531話 「奇跡」を待つ人々
「合衆国」と呼ばれる大地。
その海岸から少し入ったところの町――さらにその中の丘の上の、つい少し前まではいわゆるセレブたちが少しだけ住んでいた場所。
そこは今や、大挙して道という道を――何車線もの広いハイウェイから狭い通りまでを埋め尽くすモンスターたちで占領されている。
――「マダム」と呼ばれるエミ・サーモンド以下の数百名という遺物に、最後の砦となった屋敷の主である――この地域でも名士である壮年の政治家とその妻。
その屋敷の敷地内にいて不自然でないのはその、たったの3人。
それ以外は様々な人種の様々な階層の――共通して「他人を見捨てて逃げた」という罪悪感だけで連帯している彼らは。
「ヴァー……」
「シャー!!」
とうとう身の危険を肌で感じる距離にまで追い詰められたが――老婆の演説により、屋敷の門へ塀へ体当たりしてくる屋根の上の子供たちを守るという気持ちで再び連帯していた。
『良いかい? あんたたち』
彼女が――全員がなにかしらの武器を手にした市民たちを見下ろし、活を入れるために最後のパフォーマンスをする。
『あの海が見えるかい』
見晴らしのいい丘の上とあって、思わず振り向いた全員は――なぜか空が低い雲でどす暗く覆われているために灰色になっており、その手前の大都市のあちこらから煙が上がっているのを認める。
『第7艦隊――太平洋を守る艦隊は、なにもなければ、直にあの港へ帰ってくる。いざとなれば単独でも戦える艦隊だ、それが帰ってきてくれたら心強いだろう? わが合衆国が世界に誇る艦隊だからねぇ』
今は不在の、海の守護者。
その名前を聞いた人々の瞳に、精気が宿る。
『そうさ。無駄に長く生きてきたあたしらは、そいつらが遅れてきたとしても、ほんの数日を稼げばいいのさ。最悪でも、この子たちを生き延びさせるためにね。……ちょいとあんた、手榴弾をよこしな。あ? 知ってるよ、そのくらいはできるんだから』
彼女の――ではなく、彼女の隣に立つ、仕立ての良いスーツを着た家主の男性とその妻の護衛として立っていた軍人から、手榴弾をむしり取る老婆。
『――この国では、国民1人1人が戦えるんだ。だから――こうさっ!』
かちん――――――ひゅっ。
老婆とは思えない肩から放たれる球状の物体は――車を押しのけてなだれ込もうとしていたゾンビたちの群れへ、力強い放物線を描き。
「ヴォー!?」
「シャーク!!」
軽い爆発音とともに、赤黒かったり緑だったりする血肉をまき散らす。
『『おお……!』』
人々の、どよめき。
それは、テレビやインタビューでよく見る、それも引退がささやかれていた女性が放ったからなのか、それとも手榴弾ひとつで異形を数体も吹き飛ばせることへなのか。
『……この老婆がメジャーリーガーも顔負けの肩になるんだ。お前たちの中でも居るだろう? 「神からのギフト」を自覚しているのが』
ギフト――ダンジョン適性による、スキル。
それを知らずとも、逃げるあいだにモンスターへ攻撃をしたことで目覚め、自覚した「自称老人」は――今というタイミングで、子供を守るためだけに燃やした闘志へ、反撃のための火をくべる。
『あたしが見てきた中では、あたしみたいに投擲だけじゃない。棒きれでゾンビを真っ二つにしたり、ただのベニヤ板でやつらの突進を押し返したりできるやつが居たね。……そうだよ、あたしたちギフトをもらった連中はご立派な銃じゃなく、このギフトで戦わないとね。なにしろ神からの贈り物だからね』
人々は次々と――逃げるときに、無自覚でも選び取った獲物を握りしめる。
『このへんは金持ちの家なだけに豊富な武器が揃っているんだ、か弱い乙女でも銃でいくらでも戦える。ギフトがまだなくても、その銃で充分さね』
――かちゃっ、かちゃっ。
彼女が声をかける少し前まで、口論になるとお互いに向け合っていたその武器を、今は一緒にモンスターという敵へ向けるために、持ち直す人々。
『……お前たち、1度で良いから遠慮なしにゾンビ退治――ああ、シャークもいたねぇ……なら、サメ退治も、してみないかい? 冥土の土産――いや、天国に持っていくにはちょうど良い思い出だと、思うだろう?』
不敵に笑う老婆へ、無数の歓声が沸き上がる。
『……よし、士気はしばらく持つだろうさね』
『マダム……感謝します』
『本当に、どうお礼を申し上げたら』
『先ほどまで一触即発でしたから……』
『パニック映画みたいにはなりませんでしたけど、やっぱりみなさん、追い詰められていましたし……』
頭をかきながら――この状況でも上品な姿勢を崩さないし崩せない夫婦が言う。
『何、あんたたちとは上院とパーティーでやり合った仲じゃないかね』
『いや、はは……マダムには全敗でしたよ』
『当たり前さね。肌の色の違う二世、しかも女だてらに政治家になったんだ。最初から地盤も上流の何もかもを持って産まれたあんたにも、生まれつきスクールカーストでもトップだった美女のあんたにも、まだまだ負ける気はしないよ』
かっかっと笑う彼女は――老婆と自称するし年齢も老人に入っているが、まだまだ現役にしか見えなかった。
『さて……それじゃ、待つとするかね。あの連中が化け物共を追い払うか、それとも帰ってくるかも分からない艦隊の助けを』
『やはり、先ほどのは……』
『嘘じゃない。が……この事態だ、海の上もどうなっているか分かりゃあしないだろう?』
いけしゃあしゃあと嘘をつく。
それも政治、それも人の上に立つということ。
『なぁ、あんたたち』
老婆は――肩を回しながら言う。
『将来を大統領、大統領夫人になるために政治家やってるんだろう?』
『ええ、ですがそれも……』
『いいかい。大統領になるような輩はね、天――神からの、運命からの愛をもぎ取れるような輩だよ』
『……愛、ですか……』
『そうさ。愛だよ』
移民の子孫、かつ女性という身分でありながら政界の重鎮まで上り詰めた彼女は、不敵に笑う。
自分こそが1番に、自分たちの命が風前の灯火だと理解しているからこそ、笑って言う。
『どう見ても――長くても数日。銃弾と水と食料が尽きたら、人々が疲れ切ったら――もっと強いモンスターが現れたらおしまいな、この状況。……ここから「奇跡」を受けて生き残れると信じな。……あんたたちが失った、最愛の娘のためにもね。かわいいかわいい子だったじゃないか――くせっ毛の「キャシー」ちゃんは、さ』
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