そこそこの時間。
リリさんは帰っちゃったし、ベッドが2つに女の子が2人。
何も起こらないはずはないよね。
うん。
僕は弄ばれたんだ。
僕が弄ばれたんだ。
僕はしょせんは幼女になってるんだ。
「……しかしどうしてハルさんは……ポニーテールに?」
「聞かないでください……」
聞かないでくれると嬉しいな。
「かわいいでしょ!」
「え、ええ……」
聞かないでって言ったのに。
えみさんのばか。
「なんかえみちゃんも、ほつれ毛、多いよ? 疲れてる?」
「え? ええ……頭を抱えるような議題が多くてね……」
がしがしと、せっかくの髪の毛を乱暴にかくえみさん。
もう、女の子なのに。
そういうのいけないんだって、るるさんがさんざん教えてきたよ?
でも多分それ、僕たちのせいなんだよね……主に僕が逃げ出したって言う。
そう思うと罪悪感。
「えみさん」
「どうしました?」
「ん」
両手をえみさんに突き出す。
いつものロリコンさんなら通じそうだけど、さてさて。
「……いえ、ここは……監視カメラが……」
「え? ああいうの、警備員さんしか見てないでしょ?」
「そ、そうですね……普通はそうなんですけど……」
「どしたのえみちゃん、買おうとしてたかわいいブラが入らなかったときみたいに」
「る、るる! ハルさん! ハルさんの前だから!」
「いえ、もう慣れましたけど、やめてもらえると嬉しいなぁって」
僕は男として認識されてない。
うん、知ってた。
そうだよね……この幼女ボディからは男成分がみじんもないよね……。
みんな、僕の前で下着の話とかするもんね……。
なんでだろうね……。
「とにかくえみさん、来てください」
「え、いや、でも」
「いいから」
「……は、はい……」
えみさん。
ロリコンさん。
……なまじ女の子でその性癖だから、余計にやばいやつ。
分かる。
分かるよ。
性的マイノリティーってやつだよね……しかも未成年の女児相手だから、男だろうと女だろうとばれたら1発アウトなやつ。
好きな相手がロリだったんじゃなくて、生まれつきロリが好きっていう、この世で許されない存在。
ロリコンさんってかわいそうだよね。
男として同情はする……今は女の子だし、なんならえみさんも女の子だけども。
どうあがいても――仮に相手の子が本当に好きになってくれたって、その子が大きくならないとそういうことしちゃいけないっていうね。
あ、わりと本気でかわいそうになってきた。
で、それを、あろうことか中身が男な僕にかましちゃって――だからときどきこうやって妙にしおらしいっていうか、一応年下だからって敬語とか使ってくる後輩に似てる感じなんだ。
あ。
今さりげなく会社クビになったの思いだして鬱々。
これはいけない。
「んっ」
だから僕は、両手を前に出す。
「ほら、ハルちゃんも良いって!」
「……そ、そうね……」
そんな僕を見てそわそわしているえみさん。
ちょろいえみさん。
だからこうやって両手を突き出してカモンアピール。
普段はえみさんの将来を想ってウェルカムなのは隠してるけども、僕の本心的には大歓迎。
でもえみさんの根は真面目だから滅多に乗ってこない。
けども今は傷心中。
そんな彼女を癒やすためにはハグが1番。
女の子ってそういうもんらしい。
そうだってるるさんが言ってたからそうなんだろう。
「……ぎゅ」
柔らかい。
あったかい。
「はうっ」
「あ、えみちゃん声は落としてね。じゃないと意識刈り取らないといけないから」
「分かった! 分かったからその目はやめてちょうだい!」
たぶん僕を他人に取られた「いつもの目つき」をしてるだろう彼女を思い浮かべつつ、えみさんをハグ……いや、僕が包まれる。
あー。
やわっこい。
でっかい。
メロン。
そう、メロンだ。
温めたメロン。
温メロン。
圧力はメロン、触り心地はスライム。
それが目を包むように両側から。
「あー」
「ぐっ……」
「えみちゃんがんばってー」
僕たちが出会ってからそこそこの時間が経った。
っていっても、まだ1ヶ月経ってないんだけどね。
でも毎日部屋に押しかけられた仲だ、お互いのことはよく知ってる。
だからこうやって、結構落ち込んでるえみさんにご褒美をあげている感じ。
僕にはその気持ちがさっぱり分からないけども、女の子をハグする気持ちなら想像はできる。
あれだよね、きっと柔らかいとか良い匂いとかでいっぱいになるんだよね。
残念ながら僕、そういう経験1回もないけどね。
あ、涙。
「……ハルさん……そんなに嫌なら――」
「ぎゅ」
「ぐふっ!?」
「えみちゃん、なんか攻撃受けたみたいな声したよ」
あー。
柔らかい。
……む、いつもの香水に汗の匂いに混じって、ワインの匂い。
えみさん、まじめなようでいて、実は隠れてお酒?
黙ってたげるから、今度おすそ分けしてね。
◇
「……特に攻撃を受けなかったとのことで簡易の検査でしたが、征矢さんに問題はありませんでした」
「そうですか、良かったです」
また懐かしな、お医者さんからの説明。
一応ってことで検査も受けた僕。
まぁね、あんなことがあれば形だけでもしないと駄目なんだろうね……リリさんが無事で良かった。
いや、何回も気絶してたから無事とは思わないんだけど……大丈夫かな。
「九島さん」
「はい?」
「リリさん。脳みそとか調べてます?」
一見まともだけどなんか変な言動だったから、ちょっと心配なんだ。
ほら、やっぱり脳みそってダメージ受けると……って言うじゃん?
「……どうですか?」
「…………はい、彼女も受けています。問題なし――だそうです」
「そうですか、ありがとうございます」
なんかうすうすどころか堂々と感じてるけども、九島さんってもしかしなくても偉いっぽくて、普通にお医者さんあごで使ってる。
あごっていうか目線でだけどね。
でもそっか、じゃあ安心だね。
「ただし、征矢さんの場合はMP――魔力というものがほぼ枯渇していましたのが」
「あ、それ、るるさんのときからなので大した問題じゃないです」
この2週間くらい、ほとんど魔力の補助なしで生活してたからなぁ。
……こんなの、この体になってから初めてかも。
ほんと、事あるごとに筋力と体力がないんだよね。
だから魔力で補助する形で結構楽に過ごせてたんだけどね。
「でも、ハルちゃん……」
「あ、後で詳しく話しますけど……」
「あー、呪い様ですか」
るるさんたちが説明してくれたのは、なんでも「呪い」様――今はなんかみんなのノリで「ノーネーム様」とか格好いい呼び名なんだって――が、もっかい僕に潜れって言ってるらしい。
ご指名だね。
なんでか分からないけども、ともかくその報酬が。
「報酬に、『泉』と。……先生。ハルさんが男性の体に戻ることは――」
うん、まぁそうだよね。
僕の、この体――幼女に関係ないはずがないよね。
「元々医学では説明できない現象ですから……ダンジョンの何かしらがそう表現するのなら、可能性は高いかと」
この先生は、僕がるるさんたちに強襲されてドナドナされて最初に診てくれた人で、優しいおじさんだ。
こういう人って安心できるよね。
「……つまり、強制的とは言っても、呪い様の通りに潜れば」
「ハルさんは元の男性の肉体に戻ることができる――可能性が高いですね」
「そっか、ハルちゃんが……」
お医者さんも、そう言ってる。
完全に医学とか無視した現象だから根拠はないんだろうけども、状況的には確かに可能性は高い。
なにしろダンジョンに潜って起こったことだ、それならダンジョンに潜れば解決する。
そういう話は、九島さんから何回か聞いていたから。
「……ハルちゃん……」
「僕は。……男に、戻りたいです。やっぱり、僕が産まれた姿だから――たとえこの体と比べると微妙だとしても」
年下の妹的存在を可愛がり尽くしたい欲を抱えてる、可愛がり系るるさんにしっかり告げておく。
クラスの一軍どころか三軍にも居所のなかったつかみ所のない僕だったけども、やっぱり慣れ親しんだ「僕」の肉体が恋しいんだ。
あと、何よりも――
「男に戻って、ちゃんと動けるようになりたいんです。今のままだと社会的地位が――保護されてるのも含めて、ちょっと……こう、男のプライド的に」
「……そっか、そうだよね。ハルちゃん、ちっちゃい体で……」
特に、君にお世話されるのとかね。
そういうのは彼女さんとか奥さんにしてほしかったんだ。
「ですが、ハルさん。以前、その体になってからアルコールに強くなったと――」
「あ、やっぱ戻らなくても良いかも」
「ハルさん……」
そう言われると弱い僕。
この体になって明らかに強くなってるもんなぁ、アルコールに。
しかもすぐにほろ酔いになって、それ以上には滅多にならないっていう、酒飲みからしたら都合良すぎる設定。
ここだけは本当に良いんだ、ここだけはね。
「都合の良い体質だけ残して戻れたりしませんか?」
「……ハルちゃーん……」
「医師としては飲酒を勧めませんが……上から特例が降りていますし、控えるようにとしか……」
これだけは譲らない。
何が何でも断固として確固たる意志で確実に譲らないんだ。
もしダメって言われたら?
ダンジョンの中に籠城する。
お酒たくさん抱えて。
僕は一線だけは守るんだ。
「でも――それじゃ潜らないわけには行かないですね。僕が戻るかどうかは置いておいて、あんなハプニング起こしてきた呪い様が怒ると、またるるさんが――」
「……ごめんね」
「え?」
るるさんが、また泣きそうな声を上げている。
「いや、だって」
「私のせいでハルちゃんが」
「るるさんの呪い様、僕に乗り移ってるんでしょ?」
「……ええ、恐らく」
――呪い様。
ホラー系ので良くある理不尽な呪いが、るるさんから僕へ。
だから、るるさんは必要のない罪悪感を覚えている。
だから。
「――ならそれって『寄生主を求めて移動する何か』ってことで、じゃあ別にるるさんが悪いわけでもないし、むしろるるさんは何年か前から魅入られて勝手に取り憑かれた被害者じゃないですか。気にしなくて良いんです。そもそも僕自身が気にしてませんし」
ダンジョンで得たスキルもあるし、いざとなったらゴースト系は狙撃できるし。
その呪い様がどっから見てきてるのか、分からないけどさ。
「…………………………うん」
「そうね。ハルさんの言う通りよ、るる」
「そうです。るるさんも、被害者なんです」
こういうときは真面目で良いお姉さんになる、えみさんと説得する。
――彼女に聞いたところ、るるさんの「不幸」は、何年か前からだとか。
じゃあその何年か前に呪い様ってのが、るるさんへ「あ、ちょうど良い感じの宿主」とか思って乗り移ったわけで、それが今は僕なわけで。
「というか、です」
僕は、そもそもの疑問を投げかける。
「るるさんと会ってから僕、爆風に飛ばされたり階段スキップしたり、最寄りの救助要請受け取ったり最下層抜けたりRTA組まれたりしてますよね。もうとっくに乗り移られてますから今さらですよ」
「……改めて驚異的ですね……」
「ハルちゃん……」
そう。
目には見えないしなんにも感じないけども、多分呪い様ってのは僕に取り憑いてる。
もう、るるさんのものじゃないんだ。
「だから、るるさんはもう自由なんです。まぁなぜかことごとく罠踏みに行きますけど、それもえみさんがそばにいれば大丈夫でしょうし」
あの踏みっぷりはすごかったね。
こう、わざと自分から突撃してるんじゃない勝手くらいだったし。
「でも、それじゃハルちゃんが!」
「や、僕全然へっちゃらですし……なんだかんだケガすらしてませんし? せいぜい魔力使い切っちゃうくらい?」
だよね?
あるとすれば、油断して宝箱の前に空いた穴の中に落ちてリリさんを抱えて壁にすっちゃったあのときくらいだし。
「……そういうわけよ、るる。自分のせいだと思う必要はありません」
「……ん。ありがと……ぐすっ」
ちょっと落ち着いたのか涙をくしくししている、るるさん。
「……………………………………」
でも、僕は思ってるんだ。
女の子を――JKさんの数年前っていうと、JCさんどころかJSさん。
そんな子に取り憑いて、お父さんとお母さんを病院送りにして。
それでもなんとかダンジョン配信者って言う適性を見出してがんばってる子をいつまでも追い回して、からかって笑ってる呪い様。
――僕、そういうの、嫌いなんだよね。
だから、泉で願いを叶えてもらったら。
るるさんには言わないけども――呪い様を、どうにかして追い払う。
もし僕の体を戻すのとの二択なら、るるさんを優先する。
だって、この子はまだ高校生の女の子なんだ。
これまで大変だった分くらい、楽しめないとかわいそうだもん。
願いの泉っぽいのの力がどのくらいかは分からないけども……男をこんな幼女にできるくらいなんだ、怨霊退治くらいできるだろうって。
だから――るるさんを、普通の女の子に。
それが、僕の願いだ。




