538話 ノーネームさんみたいな子が居た
【対反転勢力多次元魂魄救済ロールバックシステム】
「通称、ないない」
「……完全じゃない」
「ごめん」
ぽつり。
いつもの感じで聞こえてきた声に振り向く。
すると僕は、真っ白な大理石みたいなので囲まれた、広い空間――遠くには何十本もの白い柱が空高くへとそびえていて、いつかにあった世界みたいに果てしなく闇が包んでいて――まるで馬鹿でかい神殿みたいな場所に立っていた。
どこかで見た感じの印象の空間。
そして、僕のすぐそばには。
「……ノーネームさん……?」
「ちがう」
違う?
や、だってノーネームさんはノーネームさんで、
「……確かに、なんか違いますね」
「なんか違う」
「何が違うんでしょう?」
「いろいろ」
「いろいろですか」
「いろいろ」
「………………………………」
「………………………………」
「ケセラン?」
「ぱさらん」
「パサラン?」
「けせらん」
「……やっぱりノーネームさんじゃないですか」
「ちがう」
どう見ても、どう聞いても、どう反応してもノーネームさん。
けども「どこかが決定的に違う」存在。
黒い羽、黒い髪の毛、黒い服――それを彩るのは真っ白な肌、真っ赤な目と腕輪に足輪。
僕と色違いな感じの彼女が――いつもの感じで、けれどもどこかズレたような感じで立っていた。
「……今のは」
「間に合わなかった」
「……それは、ないないが?」
「ないない……」
羽がしゅんとしなしなになる彼女。
「……ノーネームさんは、とんでもない数の人たちを助けて回ってるんです。それも、異世界の人たちもたくさんって聞きました」
「ん……」
僕は、気がつけば普段の癖で彼女の髪の毛を、梳くように撫でていた。
いつもやってるみたいに、自然に体が動いて。
そして彼女もまた――いつもみたいに、目を細める。
「それは、とってもすごいことです。とっても優しいことです」
「ん……」
「ですから……どうしても力及ばず、っていうこともあるんでしょう。どんなにすごい機械だって、エラーを吐くことはあるんですから。世界に完璧なことなんて……たぶん、ないんですから」
「ん……」
撫でられると目をつぶり、ちょっとだけおでこをぐりぐりと押しつけてくるように「もっとなでて」をしてくる。
――どう見たって、ノーネームさん。
「誰も、責めたりなんかしませんよ。……いや、人間の感情っていうのは理不尽なので、助けきれなかったらどうしても言っちゃうのかもしれません。思っちゃうのかもしれません。『なんであの人だけは』……って」
「ん……」
ぽふっ。
体重を預けてくる彼女。
「……でも、しょうがないんです。誰だって――神様だって、救える数には限度がある。神様だって、世界のすべてから一瞬も目を離さないでいるだなんて、そんなことはできっこないんです。完全な存在なはずのシステムとかでさえ、エラーは発生するものなんですから」
「ん……」
ぱさぱさ。
彼女の羽が、ちょっとだけ元気になったことを告げてくる。
「でも――僕は、その人たちの分も言います。がんばりましたね」
「……ん……」
ぱさぱさぱさ。
落ち込んでいた、小さな女の子は――それからしばらく、僕に体重を預けていた。
◇
「すんすん……」
「元気になりましたね」
「すんすん足りない」
「後にしてくださいね」
途中から嗅がれだしたから引き離すと、いやいやと羽を振るノーネームさんっぽい子。
……僕の知る彼女より、ちょっとだけ自己主張するのかな。
あと、ノーネームさんよりも口調がはっきりしてる気がする。
「それより、ここ、どこです? 僕、キャシーさんたちと……あ、えっと、リリさんとかと合流した先のキャシーさんたちと居たんですけど」
果ての見えない――音が僕たちからだけしか発生していない空間。
あまりに広いのか、僕たちの声すら遠くへと吸い込まれていくよう。
「えんざんしつ」
「演算……?」
「ん。『はる』、迷い込んだ」
?
僕が迷い込んだ?
それって――――――
「……えっ」
何か光るものが視界に映って、顔を上げた。
――そうしたら無数のモニターが半球状に展開されていて、そのすべてで。
「ないない中」
「……もしかして、ノーネームさん……いや、君は……たった1人で……」
「ん」
彼女は、ただ立っているだけ。
だけども、なんとなく分かる。
彼女は――「これらすべての」「この無限にも等しい空間に広がる何千何万何億という窓から」――――――
「思い出さないで」
何かを思い出しかけたところを中断される。
見ると、手をぎゅっと――いつものノーネームさんみたいに、柔らかくて小さくて温かい手が、僕を離すまいと握ってきている。
「……でも」
「もうじき、分かるから」
じっ。
真剣そのものの瞳。
吸い込まれそうな瞳。
鏡で見る僕のそれと、まったくおんなじ瞳。
「……分かりました」
「ん」
彼女は、良い子だ。
ちょっと変なところもあるし、ヒマさえあればくすぐってきたり嗅いできたりするけども、それでも僕たち人間に対して悪いことは――るるさんへのいたずら以外には、しない。
彼女へのそれだって、きっと理由があった。
そう、信じている。
だから、信じる。
「そろそろ戻る」
「はい、戻りたいんですけど、どうやった――――――
◇
無限の空間の中で、再びひとりぼっちになった「ノーネーム」は、言う。
「……がんばって」
――――――と、羽をぱたぱたと動かしながら。
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