607話 【「人」のことを好きすぎる女神】
「僕は……この見た目の通りに、普段は弱い。たまたま良い人たちに恵まれたから、良い社会に居たからへっちゃらだったけど……もし、違ったら。だから、あなたたちのことが……ちょっとだけ、分かるんです」
『……うぅ』
『め、がみ……』
【ぶわっ】
【ハルちゃん……?】
【ハルちゃん、確か神族っていうのの最後の……】
【なかないで】
【分かるよ 本当の意味での「頭の良さ」ってさ、生まれつきなんだよ】
【肉体的な強さ、性別的な強さ……ダンジョン適性 みんな、どうにもならないもんな】
【無いやつには、どうあがいても無いんだ】
【運良く大人になってからそれが分かるようになっても、そのときは既に手遅れ ……もう、人生は決まっている】
【でも】
【理解してくれる人が居たなら】
【理解してくれる誰かが居たなら――】
「僕には、分かります。……だから」
ちらり。
振り返ると――寝袋は、かなり離れた。
――元気でね。
また、会おうね。
大丈夫――きっと、「10年後の僕」が――偶然であっても、君と出会うから。
「――僕が、行きます。神族――僕自身には、今言った通りに幼いころのことは分かりませんし、なんだかすごい種族とかってのもさっぱりですけど。でも、あなたたち魔族にとっては希少な存在なんですよね。そして――ある程度育ったので、多少でも『かしこさ』は備わっています。ちょっとくらいは、『つよさ』もあります」
そうだと良いな。
ずっとずっと、むさぼるように本を、映画を、1秒たりとも無駄にしないように吸収してきたから。
ずっとずっと、ダンジョンの中で寝っ転がって狩りとかしてたから。
「なので、あなたたちを――魔王さんが統率する以上に、嬉しくさせます。……こうやって話してるあいだも攻撃してこない、優しいあなたたちと一緒に。もし言うことを聞いてくれるなら、なるべく他の存在を傷つけない形で実現してみせます。あなたたちを――守って、みせます」
――しん。
彼らのおっきな目が――僕を、見ている。
じっと、考えて、見ている。
【ハルちゃんってさ 優しいよな】
【ああ】
【そうだよね】
【最初からそうだったよ】
【ああ たくさんの人を、陰から救ってきた】
【始原たちが観てきたアーカイブで、知ったよ】
【神様なのに、人の気持ちを分かるんだよな】
【女神様なのに、寄り添ってくれるんだよな】
【だから、ずっと追いかけてるんだ】
【だから、あの巨人たちも、戦えないんだ】
【優しいから】
【寄り添おうと、してくれるから】
僕は、今できる、すべてを吐き出した。
ここから攻撃されたら――ノーネームさんの魔力で多少成長した姿になっていようとも、数の力で圧倒されるだろう。
そして、サイズは正義。
あのティラノさんのときと同じく、基本的に生物は体のサイズに比例した強さを持つんだ。
「………………………手を、取ってください」
僕は――腕を、上に掲げる。
「僕は、もう、充分に――僕の知っている『人間さん』たちに肩入れしてきました。あの人たちは、もう、大丈夫。もう、放っておいてもへっちゃらなくらいにたくましく、育ちました。……だからちょうど、次を探していたところなんです」
僕は、慣れない表情筋を――るるさん相手でくたくたになってるそれを動かして、ほほえんだ。
るるさんの代わりに、僕が行く。
魔王になる可能性のある彼女以上に彼らを手助けすると、なにやら不思議な体に備わった属性を振りかざして。
◇
『……ちょうろう、いう』
ぼそぼそと話し合っていた数人が向き直ってくる。
『わかった』
『しんじる』
『しんぞくほごするにんげん、おわない』
『しんぞく、めがみ、きてくれる』
『しんじる』
「……!」
数分にも数十分にも感じた、静寂。
それは、僕たちをのぞき込んでいる、ひとまわり大きい個体に破られる。
『しんぞく』
『つねに、よわいのみかた』
『よわいをまもる』
『おれたち、なんまんねんもいじめられた』
『なら、おれたち、よわい』
『でも、みてもらえなかった』
『でも、いま』
『ようやくみてくれた』
1人、2人。
上からのぞき込む顔が、減っていく。
『だから、まもるしてくれる、しんじる』
『うれしい』
『なく』
『かんしゃ』
『まごにまで、いう』
――ずしん、ずしん。
重い足音が、ひとつずつ減っていく。
『かみさま、そのにんげん、たすける』
『りかい』
『はあく』
『まつ』
『ここで、まつ』
『めがみ、やくそく、まもる』
「……ありがとう。るるさんを――この子を、送り届けるまで待っていてください。そのあとは」
僕は、るるさんを運んでいるノーネームさんの――すっかり遠くなって、ぽわって光ってる魔力しか見えない姿を、眺める。
「あなたたちと一緒に、行きます。だから、もう少しだけ……この子を、無事、親御さんに届けるまで」
『かぞく、だいじ』
『こども、だいじ』
『おや、だいじ』
『わかる』
『まつ』
『ここで、まつ』
――ずしん、ずしん。
恐らくは……座り込んだ、音。
「……はい。もうちょっとだけ、待っていてくださいね。長くは、待たせませんから」
【ハルちゃん……】
【ハルちゃん、居なくなっちゃうの?】
【そんなぁ】
【巨人たちの声が遠すぎてぼやけてたけど、だいたい分かった ハルちゃん、次はあの巨人たちを助けるんだ】
【弱者の味方 そんな感じのことを】
【ハルちゃん……】
【今思えば、ひたすら本にかじりついてたのも、少しでも人間の知識を吸収しようと……】
【誰も、そこまでは望んでないのにね】
【そうだ、みんなが賢くなきゃならない理由なんて、ないんだ】
【ハルちゃんみたいに、他の存在をいたわれたら、それで充分なのに】
【きっとダメなんだよ ハルちゃんたち神族は、優しすぎるから】
【優しすぎて、たぶんもう滅んでるくらいに……】
【ハルちゃん自身も、優しすぎるから】
「おうえん」「↓の、はーとまーく」「★★★ひょうか」「おねがい」




