497話 僕の奥底に沈んでる記憶 その5
「るるちゃんはさ。もしるるちゃん自身がなんともなくって、お友達にるるちゃんみたいな子が居るとしてさ。自分もケガして痛い思いとかしちゃったら……近づくのは、怖いよね。話すのは、怖いよね。みんなと一緒に、距離、置いちゃうよね」
「……うん」
「『あの子に近づかない方が良いよ』って、なるよね。そうなったら、近づきたくても近づけないよね」
「うん……」
「でもさ」
何台目か十何台目かのバスが、出発する。
それを見ながら――なんの変哲もない空を見上げながら、平和な空を見上げながら、言う。
朝の青い空を、見上げながら。
「それがさ。――『こんなのへっちゃら!』って、自分がケガしたあとに笑ってる子だったら?」
「……!」
「『ごめんね!』って、話しかけづらいはずなのに話しかけに来て、頭を思いっ切り下げてお手々合わせて心底申し訳なさそうにして謝ってきてさ」
そんな風に割り切るのは、きっと大変だ。
だけども。
「で、そのあと、『嫌だったらお友達やめちゃってもしょうがないけど、もしそうじゃなかったら、またお話ししてもいいかな?』って言う子だったら? 泣いて笑って。その子自身が――素敵だったら?」
「……嫌、じゃない……かも」
「うん。もちろん怖がったり怒る子も居るし、それで自分がケガとかしたらちょっと怖いけども――るるちゃんみたいに優しい子なら、きっと友達で居てくれる。ちょっと離れて話すなら大丈夫って子も居るはず。僕なら、そう思う」
ぎゅっ。
僕は、ふわふわな髪の毛から手を離し――彼女の手を。
膝の上でくしゃってしてた手を、軽く握る。
「ほら」
「……あ」
「ね?」
「……うん」
……ぎゅっ。
彼女が――僕と比べてずっと小さい手が、握りしめていた手が、力を解いて僕の手を握り返してくる。
……ああ。
こんなに小さい手が、こんなにも重い「不幸」と戦っていたんだ。
「『私、呪い様っていうのに取り憑かれちゃってさ。ケガとかしたらごめんね! 嫌だってら遠慮なく言ってね!』――そのくらい堂々と、笑って言っちゃえば。みんなに言っちゃえば」
どのくらい伝わっているかなんて、分からない。
けども、僕は強引にたたみかける。
「それで何人かからすっごく怒られても、嫌がられても。それでもめげずにいつも笑ってて、いつも楽しそうで。ケガして泣いちゃっても、そのあとけろりと『今日の給食、おいしいね!』って楽しそうだったら? そうだったらきっと……たとえクラスで1人、2人しか笑い返してくれなくてもさ」
彼女の――なんだかさっきまでとは違って、こっちもまた「桃色」に近くなってる気がする瞳が、じっと僕を見上げてきている。
「――るるちゃんの学年で、その何倍の子。小学校全体で、その6倍。高校までで、その倍。大学生、大人になれば――たとえ『呪い様』が居ようと、きっと、お友達が居続けてくれる。たとえたったひとりでも――友達は、数じゃない。居るか、居ないかだよね」
「……うん」
「もし『呪い様』が――焼きもち焼いてきたら、物理的な距離は置いてもさ、離れたところででも友達はできるよ? 手紙だって良いよね。小学校だとそういうの、楽しいでしょ? 登下校のときとかに、こっそり交換するのとか」
「うん……!」
「それに、今はネットがあるんだ。さすがに小学生だと怒られちゃうかもだけど、大きくなってくれば電話だって何時間だってできるし、メールとかチャットだってできる。会わなくたって、おしゃべりはいっぱいできる」
「……うんっ」
「――あ、そういえばさ。最近、ちょっと流行ってるのがあるらしいんだ。『配信』とかいうの、聞いたことある? 個人が、まるで『アイドル』みたいになれるやつ」
「うん、うんっ! 知ってる!」
「あれがもっともっと流行ればさ。そのうちにるるちゃん見たいな子供でも、いろんな人と――顔も知らない人とおはなしできるようになると思うんだ。まぁ、女の子はちょっと気をつけなきゃいけないとは思うけど……きっとるるちゃんなら、大丈夫」
技術っていうのは、高いところから低いところへ落ちてくるもの。
僕の知る限りだと、ネットの向こうの大人たちが遊んでるだけのそれも――あと数年できっと、この子たちが中学生になるころにはきっと、普通のものになるはず。
「もしその『呪い様』が、特別に仲良くした人とるるちゃんの関係に嫉妬するんだとしてもさ。インターネットの先の、顔も知らない人と仲良くしたとして――さすがにそこまでは意地悪できないよね? だって相手のこと、知らないんだもん。知らない人のところに、『呪い様』がどうやって行くのさ? 住所を知らなければ、ぴんぽんなんてできないもんね」
「……そっか。もし、るるのこれが酷くても……」
「そう。どんなに酷くたって……るるちゃんは、ひとりじゃない。そりゃあ普通の友達たちとは違って、隣で笑ったりはできないかもしれないけども――」
ああ、ちょうどここは朝日が入らなくってお昼以降の日差しが入る場所なんだな。
だってこの子、やけに「桃色」――「ピンク色」なんだもん。
「いくらでも泣いて、いくらでも怒って。……そうしたら、あとは笑うだけだよ。笑ってればきっと、どんな形でも友達はできるよ。友達って言ったって、なにも毎日そばでしゃべるだけが友達じゃないんだ。たまに思い出してさ……手とか振るだけの関係だって、ちゃんとした友達だよ」
「……れは」
「うん?」
「……それは……はる……お兄ちゃんも、同じ……?」
もうすっかり泣き止んだはずなのに、なぜか瞳が揺らいでいる女の子。
「うん。だって、もう僕たち」
そんな彼女に向け――僕にしては珍しく、自然な笑顔を作って。
「――――――――――もう、友達だよ?」
僕は、そう言った。
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