611話 見捨てたノーネームさん
「……はい」
「ん……預かりました。この真上にでも飛んで、優しそうな大人に渡しますね」
「お願いします」
るるさんを――優しく受け取ってくれた女の子。
よく分からないけども、初対面のはずなのに妙な親近感がある子。
なんでだろうね。
「お礼とか、なにか上げられるかなぁ……ちょっと待っててくださいね」
僕はきちゃない袋さんへ手を突っ込み、ごそごそとしてみる。
「これは……両手塞がってるからダメ……これはお酒だし……あ、これは食べかけのゴミ……石ころ……魔石……ワイン……」
【草】
【草】
【小学生の机の引き出しの中かな?】
【もしかして:きちゃない袋さんが優秀すぎるから、某青狸の袋みたいに片っ端からなんでも詰め込んでたまま】
【腐らないからいれっぱなんだね】
【ハルちゃん……? 時間があるとき、整理しよ……?】
【実質無限大に近い容量の何割がガラクタなんだろうねぇ……】
【大丈夫大丈夫 ハルちゃんの食べ残しは聖遺物としてすごい価値あるから】
【始原は言い値で買い取ります】
【このためのダンジョン商会だからね】
【予算はいざとなれば白い家をつついてでも出させるよ】
【ショタ!! ショタ!!! ショタのよだれ!!!!】
【草】
【ひぇっ】
【こわいよー】
【始原が久しぶりに荒ぶっている】
【鎮まりたまえ鎮まりたまえ……】
【悪霊かな?】
【始原だもん】
【ああ、ことごとくにペースと雰囲気がちょうちょのそれに……】
【でもハルちゃん、わりとこんな感じじゃない?】
【わりとこんな感じだな】
【基本はふんわりおっとりしてるからね】
【でももうちょっとしっかりしてたはずだよ】
【もうだめだ……】
【さっきまでのお別れの雰囲気が吹き飛んで草】
【ハルちゃんの配信だからね、泣きたくなったら笑う展開になるんだよ】
【そうか……ちょうちょだってノーネームちゃんが召喚したんだもんな】
【エ?】
【えっ】
【えっ】
【草】
【こわいよー】
【こわすぎる】
【ノーネームちゃんですら敵わない人間?の幼女?に、るるちゃん任せちゃって大丈夫なのぉ……?】
◇
……しゅぽんっ。
るるさんを抱っこしてくれた子が、白いお馬さん――なぜか僕のことをずっとガン見しながらふんふん言ってた――と一緒に、黒い穴の中に入って消える。
「ふぅ……行ってくれたぁ」
【安堵】
「なんか今の子、ほっといたらいろいろまずそうでしたね」
【危機】
「……ノーネームさん、僕のこと囮にしたでしょう」
【!?】
「見捨てましたね?」
ひらひら。
僕の前を――あの子とるるさんが消えた穴の前を飛んでいたノーネームさんが僕に向かって、
「わぷ、何ですか急に。ひっつかないでください。それで謝ってるつもりですか?」
【草】
【ハルちゃんが怒っている】
【さっきのはねぇ……】
【潔く謝りなさいノーネームちゃん!】
【ノーネームちゃん……】
【ノーネームちゃんですら逃げるほどの脅威が去った】
【感動した】
【感動した】
【なぁにこれぇ……】
「もー。……けど、これであのタイタンさんたちのとこ行けますね」
ばさっ。
僕はひっついてきていたのをひっぺがされるままに、僕につままれたまま抵抗しないノーネームさんを目の前でぶら下げながら来た道を引き返す。
「うん、るるさんもあの子に任せたし、大丈……夫、かなぁ……」
【草】
【ハルちゃんが不安がっている】
【今の見たらねぇ……】
【さ、さすがに預かった子供をしっかりしてる大人に預けるくらいは……できるよね? 聖女?聖職者?だし】
【おつかいくらいは……きっと……】
【できたらいいね……】
【もうだめだ……】
【草】
【あの、るるちゃんも乗せたときの駄馬、いなないてたんですけど……】
【あの淫獣は本当になぁ……】
【ユニコーンだからね……】
ひゅうううん。
「……あ、そういえばイスさんって無事なんですか? なんかあのとき取り込んじゃいましたけど」
確か戦艦さんとか持ち上げるために僕の中に取り込んで、なんかこう、ぐーって遠くで動かせる手みたいな感じで手伝ってくれてたんだよね。
【魔力】
【枯渇】
【復活】
【数年】
「数年……結構かかるんですね。僕たち人間なら魔力使い果たしてもせいぜい数日で普通には……や、ダンジョンとかで本格的に動けるようになるためにはそこまでじゃなくても年単位はかかるかもですね。あれだけがんばってくれたので」
【朗報・イスさん無事】
【でも、あのバリトンボイスがあと何ヶ月も聞けないなんて……】
【悲しい】
【せっかくだからこの機会に妙な学習してたの直してほしい】
【草】
そうだ。
るるさんと最初に会ったときにすっからかんになって、「どうせ言ってみるだけだから」って休業補償金とか労災的な感じで何ヶ月分ダンジョンに潜ったら稼げただろうお金もちらっと言ってみたっけ。
結局あのあとは……うん、るるさんとかが押しかけてきてお金のことは完全に忘れちゃってた。
まぁそもそもタダで住めるホテルとかタダで住めるマンションとか、タダで呑めるワインセラーとかタダで補充してくれるし買ってきてくれる便利警備員さんたちとか、
「お酒……ワインセラーの、飲みたいなぁ。結構高いの仕入れてくれてたんだよね、普段飲みじゃ絶対買わないランクのやつとか」
【あっ】
【あっ】
【ああ! 人々がスマホ片手に家を飛び出して!】
【ああ! もう夜だから閉まってたワインショップに明かりが!】
【ああ! 今や貴重な酒屋さんがのぼりを立て掛けて!】
【ああ! 居酒屋たちが未開封の酒瓶をバックヤードにないないしてる!】
【ああ! 俺たちの酒が、またしばらくなくなる……】
【草】
【草】
【つぶやくだけで世界を動かす幼女】
【女神様だからね】
【まーた始原の倉庫が買い足されるのか……】
「おうえん」「したの【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】」「ぶくま」「おねがい」




