67話 始原会議Ⅲ
「でもさー、もう『お姉ちゃん属性』は『姉御』に取られてるし、後の候補も、君のあだ名の『えみお母さん』からになるけど、それだとマザーと被るし」
「マザーって言うかおばあちゃんよね」
「アタイは別にどうでもいいんだけど、こんなばあちゃんと一緒にされるのは嫌じゃないかねぇ、クレセントちゃんは。飴ちゃん、もう1個あげようか」
――しゅっ。
新たなる微妙な飴ちゃんが、えみの手元へ差し込まれてくる。
「……ありがとうございます……」
――この扱いは、仕方がないと諦めましょう。
ええ、私より年上の男性たちから「えみお姉ちゃん」だったり「えみお母さん」と言われるよりはずっと抵抗もないし……。
「で、この前に続いて今日も呼ばれたってことは……まあ、あの配信よね。情報工作でこき使われたし。あ、そういえばえみちゃ……クレセントちゃん? るるちゃ……深谷るるさんは大丈夫なの?」
「……隠し切れていない気がしますが、少し不安ですね。事務所のマネージャーにメンタルケアの予約を頼みましたが」
「ねぇみんな、ハルちゃんのことは」
「いや、大丈夫じゃろ」
「大丈夫でしょう」
「大丈夫でしょ」
「大丈夫に決まってない?」
「大丈夫だろうね」
「大丈夫さね、あの子は」
「ハルきゅんなら大丈夫っしょ。や、私詳しく知らないけど」
「さっきもるるちゃんのヤンヤンを華麗にいなしていたからな」
「あれっていなしたって言うの?」
「どっちかっていうと気が付かないまま撃沈させたっていうか?」
「ああ、つまりいつもの遠距離スナイプ」
「言いえて妙ね」
「草……こほん、ネットスラング、紛れるために習得したが気をつけんとな……」
「……ま、そうだよねぇ。元から深いところ潜ってたし今さらか」
一斉の答えに、青年が頭を振る。
「1番危なかったのってあれでしょ、宝箱の下が抜けたタイミング」
「うん、だろうね。あのときだけは油断……っていうか『あり得ない状況』を想定できていなかった様子だから」
「まぁハルちゃん自身については★とか付くくらいでさ、そもそもレベルが高すぎて分からないっぽいくらいで実力は知り尽くしてるし、無傷で80階層まで踏破してたから大丈夫って思ったよ。もうひとりはともかくね」
「ハルたんって普段から登山用のロープを改良したの持ち歩いてるから落下は大丈夫なのよねー。ほら、あの収納袋でいつでも出せるから」
「あー、ハルちゃん式だと『きたないの』ですね」
「『きちゃないの』だけでコメント欄盛り上がるのマジ受けるー」
「あれ、海外でもオークションで軽く100億行く代物なんじゃが……」
「ハルちゃんにかかれば『きちゃないの』ってランクダウンだね」
「あ、ちなみにアレ、洗濯機で洗えば綺麗になるらしいから。えみちゃ――クレセントちゃん言っといたげて?」
「あ、はい……」
怒濤の会話に翻弄されるも、えみは配信画面で見た「きちゃないの」を思い出す。
――収納袋。
ダンジョンでしか手に入らない、容量分の荷物の重量と体積を無視して運べるアイテム――それもとんでもない値段が付いているものが、洗濯機で洗われる扱いなの……?
「……でもさ、そこまで考慮に入った展開とは思わないけど……」
その隣の少女が「やっぱノーネーム様は手強いわねー」と呟く。
――ノーネーム様。
前は「呪い様」と読んでいた、それ。
るるに取り憑いていたらしい、それ。
――それが、今度はハルさんに。
るるはまだ耐えられていたけれど……ハルさんが取り付かれて大丈夫なのかしら。
心配するえみだったが、
「まぁハルちゃんだけならなんとかなるでしょう」
「問題は近くの人間よねぇ」
「深谷るるさんとの距離もそうですが、他の事象も影響するかと」
「あー、検証しないとなぁ……面倒くさいけどハルちゃんのためだし、やらなきゃなぁ……」
それを、さも問題ないとでもいうかのような一同。
――ハルさん……貴方がこれを知ったら――いえ、「別に? 助けてくれるんなら特には」と言いそうね……。
「ほらー、このワインすんごくおいしいからどうよー?」
「……遠慮します……この後ハルさんのところに戻りますし」
「ちぇー、羨ましいのー。あー、ハルきゅん良いよねー」
「いつか正体を明かしたときにはたらふく呑ませてやりたいのう」
「へべれけハルちゃん……ひらめいた」
「通報した」
「握りつぶします」
「助かるよ」
「アンタたち? そのノリ、実生活で出すんじゃないよ」
――ああ、この人たち。
見た目や立場、肩書きは本当にすごい人たちみたいだけど……やっぱり「始原」として私が知っている存在そのものなのね。
でも、どうして私がこの人たちに巻き込まれるどころか、仲間にさせられたのよ……早くハルさんのところに帰ってハルさんから発せられるあの匂いを嗅いで癒されたいわ……。
◇
わいわいと楽しそうな地下の会議室。
その前で立ち尽くす、ある少女。
ダンジョン帰りのために動きにくい武装は病院へ運ばれた際に外してお付きに持たせ、下のラフな服装になっている彼女。
さっきまで「長年会いたいと思っていたけれどもまさか幼女そのものだった御方」に出会い、助けられ、お姫様抱っこをされ、そして――一緒に寝ていて何回も気絶させてもらった彼女。
『あの方たちに召喚されたのだからがんばらないと……沈静化……沈静化……沈静化……』
先ほどの五感を刺激するいろいろで気絶しそうになりながら、必死に沈静化魔法で耐える健気な銀髪の少女が、室内から呼ばれるのを待ち続けていた。
◇
「ま、その件は後ほどじゃ。正直アレも、恐らくではあるが」
「ハルちゃんを深谷るるさんと離さずにおけば問題は無いはずですからね」
「……呪い……こほん、アレよりも喫緊の課題とは?」
「海外勢。既に15カ国、230の工作員を水際で確保した」
「にひゃくっ!? うわ、すげーわハルきゅんの魅力」
「国内でももう100人以上さね。政界からも相当の手が回ってる」
「ダンジョン周辺はうじゃじゃと。ただいま検問を実施し、片っ端から取調中です」
「闇バイトって形で一般人もかなり。なまじ『ハルちゃんっぽい子見つけたらいくら』って感じだからハードルも事件性も低く、気軽に参加する人が多くて手強い」
「配信者への案件としても相当数……厄介だねぇ」
「250階層脱出RTA」などという前例のない大騒ぎだったから忘れていたが、ハルの能力はすでに一般人を凌駕していると知られてしまっている。
最中の騒動への対応が忙しかったのが落ち着けば、今度は外野が騒がしい――それも外国を巻き込んで。
そう思うと、えみは少しだけ心強い気持ちがした。
「ハルちゃんがるるちゃんと出会ったあのダンジョンに、今回のダンジョン周辺施設へのハッキングも、かなり来てるね。だからこそ致命的なデータは全部紙で、しかも会長の部屋でしか取り扱ってないし、デバイスも外に出しているわけだけど……どうしても民間の監視カメラとか車載カメラのは漏れちゃうね」
「……そういえば……私たちが呼ばれたのも」
「左様」
えみが前回の会合を思い出すと、深く頷く一同。
「ハルちゃんはな、やばいのだ」
「それは知ってます」
「どのくらいかは知ってるんだよね?」
「え、ええ……確かレベルが★いくつとか」
その前に会長たちから聞かされたそれを思い出すえみ。
「★……あー、つまりゲームで言う」
「『転生』みたいな」
「『転生』と予測できるね」
「……天才組は息がぴったりねぇ」
「転生。生まれ変わること」
「転生。ゲームなどで限界を超えること」
「――それが、ハルちゃんに起きておる。じゃから、あれだけちょっとおかしい動きができる」
「魔力で補助するっていっても、あれはちょっと異常だもん。その方が理解はできる気がするんだ」
「盗さ――調査で『彼だったとき』の映像も残ってるけど……全然違うものね」
「えっ」
「ハルきゅん映像ほしい!!」
「あ、大丈夫。さりげなくハルちゃんに言っといたから」
「あと姉御ちゃんには後で見せたげるから今はステイね」
「いえ、盗撮は……もういいです」
「やりぃ!」
――ハルちゃん、あなた本当、男性のときからこの人たちに目を付けられていたのね……。
その執拗さに呆れ、さらにそれを聞いたとしても「そうなんですか」としか言わなさそうな「彼」を思い浮かべ、えみはもう一度のため息。
「今の実際のレベル、いくつなんだろうねー」
「そういやレベルの基準って国内はどうなってたっけ?」
「確か、ダンジョン潜ったことない人は固定で0。初心者からアマなら10まで」
「プロとして働ける中級者なら15くらいね。それでも上手にやれば普通に高額納税者にも手が届くみたいだ」
「で、それ以上のトップ勢な上級者はだ20レベに迫る。それ以降は世界中でも数える程度……実質的に25くらいで頭打ちって予想だね」
「そ。なんか隠しステとかスキルとかで結構実力は変わるけどね」
「クレセントちゃんは確か中級者じゃったの?」
「え、ええ……たまたま才能があったので……」
「えー、すごくない? 一般人ってレベル10の壁超えられないんだけどー! っていうか私もがんばっても6とかが限度だったんだけどー!」
「そうだねぇ……私もやってみようとはしたけど、レベルは3でも限界だった。まぁ私が中年親父だからかもしれないけどね」
「おじさんやっばー! けど、おじさんがスライムと戦ってるのとか見てみたい気がするー!」
――あの、その方、大企業の社長さんなんですよ姉御さん……。
えみは、戻ったらハル吸いをしようと決心した。
――ハルさんの頭に顔をうずめて息を吸うと頭の中がとろけそうになる極上のあれがあるって思わないと、この場に居られないもの……。
「……けど、それならなおのこと気になるよね。★10って」
「んー。ゲームとかのシステムだとさ、やっぱ『カンスト』ってことよね?」
「それなら、レベルの上限が25ではなくもっと上があって、あるいと25の次が★……か?」
「まだ超高難易度のダンジョンとかは封印指定だけど、そこへ到達するには50とか60とか必要だろうって予測だし」
「ハルちゃんなら攻略も不可能じゃないから、そのくらいのレベル表記ってこともあり得るなぁ」
「でも『泉』っしょ? そこでいっそのこと100とか」
ぷはっ。
ワインの瓶、2本目に突入した姉御が口を挟む。
「いや、そこから100はあまりにも……」
「……あり得なくはないですね。そもそもダンジョン内での異変ですから。ただでさえ姿も完全に変わるという異常事態――成人男性から幼い女の子へ……元の姿となにひとつ類似性のない姿に変貌したくらいです」
「しかもダンジョンのお気にだしー。なにさ、呪い様とかノーネーム様とかあはははっ」
「あ、姉御さん……お水飲まないと……」
「あーもーかわいーなークレセントちゃんはーうりうりー」
酔っ払いに抱きつかれ、年上の女性の香水の香りと酒の匂いで戸惑うクレセントこと、えみ。
――抱きついてきているのがハルさんだったら嬉しいのに。
えみは、ストレスフルな地下室の中で――ハルの幼女な可愛らしさを夢想してしのぐことにした。




