56話 『250Fダンジョン脱出RTA』5
【……って感じでなんかるるちゃんやばいから……ってハルちゃん見てないよね、きっと】
【その信頼があるね】
【リスナーに負の信頼を寄せられるハルちゃん】
【だってハルちゃんだし……】
【だってハルちゃんだよ?】
【ああ……】
【よくも悪くも空気読まないハルちゃんの悪いとこが出てるな】
【ハルちゃんのいいところ……うん、悪いところで今は帳消しだな……】
【いやいや、そのおかげで焦らずに着実な攻略できてるんだからマイナスとマイナスで対消滅してるよ】
【草】
【ここまで何層上がったん?】
【カウント班によれば99階層だな】
【2時間でよくもまあ……しかもソロ、しかも弓矢で】
【これ、普通に攻略してもワールドスコア、ぶっちぎってたんじゃ……?】
【あいかわらずの爆裂天使っぷり】
「……ふぅ……あ、矢……もうない……」
からからと鳴るのは、背負った矢筒。
弓矢。
銃よりは弱いし、使い方が難しいけども――銃よりは安く使える武器。
それももう、残りの矢はわずかだ。
「……けっこう……疲れましたね……」
周りにモンスターもいないしって、岩に座り込む。
「ふぃー……」
【ハルちゃんお疲れ いやガチで】
【お手軽なスナイパーライフルも使えなくなって、弓矢だもんなぁ】
【弓とかボウガンって疲れるんだろ?】
【ああ、威力の分張力があって、矢をつがえるのに力要るからな】
【しかもハルちゃんのってそうとう遠くまで飛ぶから……20キロくらいのサスペンダーって考えたらわかりやすいか】
【さらに、狙いを付けて引き絞るから最低でも5秒は維持だぞ】
【ハルちゃんは弓矢でも遠距離狙撃しかしないからな】
【え、そんなに】
【ああ、たぶん】
【それを、1射ごとに毎回……】
【スリングショットだって疲れるし、投石だって疲れるぞ】
【狙撃スキルがあってもつかれるよなぁ】
【幼女がそんな……ああ、レベルとスキルに魔力で、なにもないよりはずっと楽にできるのか】
【でもいくら魔力で補強してても疲れるよなぁ、それ】
「……………………………………」
手が震えてる。
腕も震えてる。
……そうとう疲れてるんだな、僕。
【おてて】
【おてて】
【ぷるぷる】
【ハルちゃん、ちょっと休も?】
【そうだよ、ずっと休みなしじゃん】
「……ここまで体力使ったの……本当に久しぶりです」
ふぅっと息を吐く。
【あのハルちゃんが……!】
【ガチで疲れてるな】
【ため息が深い】
【幼女からは聞くことがないはずのため息】
【そりゃあ、人類攻略の最前線――を通り越した難易度のダンジョンをソロで、それも最下層から上がってくおかしなRTAさせられてるし……】
【これ、ハルちゃんじゃなきゃまちがいなくやばいよね】
【まぁ普通に……な】
【ハルちゃんだから安心して見てられたけど、冷静に考えるとなぁ】
【そもそも中級者以上の難易度の100層以下を、準備なしのソロって時点でな】
【ハルちゃんに応じた難易度なのか、それともムリゲーのつもりだったのか……】
「……………………………………」
残る遠距離武器は矢が数本、あとは石だけ。
「結局僕は石ころ投げてるのがお似合いなんです。 僕は石ころみたいな存在なんです」
【草】
【草】
【なんかかわいい】
【いじけてる?】
【かわいい】
【ハルちゃんなんで急にネガティブなの】
【元気出して】
【疲れてくるとそうなるよなぁ】
【がんばって】
【というか休んで? 本当に】
【RTAでも、さすがにここまで疲れてたら休んでも大丈夫だろうし……】
こんだけ追い詰められたのって、久しぶりな気がする。
……まぁそうだよね、普通だったらリストバンドでとっくに帰ってるもん。
そういう意味では、今のダンジョン攻略ってヌルゲーだよね。
一応本当は現実の死がありうる「デスゲー」ってやつなんだもん。
それをリストバンドでデスを回避してるだけで、一気にヌルゲーなんだ。
【視聴者に慰めてほしいわけでもない、ハルちゃんの本当のぼやき】
【だってハルちゃんだもん】
【実力がわかってるからこその猛者感】
【コメントを見ようともしないところからはっきりわかるね】
【ハルちゃん、そろそろ配信者としての自覚を……あ、無理だわ】
【草】
【始原からも、戦闘以外は見放されてるもんな】
【大変な目に遭ってるハルちゃんが辛辣な言われようで草】
【るるえみ、80階層に到達! ハルちゃん見て……】
「あ、るるさんとえみさんきたんですね」
お、たまたま画面を見たらあの2人――と、たぶん九島さんもいそう――の情報が。
こういうの、なんか知っただけで元気出るよね。
不思議だね。
【!?】
【朗報・奇跡起きる】
【ああ……!】
【ぶわっ】
【涙で画面が見えない】
【ハルちゃんが……ハルちゃんがとうとう、ハルちゃんのためのコメントに目を通した……!】
【奇跡だ……奇跡だ……!】
【やばい、どうしよう 生きてきていちばん感動してるんだけど】
【草】
【視聴者からのコメントに反応するっていう、ごくごく当たり前すぎることでここまで感激されるハルちゃん】
【だってハルちゃんだし……】
【どんだけ大事になっても、ことごとくスマホを見ない幼女だし……】
【幼女だもんね、しょうがないね】
あの2人には心配かけちゃってるかなぁ……あと九島さんも。
でもこの呪い様っぷり、急がなきゃリリさんが大変だっただろうし。
……あれ?
「……もしかして、僕、別に急がなくてもリリさんは無事だった? だって、呪い様は僕にご執心なわけで……」
え?
無駄に急いだ分、無駄に損した?
え?
嘘でしょ?
「僕が急いできたのってなんだったんだろう……」
もしかして、必死こいてがんばったの、全部、無駄?
無意味にがんばってた?
「僕って、バカだ」
【草】
【ハルちゃん元気出して】
【なんでそこまでネガティブ増し増しなんだよ草】
【あのハルちゃんでも落ち込むことあるのね……】
【お前はハルちゃんのこと……ああうん、そうだな】
【草】
なーんだ。
なんかもう、疲れてきたよ僕は。
……リリさんの件については、稀によくあるトラブル。
それにリリさん自身は、ボスモンスターが飼ってるペットに似てて攻撃できないだけで、実はそんなに困ってなかったわけで。
どこに隠れてたのか聞くの忘れたけども、最低でも僕が潜り始めてから到着するまでの時間はほぼ無傷でやり過ごせた――ってことは、あの犬が登れないような高台にいたはず。
猫とか羽のあるモンスターならともかく、そうじゃなかったんだから普通に大丈夫だったはずだよね。
まぁわんわん吠えられたかもしれないけども、その程度だし。
実力に自信がありそうな子だったし、本当に急ぐ必要はなかったんだろう。
……るるさんのことがあって、僕、ちょっと焦ってたのかな。
「あーあ。 だから僕はいつもこうなんだ。 無駄に考えて無駄に動いて損して……もう」
疲れるとくさくさしてくるよね、気持ちが。
僕は今、くさくさしているんだ。
「あーあ。 もう」
【ハルちゃん、やさぐれてる?】
【ハルちゃん、感情あったのね……】
【やさぐれててもかわいい】
【ロリヴォイスから伝わってくる、やるさなさ】
【なんでこんな幼女からすさまじい徒労感がにじみ出ているんだ……】
【こういうのもいいかも……】
【待て、帰ってこい】
【こんなのハルちゃんくらいしか供給先がないぞ】
【しかもこういう状況になるっていう、万が一もない確率だぞ】
【たぶんもう2度とないから供給は今のだけだぞ】
【草】
【やさぐれ幼女とかニッチすぎる】
【やさぐれ幼女……斬新なジャンルだ……】
【たぶんハルちゃんくらいしかいないよ】
【そうだろうよ】
【ハルちゃんだけ、しかも疲れてるとき限定とか供給先なさすぎて草】
こつんっと、いい感じじゃない石を適当に投げつける僕。
「こんな石ころ」
こつん。
こつん。
【草】
【かわいい】
【マジでへそ曲げてる】
【かわいい】
不機嫌。
僕は不機嫌だ。
……こうして疲れ切ると不機嫌になるっての、この体になって初めてかもしれない。
そっか、そうだよね。
だって僕は子供になってるんだもん。
子供は疲れると、ぐずるもの。
さらに女の子だから気分でそのへんもきっと、すごいことになってるんだ。
「あー、なんかもう早く帰りたくなってきた。 もうやだ」
【草】
【ハルちゃんが幼女になってる】
【元々幼女では?】
【でもここまで言動は幼女じゃなかっただろ】
【ハルちゃん、おとなしく見えてたけどやっぱりお子さまだったのね……】
僕はあたりを見回す。
モンスターは排除済み、ドロップも拾えばこの階層から上に行ける。
ついでに――廊下の先には吹き抜けの空間。
僕が落ちてきた穴が縦に貫いている。
「あの穴のせいで僕はこんなことに」
【まぁそうだね】
【呪――ノーネーム様、どうやってあんな穴作ったんだろうな】
【でもさ、最下層だったはずの下に、こうして階層もモンスターも宝箱とかもあったわけじゃん?】
【そうだな】
【あのさ、ハルちゃんの配信、酒飲みながら眺めててふと思ったことなんだけどさ】
【おう】
【あ、リモートだからバレないんだけどさ】
【んなのどうだっていいだろ】
【草】
【早く言えよ草】
【……あのさ ダンジョンの最下層――宝箱とかあって、その下にないって思い込んでたけどさ】
【おう】
【なんだよ、もったいぶらずに言えよ】
【そこ――最下層ってさ 『本当に「最下層」なのかな』って】
【え?】
【は?】
【……あっ】
【だってだよ? 今だって、こうしてダンジョンの最下層――「だった」ところに普通にダンジョンあるじゃん? モンスターいるじゃん? 階段とか罠とかあるじゃん? 普通に構造物あるし、床落ちのアイテムとかあったじゃん?】
【待って待って、それやば】
【――今まで確認されてるダンジョン、その最下層とかも含めてのレベルとかさ その下――――「本当になにもない」のかなぁ さらに言えばさ? 「250階層の下」――――あるんじゃないの?】
【 】
【 】
【 】
【 】
【あっあっ】
【やべぇよ……】
【悪い、ちょっと出社してくる……配信は見続けるけど……】
【俺も上司に連絡を……】
【あ、電話……せっかく有休取ったのに……】
【もはや大惨事で草】
【想像が付きすぎて草】
【その草枯れてない?】
【除草剤撒かれちゃったね】
【あの、ハルちゃん追ってたらとんでもないことになってるんですけど……】
【また繋がっちゃったね】
【繋げたくなかったな……】
【でも知った以上は】
【調査しないとな】
【あの、国内のダンジョン、整備されてるのだけでも1000以上あるんですけど】
【そのダンジョン全部の下に――空間があるとしたら?】
【おろろろろろろろ】
【ああ……(諦観】
【なぁにこれぇ……(諦観】
【……海外のも含めると……10万以上あるよね?】
【あっあっ】
【もーどあにでもなぁれ♥】
【知らなきゃよかったね♥】
【でももう遅いゾ♥】
【あ、海外のミラーも発狂してる】
【草】
【そらそうよ……】
【もう逃げられないぞ♥】
【深淵を覗いたらうんちゃらかんちゃら】
【これから常に「この下がいきなり空くのかも」って恐怖が付きまとうようになるぞ♥】
【なぁにこれぇ……(絶望】
「……ふぅ。 もうやだ。 もう帰ろ」
【草】
【視聴者たちの絶望も知らないでのんきなハルちゃん】
【不機嫌だけど、たぶん今この空間で誰よりも平和だよね】
帰りたい。
僕は帰りたいんだ。
すっごく。
だって疲れたもん。
なにさ、せっかく急いできたのに呪い様とかさ。
「呪い様のばか」
【あっ】
【ひえっ】
もっかい――よく飛ばない形の石を、こつんって蹴っ飛ばす。
「ばか。 呪い様、ばか」
このくらい、言ってもいいよね?
僕が徒労をかみしめる原因になった、るるさんに張り付いてる呪い様ってのにさ。
【…………………………あれ?】
【……え? なんも起きない?】
【……ハルちゃんが言うことについてはOKなのか……】
【もしかして:ノーネーム様、ハルちゃんが好き】
【ああ、誰かが好きな小学生男子が相手のことをいじめるとかいう……】
【ノーネーム様小学生レベル!?】
【えぇ……】
「今日、大変だったんだから。 呪い様のばか」
【●REC】
【「ばか」】
【どきどきする……】
【この気持ちは一体……】
【みなさん、あとで病院行きましょうね もちろん精神科です】
【草】
【俺たちは大きなお友達だからしょうがないんだ】
お腹の中がヤな感じ。
これが、子供な感覚でのムカつくってやつ。
そりゃそうだ、せっかく人が危ないってきたら目的は僕とかさ、そりゃあないよ。
「呪い様のばか。 あほ。 おたんこなす」
【あっ……(昇天】
【\50000】
【\50000】
【\50000】
【\50000】
【\50000】
【\50000】
【本社に頼んで課金上限解除した記念 \999999】
【えっ】
【えぇ……】
【草】
【おい、この配信、配信サイトの従業員まで紛れてるぞ】
【えっと、いちじゅう……ひゃくまんえん……】
【ひぇっ……】
近づいてくる階段……その横にぽっかりと空いてる穴。
吹き抜けの穴。
僕たちが落ちてきた穴。
これで、80階層まで降りてきたときみたいにさっくりショートカットできる罠使ったり、きたときの崩落した穴みたいに直通の道があれば――――。
「あっ」
【どうしたの!?】
【FOE!?】
【FOEはハルちゃんのことだろ?】
【バカ、モンスターの話だ】
【そうだった】
【草】
【……待って、なんかこういうときのハルちゃん】
【毎回なんか頭抱えたくなるちょっとおかしいことするんだけど】
【まさか……】
【ちがうよね? 慎重に攻略するんだよね?】
【これ以上なんするの? ハルちゃん……(畏怖】
【ふぇぇ……(失禁】
「それ」を思いついた僕は、急いで袋を漁る。
――この中には最近の食べかけとか飲みかけとか、拾ったものとか邪魔なものとかをぐちゃっと詰め込んである。
けどもこの中は不思議で、時間が経たないらしく腐らないし詰め込んでも壊れたりしない。
袋をお尻で踏んづけたりしても中身が潰れることもない。
つまり、どんな衝撃を受けても中は安全。
「――あった」
背負い式の、手作りの――筒が2個ついた、僕のリュック。
それは、引っ越し業者の人が運んできたものの「危ないからどうにかして」って新しいマンションの人から怖がられてたやつ。
【なんがあったのハルちゃん……】
【怖いよハルちゃん……】
【ことごとく恐れられてて草】
【だってハルちゃんだよ……?】
「これで、ひとっ飛び」
ずしっと重いそれを背負って、ベルトをお腹で固定。
――これ、本当はリストバンドで帰るよりも安くて済むからって作ったんだよね。
中身の燃料と魔力がどのくらいかは覚えてないけども――それでも、50階層くらいは飛べるはず。
そんな感じで作ったはずだから。
なに、ダメならまた――今度はリリさんがいない分、もっと楽に降りられるし、今ならこうして吹き抜けからどっかの階層に回避できるって知ってるから気軽に行こう。
なにより、僕はもう疲れたんだ。
頭も使いたくないんだ。
【ハルちゃん、説明お願い……】
【無理だろ、ハルちゃんだぞ?】
【ああ……】
【とてつもなく嫌な予感がする】
【奇遇だな、俺もだ】
【たぶん視聴者全員だと思うよ】
【おろろろろろろろ】
【こわいよー】
僕は――真っ黒な上の空間を、見上げる。
たぶん、あの上は僕たちが落ちてきた状態のまま。
つまりは――穴は空いたまま。
僕たちが落ちてきたときからずっと、空洞。
だったら?
「これで帰ります。 だってもうやだもん」
【は?】
【草】
【かわいい】
【かわいいけど「これ」って何!? 帰るって何!?】
【始原一同は恐怖しています】
【草】
【今忙しいから黙っててくれる?】
【草】
【ハルちゃん、だから説明を――】
目を閉じて――体内の魔力を確認。
――普段の数%ってところだろう魔力を、全部注ぎ込む。
くらっとする。
猛烈な眠気。
でもあの80階層、あの犬は討伐した。
だから、あそこは安全。
それに、あそこには――。
「――るるさんとえみさんが、いるはず」
しゅごおおおって音。
「こわくなんかない」
【えっ】
【この音どっかで……あっ】
【るるちゃん助けたときのハルちゃん視点で】
【ぶっ飛んだやつ――】
――――――――ぱしゅううう。
僕は、真上に飛翔する。
僕は飛ぶ。
飛ぶ。
飛んで飛んで飛び続けてちょっと明るくなってきて――。
「――ですからるる、ハルさんは大丈夫だって視聴者さんたちが言っているでしょう?」
「でも私がハルちゃんをあんなに危険な目に遭わせちゃってだから私が助けなきゃ助けなきゃハルちゃんハルちゃんハルちゃ――――えっ」
「あ」
浮遊感。
ひゅんっと、僕は――穴を抜けた。
ちょっと下にはえみさんとるるさん、九島さん――あと、たくさんの人たち。
「ハルちゃん?」
「るるさ――――」
……ぷしゅんっ。
背中でガス欠の音を聞いた僕は――るるさんたちの顔を見て。
なんだか、ふわってして。
なんとか保っていた意識が薄らいでいくのを感じた。
「ハルちゃんがこれから何やらかすのか気になる」「おもしろい」「TSロリっ子はやっぱり最高」「続きが読みたい」「応援したい」と思ってくださった方は、ぜひ最下部↓の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に&まだの方はブックマーク登録で最新話の通知をオンにしていただけますと励みになります。応援コメントやフォローも嬉しいです。




