581話 ちゅーされた
「――受信完了。任務、承知しました」
「ん」
任務?
「はる」
「はい、なん――――」
「なんですか?」――そう言おうとした僕は、予想外の感覚を五感で受けた。
完全に想定外の行動。
だってノーネームさんはさっきも、ただ突っ立って何かを言ってただけだったから――――――僕の真ん前までぐいっと来ていただなんて、
ちゅっ。
「――――――………………」
僕の唇に、あったかくて柔らかいものの感触。
――それが何によるものなのかを認識できたのは、彼女がそっと背中を抱きしめてきて。
ぎゅっと抱いてきた腕が、彼女のお胸を僕のそれにふにょんと押し当ててきて――彼女の、僕そっくりの匂いが僕の顔の真ん前にあるって気づいてから。
焦点の合わせどころを失った僕の目がさまよった先で、黒髪が斜めに傾いていて。
つまりはキスをするために首をかしげているんだって理解して。
――ああ、そういえばノーネームさんも女の子だったんだよね。
お風呂とかでしか感じないそれを、いまさらながらに実感した。
【!?】
【!?!?】
【!!!!????】
【速報・百合】
【ノーネームちゃん……やりやがった……!?】
【このこの場、速度でちゅーするとか予想外】
【いや、この場でするのが……だけど】
【美しい……】
【ああ……】
【幼い女神、金と黒、白と黒の彼女たちが海面上空――敵を前に、口づけを……】
【攻撃を待っているのか……いや】
【ティラノさん、すっごく溜めてるよね】
【だろうなぁ……】
【でもさ あまりにも綺麗過ぎるから思わず見とれてる――そう思いたいな】
【だよな】
【ハルちゃんが語りかけた相手だもんな】
【でも、ノーネームちゃん……?】
【ノーネームちゃん、やっぱり……】
【映画みたいに、もうお別れだからって意味のキスじゃないよね……?】
【やめて やめて】
「……ぷは」
「ぷはっ」
たぶん、数秒くらいの接吻。
「あ……、え……?」
「たんのう」
ふんす。
得意げな――上気した顔が、目の前にある。
なんで、どうして。
そんな言葉ばっかりが頭の中でぐるぐるして、わけが分からない。
「ふぁ……?」
ノーネームさんに、キスをされた。
そう思ったら、なんだか顔が熱くて思わずにほっぺを手で押さえちゃって。
【えっち】
【えっち】
【ふぅぅぅぅぅぅぅぅ】
【ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ】
【ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ】
【草】
【お前ら……】
【だって女神同士のキキキキキキキキ】
【あーあ】
【大惨事で草】
【あの、ノーネームちゃん……今はハルちゃんの唇を唐突に奪う場合じゃ】
「ノ、ノーネームさん……一体何を――――――――――」
ざざざっ。
世界が止まる感覚。
感覚が存在しなくなる感覚。
モノクロの世界。
無音の世界。
そこで僕は――「何か」を知る。
僕の中の「何か」が僕に「何か」を教える。
「………………………………」
「わかった?」
「……はい」
ぽつりと、上空の風で消えてしまいそうな彼女の声で――すぐに「戻ってきた」僕。
【えっ】
【ハルちゃん?】
【顔つきが……】
【何があったの?】
【もしかして:さっきの光通信みたく、ハルちゃんとちゅーして何かを伝えた】
【あっ】
【怖いよノーネームちゃん……大丈夫だよね……?】
「はる」
「はい」
彼女が、恐竜さんを背にして――ふっとほほえんで、言う。
「たのしかった」
「よ」
「――――――――――……」
そう言い残した彼女は――ぱたぱたと羽を広げ――光の粒子になり。
【good】
【luck】
僕の前を――まるでお人形さんみたいな小ささの、ずっと前に見た彼女の姿で。
頭の上でぴこぴこと、文字だけで語りかけてくる。
「……はい、がんばります」
【!?】
【え? え?】
【悲報・ノーネームちゃん】
【ノーネームちゃん……】
【とうとう実体を維持できなくなった……?】
【いや、ハルちゃんとちゅーーーーーーーーーー】
【草】
【したときに、魔力とか……】
【あっ】
【てことは……?】
【ハルちゃんに、最後の力を渡した……?】
ぽふっ。
小さい彼女が僕の肩に止まり、もぞもぞと髪の毛をかき分けて落ち着く。
そして、うなじの周りの髪の毛をひと房、くるくると自分の体に巻き付けている。
【♥】
「そうですね。ノーネームさんは、いつもそうでしたね」
肩乗りノーネームさん。
彼女が――体を持ってからずっとそうだった姿に戻る。
そうだ、戻っただけだ。
ただ、戻っただけ。
だから――――――――――
「――――――――――んっ……はぁ……」
――ぶわっ。
僕は、彼女からもらった魔力を体に通す。
ちょっと声が出ちゃうけど、それはとても僕のそれに似ていて、すぐに馴染んで。
【!?】
【えっち】
【えっち】
【ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ】
【お前ら……ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ】
【草】
【わかる】
そうだ。
「本来の姿からはほど遠いけども」、それでも幼すぎるよりは、ずっと出力が出る姿。
「きっと――男から直接になっていたら、恥ずかしかったり好奇心で触っちゃって……いろいろと、本当にいろいろと大変なことになってただろう、女の子の体」。
「……お、背が伸びてる」
次に目を開いたら――僕の背丈は、ちょっと戻っていて。
そして、やっぱりあるとちょっぴり恥ずかしいお胸の膨らみが、下を見ると目の前にちょっぴり存在していた。
「おうえん」「したの【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】」「ぶくま」「おねがい」




