502話 始原No.1となる翁――神威権造
「――猪の突撃じゃ! 退避せよ!」
「駄目だ、よりにもよって傷病者のテントに……!」
「う、うわぁぁぁ! 来るな! 来るなぁぁぁ!」
「……走れる者は走れ! 子供を! 子供を抱きかかえて逃げろ!」
「せっかく助けたのに……こんなのって……!」
阿鼻叫喚。
容易に弱者を切り捨てる儂に向けられる――憎悪。
それに、気づかない振りをせねばならない、罪悪感。
――年老いても、厳しいものがあるの。
「し、師匠……!」
「――無理よ。守る者の数が足りぬ。全てを助けようとすれば、全員が死ぬ。弁えよ」
「……っ……承知、しました……っ」
悔しさに唇から血を滲ませる若者の顔を見ながら、儂は俯瞰する。
その日――儂は、普段の通りに道場にて門下生の指導に当たっておった。
儂は、戦前生まれの人間だ。
食糧はなく、建物という建物がことごとくに燃え尽き、たくさんの者どもが消え去った大地――灰となった都市を、10ほどになる小僧の両目で眺めながら、儂は育った。
『――いいか。剣は、ただ人を切るだけの技術ではない。体を鍛え、精神を鍛えることにより――どんな世界でも生き延びる術を身につけさせるもの。……こんな戦いがまたあるかは分からないが、平和な世でもきっと必要なものだ』
そう教えてくれ、儂に叩き込んでくれた父は――戦場帰り。
まだ幼かった儂に、戦場での暗い面もまた遠慮なく叩き込み――10にもならない小童にそれを教えるのもどうかと思ったが――そのおかげで「生きる」とはなにかを考えさせられた。
儂には才能があった。
剣の才能だ。
そして棒を愚直に朝から晩まで、灼熱から極寒までを苦とも思わず振り続ける才能だ。
それしかなかった故に金勘定も人の見極めもさっぱりで、けれども父の縁でなんとか道場を維持し、門下生たちを武道の道へ送り出すことはできていたが、しょせんは地元道場。
しかも古くさい剣の道とあって、毎日の晩酌だけが楽しみな生活を何十年も過ごしてきた。
剣の道すら、もはやスポーツの一つとなった太平の世。
しかし、そんな生活を送る程度には――恵まれていたのだ。
「おじいちゃん? もうそろそろ引退なされたらどうですか?」
「そうですよお爺様、来月から僕がお父様から経営を任されるんです。今どきはネットを使ってもっとアグレッシブに……映えも意識して女性もたくさん勧誘してライト層も引き入れるんです! 今の時代は『ちょい剣道』です! 週1程度で、あくまで剣に触れる程度の初心者を増やすんです!」
「……インスタ蠅なる生物は、儂にはさっぱりじゃが……好きにしたら良い。じゃが、お前たちの邪魔をしない程度に指導には加わらせてもらえんかのう」
「……なるほど。ジジ専女子という潜在的な需要……お爺様は偏屈な白髭を蓄えたご老体ですし、お爺様に指導されるイベントを……!」
「うむ、良さそうだ。父上は現代に疎いからこそ、刀が好きな女子層もターゲットにできるだろうか」
「お父様、それです! お爺様を前面に出しましょう!!」
「……いんたぁねっとは映画を観る以外の操作が分からんのぅ」
息子と孫が奇っ怪な議論を繰り広げる。
……しかし、どこか楽しい光景だった。
「ですが、おじいちゃんは……ちゃんとお医者様に相談してAEDなども道場に置いてくださいね。何かあったとき介護するのは私たちなんですから」
「あれは冬場の風呂で――分かった分かった、そう睨まんでくれ」
孫にまで恵まれ――しかも道場の跡継ぎとして申し分のない才まで――儂はこの先、呆けるまで退屈な日々を過ごすのだろう。
物が分からなくなったら、さぞ迷惑を掛けてしまうだろうな。
それだけが心残りよ。
そう、思っていた。
だが――――――――――
「――何事か!」
「わ、分かりません……!」
「急に周囲が暗く……いえ、町の外が一面、結界に……!?」
その日。
あの日。
世界は――変わった。
◇
「くっ……! まるでフィールド内の敵を倒すまで解放されない敵襲来イベントみたいですねお爺様……!」
「ああ、強制イベント……問題は時限式かどうかだな……!」
「……済まぬ、儂はテレビゲームはさっぱりじゃ」
「いえお爺様、今どきは据え置き機の需要は大きく減り、携帯機とパソコンに移行しています!」
「……ぱそこんは余計に分からぬ……」
――儂らは、紫と黒に染められし異界に閉じ込められた。
「市民の皆さんは最寄りの学校または市役所――道場に避難してください!」
「モ、モンスターが……うわぁぁぁぁ!?」
「お父さーん!!」
「い、嫌だ! 喰われたくない! 喰われたく――」
気がついたときには、妖怪――異形のそれらは、町を取り囲んでおった。
「師匠! 奴らはあまりにも数が多く……!」
「も、もう無理です……とても、手が足りません……!」
儂は――かつて戦場帰りに教わった、味方を鼓舞する心得を――この歳で初めて実践する。
――――――斬。
駆け上がった石塀から飛び降りながら、異形を一刀両断――む、膝が……。
「こんな雑魚のことはどうでも良い。――儂の弟子たちよ。聞け」
多少の無茶をして、大げさな太刀を披露し――落ち着かせる。
「「………………………………!!」」
「狼狽えるな。儂が、何を教えてきたのか忘れたのか。戦場の剣だと、いつも言っていただろうが」
「お爺様……!」
「父上……!」
「何も考えず、ただ剣を振れ。そうだ……ただの試合ぞ。あらゆる反則のない……な」
……流石に、現役の力を発揮できるのは、良くて数分か。
しかし、子と孫は落ちついてくれている。
ならば――問題なかろう。
「門下生よ。これが最後の試練ぞ。――己が命を一滴まで絞り尽くし、一人でも多くの民間人を救出せよ。幸い、異形たちは敵の強さも分からぬ盆暗――ただ切って躱してを繰り返せば良い」
「「……はっ!」」
ふぅ……しかし。
禍々しく染められた空、繋がらぬすまほに電話、テレビ、ラジオ。
これが――現代の妖怪の襲撃が、この町だけとはとても思えぬ。
――籠城戦も、味方が来られなくば、いずれ――――――。
◇
「……僕が見た限り、あれはやっぱり魔法攻撃です」
「ああ、間違いない。――魔物たちは、人を『魔力か何かに分解して喰っている』。実際に肉体を喰う前に、何かしらの力が働いているな」
「ですね。あ、お爺様へは『妖術』とか『法術』、『呪術』という理解でよろしいかと。それで、魔物の攻撃で血が出る人は居ますが、喰われて血が出る姿は。……生命エネルギーを吸収しているのでしょうか……」
死屍累々。
それが、たったの数時間での結果。
惨敗。
「――儂は……無為な数十年を生きながらえただけだったのか」
昼も夜も分からぬ空を眺めながら、人に悟られぬように呟く。
長く続いた、太平の世。
そのあいだにも様々のことがあったが、それでもかつての犠牲のおかげで人々が平和を享受できていた。
そう……思っていたのだがな。
まぁ、仕方のないことか。
なにしろこの世界には――あの空から火の降り注ぎ、地も火の雲海で蹂躙されるほどの惨劇となろうとも。
神仏など――心の支え以外には存在しない、幻の存在なのだから。
む?
居たらどうするかだと?
――此所へ降臨し、彼奴らを一網打尽にしてくれた存在であれば。
たとえ悪魔であろうと妖怪であろうと、この老いぼれの全てを捧げよう。
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