64話 しゅらば って何?
「――ハルちゃんからこの子の臭いがする」
「そうですか?」
ひととおり僕の髪の毛嗅いだりいじったりしたるるさんは――また変な感じになってる。
なんでだろ。
あ、こういうのヤンデレって言うんだっけ?
いや、別に僕のこと好きなわけじゃないだろうし……あくまで可愛がる枠だろうし違うか。
じゃあ単純にお気にの犬とか猫を横取りしてひとりじめされたって感じなのかな。
「ハルちゃん、この子とずっと一緒に寝てたの」
「そうみたいですね」
正確にはリリさんが何回も寝落ち繰り返してたね。
「ちほちゃん、なんで」
「ひっ……い、いえ、警備の都合上の理由で……」
九島さんが怯えてる。
あー、子猫取り上げられた母猫みたいな迫力だもんねぇ。
で、僕は挟まれている。
後ろにリリさんの柔らかい太ももと柔らかいお胸とこそばゆい髪の毛の感触、前にはるるさんが……乗っかってこそいないけども馬乗りみたいな感じで。
つまりはサンドイッチ。
後ろには柔らかい感覚、ふとももにはるるさんのお手々とふともも、目の前には多分パッドでちょっと盛ってるお胸。
中身男な僕にとっては極楽だけども……なんでだろうね。
いやまあ、リリさんはまだベッドの上に居なきゃいけなくて、僕も居なきゃいけないから僕たちはベットの上勢。
そこに「ふたりだけずるい!!」って飛び乗ってきたるるさんって感じだ。
というかさ、良いの?
君、スカートで脚広げて女の子座りってのをしてるから、僕、視線落とせば白いの見えちゃうんだけど……見ちゃったんだけど。
君、女の子でしょ?
んで、僕が男だったって知ってるでしょ?
まぁ良いのかな、だってこの子お風呂にも突撃してきたし。
全部見ちゃうのに比べたら今さらなのかもね。
つまりこの子にとって僕は「男以前の幼女」――警戒するに値しないし、ぱんつとか裸とか見られてもなんとも思わない存在。
塵芥、ゴミ屑……は、ちょっと自虐過ぎる?
けどもとにかくそう判断しているらしい。
悲しいけどしょうがないよね……僕に男要素どこにもないもん。
君と最初に会ったときから完璧なまでの幼女だもんね。
男だってのは聞いて知ってても「やっぱ男じゃないかな」って判断されたんだろう。
女の子って初対面で「異性」として認識するか「それ以外の何か」って認識するんだとか聞いたことあるし。
男だった僕も後者の枠だったんだけどね。
「彼氏になる可能性がある男」じゃない枠の「女の子でもない何か」。
あ、ちょっと悲しいかも。
「……私だってそこまでくっつくのに何日も掛かったのに」
『ひっ……』
え?
わりと初日からべたべたしてきてなかったっけ、君。
僕の気のせい?
『あ、あの……?』
「るるさんるるさん、この子、言葉はまだだって。なんて言ってるか伝わってないです。もっと、るるさんが英語勉強した順番で最初の方の分かりやすい感じのじゃないと」
「………………………………」
今日会ったばっかのこの子とこんなにくっついてる僕を見て、なぜか嫉妬しているらしい、るるさん。
女の子って平等じゃないとおへそ曲げるもんね。
気持ちは分かる、僕も子供のときはそうだったかもだし。
でもしょうがないじゃん、だって僕がベッドに上がったと思ったら飛び乗ってきたの君だよ?
「そんなに柔らかいの? ねぇ。ハルちゃん、柔らかいの?」
「柔らか……あ、はい、そうですね?」
「――――――――――――へぇ……」
女の子は柔らかいよね。
これまでの人生で、物心ついてから母親以外に密着――や、母親から密着されそうになることは良くあったけども、いつも逃げてたから実質的に幼女になってから初めて知ったんだけども、女の子は柔らかい。
それは事実だ。
ほら、幼女になってる僕も全身ぷにぷにだよ?
背骨とか尾てい骨以外は本当にぷにぷになんだ。
「ハ、ハルさぁん……その返事は火に油を……」
「? どうしたんですか九島さん。なんで距離取ってるんですか九島さん」
そんな僕たちを部屋の隅っこにへばりついている九島さんが見ている。
なんで?
なんか怖いもの見えてる?
ゴースト系はいないみたいだけどなぁ……あ、もしかして幽霊とか?
病院だし。
「?」
後ろを向いてみる。
『ふぇっ!? ハル様ぁ……?』
リリさんがいるだけだったから戻す。
なんにもいないじゃん、もう。
「……平気なんですか? ハルさん……」
「別に怖くはないですよ? 慣れれば」
九島さんが何に怯えてるかさっぱりだけども……ダンジョンの外でゴースト、幽霊を見たことはないけど、多分そこまで怖くないでしょ。
そりゃ見たらびっくりするし、ひゅんっとはなるだろうけども……ダンジョンで得た攻撃スキルでやろうと思えば倒せるし。
そう思うと別に……ねぇ?
「……ハルちゃん」
「近いです」
るるさんのおめめがすぐそばだ。
るるさんの匂いが降ってくる。
「なんでリリちゃんとそんなに仲良いの。好きなの、その子」
「別に一緒に寝てただけじゃないですか」
「……寝てた……一緒にベッドで」
「あぁ、もう……ハルさんは……」
なんだかちょっと怖い感じになってる、るるさん。
なんだか頭抱えてる九島さん。
でもこの子、よくこうなってるからなんか平気になってきた気がする。
怖いって言っても、別に大声出すとかじゃないし。
僕はびっくりさせてくる系と虫とかぐろいのを見せてくる系のじゃなきゃホラーも平気なんだ。
『……あの、ハル様。こちらの方は何故怒って……?』
『分かんないですけど、この子、変なツボがあるので』
『ツ、ツボ……?』
『あー、そっちにはない概念ですか。ツボってのは――』
「ねぇ、ふたりでなに話してるの」
「別に大したことは」
ツボだよ?
「教えて」
「えー」
ツボなのになぁ。
前からぐーっと近づいてくる彼女。
あ、両手が僕のふとももにずっしりと。
顔が近くなってくるから離したくなって、離したくなると後ろに引かざるを得ないわけで。
後ろに引くと余計にリリさんとくっつくことになって、リリさんとくっつくことになると後頭部のふにょんふにょんがさらに柔らかく――
「ハルちゃん」
「なんですか」
「そんなに綺麗な子が好きなの」
「え? あ、はい、確かにリリさんは綺麗系……?ですね?」
危ない危ない、この子の前でいかがわしい発想するとなんかサトラレになるんだったね。
下手なホラーより思考を読まれる方が怖いよね。
「……そうだよね、今のハルちゃんほどじゃないけど長くて綺麗な髪の毛……しかも銀髪に、男の子が好きそうなお淑やかな感じ……私なんかよりずっとおっきいお胸だし背が高くてすらってしてるし、スレンダーでモデル体型だし、それに――」
「え、るるさんの髪の毛だって綺麗じゃないですか」
「……え」
お、褒めたら良いっぽい?
ちょっとこの子のこの感じなときの攻略が分かったかも。
「るるさんも結構髪の毛伸ばしてますよね。毛先がよく僕に乗っかってきてこしょばゆいくらいには。ふわふわですよね」
「は、ハルちゃん!?」
圧が消えたから後ろの素敵さから離れてるるさんに近づいて、僕の方に垂れていた彼女の髪の毛をひと房。
「このくせっ毛とか良いですよね。ふわふわしててこそばゆくて。僕、好きですよ。柔らかいので」
「はははハルちゃん!?」
普段からもふもふされる運命なら、せめてふわふわしてる方が良いよね。
ほら、犬とか猫でモフるときもそうでしょ?
「……ハルさん、大胆……や、やはり大人……」
『ハル様、もしかして元が……こほん』
わたわたとし出している早とちりでよく分からない嫉妬をしている、いつものるるさん。
よし、もうひと息。
「すんっ」
「!?!?!?」
「うん、いいにおい」
「!?!?!?!?!?!?」
「きゃー……」
『……配信ではそこまででしたが……恋仲? もしこの方がハル様の事情をご存じなら……となると……』
すんすん嗅ぐと、るるさん臭――臭い方じゃなく、良い匂い。
最近ですっかり慣れた匂い。
特にひっつかれてるときとか昼寝してるときとかにね。
あとなんかリリさんが言ってるけど、今はそれどころじゃないからもうちょっと待ってね?
僕はふたつ同時のことはできないんだ。
るるさんとえみさんの雑談とかでは3つくらいの話題を同時にしゃべって成立してるけどね。
ここが男と女の決定的な差だね。
「あとるるさんの髪の毛、ダンジョンだと今よりもはっきりとピンク色……桜色?ってのになるじゃないですか。綺麗ですよね」
「き、きれい……」
女の子を褒めるときは髪の毛やアクセサリー。
そうらしいってどっかで呼んだことがある。
「だから……ね?」
「ひゅいっ」
髪の毛から手を離して、僕のふとももに乗っけられて僕のぱんつが見えちゃってたのをそっと直させるついでになんとなくで両手を握る。
「ね?」
もう怒るのやめようね?
友達同士が仲良くしてても嫉妬しちゃダメだよ?
「……ふひゅう」
『私の地方の言葉を話せたことといい、今の収めようといい……やはり男性の……』
「……る、るるさん! ほら、ハルさんは疲れていますから離してあげましょう!」
「きゅう」
いい感じに納得させたところで九島さんがさっそうと登場、るるさんを引っぺがしてくれる。
でも君がさっきまで隅っこで観察してたのは覚えてるからね?
るるさん引き剥がしてくれたから許すけどさ。
僕にはその腕力が欠けているんだ……だって体重すら負けてるし。
「リリさんも体を起こすだけで何回も気を失うくらい弱ってるんですから……このくらいに。ね?」
「はへぇ」
うん、それをあと何分か早く言ってほしかったかな。
「あ、ちょうど今のるるさんみたいな顔になってましたね、リリさん。僕のせいで疲れさせちゃったかも」
「……ええ……少なくともハルさんのせいかと……」
九島さんが体術っぽいので、さっとるるさんを抱き上げる。
抱き上げるっていうか担ぎ上げてる。
救護班さんってすごい。
九島さん、ダンジョンでレベルとかそんなに上げてないはずなのにさ。
「私たちが居ても休めないでしょうし、別室に居ますね。まだ起き抜けでしょうし」
「はい、何かあったら」
「スマホ。テーブルの上に置いてありますから。……マナーモードも切っていますからね?」
「マナーモードについてはごめんなさい」
ついでにこっそり脱走したこともね。
こういうときにさりげなくまとめて謝るとちょっとお得。
――ぱたん。
『………………………………』
『………………………………』
部屋が静かになったから、柔らかいのから離れて僕の方のベッドに。
天国だけどさすがに悪い気がするもん。
ていうかなんでこの部屋、ベッドがふたつだけ並んでるんだろうね。
もっと大人数の大部屋よりは気楽だけどさ。
『……何だか申し訳ありません。私のせいで』
『いや別に? あの子ってよくああなるし』
いつもだよね。
『そ、そうですか』
『うん。なんて言うんでしょう、女の子らしく嫉妬深いところがあって、友達取られたらああなっちゃうっていうか』
『……そこは少し違うと思いますけど……』
『そうですか?』
『ええと……もうひとりの方も?』
『あ、九島さん? あの子はときどき構ってあげれば良いタイプ。良い子ですよ』
『……すでに3人も侍らせて……』
『はべ? よく分かりませんけど、毎日家に来ますね。よく昼寝してたところに添い寝されてます』
『!?』
るるさんは、だけどね。
◇
【悲報・修羅場、ハルちゃんの力技で解決】
【朗報・濃厚な百合空間が観測できた】
【朗報・おねショタ過ぎて私やばい】
【というかさぁ、ハルちゃんってほんとに――歳なの?】
【戸籍上はな】
【刺す刺されるとかそういうのも?】
【無いようだな】
【照会したが、警察の記録にもその類いは】
【しかし羨ましい】
【ああ……実に】
【一瞬サンドイッチになってたよね】
【いい……】
【そんなことよりも早く会議を終えてください、そうしないと私がハルさんのところで幼*******】
【会議が終わるまで落ち着け姉御】
【姉御ちゃんは良いよねぇ、すでに知り合いで触っても良い肉体的な同性だからさ】
【大丈夫、うちの部下が縛り上げている】
【最近理不尽な理由でされることも多いんですけど!?】
【自業自得じゃない? 下心出しすぎ】
【草 ……この国のネット用語、使いやすいなぁ】




