495話 僕の奥底に沈んでる記憶 その3
「幽霊、怪奇現象、呪い、超能力、魔法。怖いし憧れるけど……残念ながら僕には、霊感とかそういうのがないんだ。もしかしたらそういうのはあるかもしれないけども、僕には才能がないんだ」
魔法、超能力。
男なら誰しもが1度はこっそりと「自分なら出せるんじゃないか」ってろいろ込めてひねり出そうとするよね。
まぁ出ないんだけども。
科学で全部が解明されつつあるこの世界には――残念ながら「魔法なんてものは存在しない」んだ。
「……そうなんだ」
「小学校のころは近所の子と心霊スポットにも行ったときは怖かったし、今でも家の中でみしっとかぱきっとか音がしても怖いし、それが小説とか映画でホラー展開のときだったりすると怖くてしょうがないし、お風呂では目を閉じていられない。僕は中学生にもなって、そういうのが怖いんだ。けども」
僕は、ぼーっと空を見上げながらゆっくりとしゃべる。
「少なくとも僕は……るるちゃんのことは怖くはないかな」
「……このあとすぐに、大ケガしても?」
「大ケガしても」
見上げてきていた彼女を、ゆっくりと見下ろす。
「……ほんと?」
「本当」
「ほんとにほんと?」
「うん、ほんとう」
確かめるように聞き返してくる幼い声に、何度でも答え返す。
「嫌いにもなったりしない。だって、ただの偶然なんだから。それこそ『事故』ってやつだよ」
「……そっ、かぁ……」
「うん。じゃなきゃ、こうして隣に座って話なんてしてないよ」
「……うん」
――この子はきっと、この答えを聞きたかったはずだから。
たとえ慰めだったとしても、たとえ見知らぬ背景に紛れそうな眼鏡男子だったとしても――この子が泣いた回数だけ、誰かから聞きたかったはずの答えだから。
「そういやさ、その『呪い様』って、どんなときに起きるの?」
「え? あ、えっとね……」
お菓子も食べ終わってるし、すっかり泣き止んでいる。
周囲からはもう学生の姿は消え、スーツ姿の大人の人ばかりになっている。
あと売店のおばちゃんの笑顔がいつでも向けられている……ちょっと恥ずかしい。
この子が泣きやむまでのあいだ、ぽつぽつと僕がとめどなく適当なことをそれっぽく語ってただけで、結構な時間が経っている。
……特別なことなんてなんにもない僕なんだ。
根拠のない話なんてしたくはないし、したらしたであとから「あの表現は誇張しすぎてたな」とか「嘘言っちゃったな」って落ち込むのにね。
でも、泣いてる子を泣きやませるためなら……ちょっとは、いいよね。
この子が気にするから時計は見ないけども、たぶんもう遅刻確定どころか1時間目に入りこんでいる。
確か今日は数学の小テスト――ちゃんと昨日の夜やってきたからきっと満点取れるはずだけど、それも0点かな。
まぁいいや、その程度。
泣いてる子供を見捨てるよりは――よっぽどの価値のある追試が待ってるだけだ。
「……なるほどね。すぐそばに居るときじゃなくって、普段仲良くしてる人が『ちょっと離れた』タイミングで」
「……学校だと黒板消しのいたずらに引っかかったり、イスに座ろうとしたらイスが壊れたり。がびょう踏んだり、体育で転んで血が出たり、ホウキが倒れてきたり……階段で落ちたり、図工とかの道具でケガしたり、車に轢かれそうになったり」
「……それで、お父さんとお母さん、先生は大ケガと」
「うん……」
「………………………………」
「………………………………」
「確かに、『呪い様』ってのは居るかもね」
「……っ!」
彼女の顔が――ちょっとだけ安心してたその顔が、こわばる。
泣きそうになる。
「やっぱり――」
「でもそれ、偶然でしょ。さっき言った、ただの事故でしょ」
「るるとなんて――……え?」
ばちくり。
ぱちぱち。
くるくるなおめめが「?」を浮かべている。
「や、ただの偶然。ていうか、小学校なんてみんなケガしてばっかじゃない? たぶん毎週誰かがそこそこのケガするのが子供だし」
今でも僕の体に残る、どうやってついてどのくらい痛かったかなんてすっかり忘れちゃった、うっすらとあちこちに残るケガの痕。
みんなきっと、たくさん転んでたくさんぶつけて育つんだ。
「呪い様」って聞いて足を使ってベンチから降りようとした彼女は……硬直している。
中途半端に降りる体勢になって、でも僕が変なこと言ったから止まっている。
「え、でも」
「あのさ。るるちゃん、算数は得意?」
「きらい……」
「そっか。……じゃ、こういうことがあるんだ」
僕は、ある事実を説明した。
この世界の全てのものは、偶然で満ちている。
ある人の下には幸運が降ってきて、ある人の下には不幸が降ってくる。
同じような人生だったはずなのに良い人たちに恵まれて幸せな一生を過ごす人も居れば、心根の優しさまで同じなのにどう考えたって不幸な人生を送る人も居る。
その逆もある。
その逆の逆もある。
もちろん、遺伝もある。
家庭環境もある。
育った周りの人たちや、その場所の状況――都会なのか田舎なのか、平和なのか危険なのかでも、ぜんぜん変わる。
幸運と不幸。
そんなのは、望んだり嫌がったりして避けられるものじゃない。
「……ね? 昔話とかでもよくあるでしょ? どう考えても、ただそこに居ただけで――っていうの」
「うん……ならるるはやっぱり不幸なじんせいを」
「でもそれってさ、偶然なんだよ」
「……?」
――るるちゃんは、賢い。
噛み砕いているとはいえ、それでも「説明が細かすぎる」って言われる僕のたとえ話に着いてきている。
「偶然。僕たち人間じゃどうにもできない自然現象。台風とか大雨とかと、おんなじ。ほら、先月の大雨でこの近くの家とかが雨で流されて――ってニュース、知ってる?」
「……うん」
「その人たちは、その直前までは幸福だったかもしれない。不幸だったかもしれない。その隣のお家は何ともなかったかもしれないし、自分の家までがダメになっちゃったかもしれないよね」
「うん」
「じゃあ、お家がなくなっちゃった人たちはすっごく不幸で、お家がぎりぎり助かった人はすっごく幸福なのかな?」
「それはそ――」
「なら、実はお家が流されちゃった人はものすごいお金持ちで、痛くも痒くもなかったり。実は引っ越す予定でお家の中身が空っぽだったら? そもそもお家に居なかったら? ただの売れなかった空き家だったら?」
「……あ」
ぱちくり。
泣こうとして怒ろうとしてた彼女は、ぱちぱちと長いまつげを上下させる。
「なら、お家が流されなかったけども……病気を持ってて生きるのも大変な人だったら? 家賃とか税金が払えなくって、来月にも追い出される人だったら? お家が流れなくっても、出ていかなきゃいけなかったら?」
「……それは」
これは極論だし推論だし仮定の話。
こんな屁理屈なんてきっと、傷心の小学生じゃないと飲み込めないだろう。
でも――「たまたま」ここに居るのが僕で、「たまたま」ここに居るのがこの子なんだ。
なら、ただの偶然で知り合っただけの関係で、今日の午後には――給食を食べたらもう忘れちゃうような相手の話なら。
「うん。分からないよね。だから、『偶然』。不幸な目に遭っちゃった人にはかわいそうだけど――それも、やっぱり『偶然』。君は、たまたまでそういう人たちの近くに居た――ただ、それだけ。そういう偶然な幸福も不幸も、あっちこっちにある。僕は、そう思うよ」
ちょっとでも安心してくれるなら――こういう嘘も、屁理屈も、やっぱり……悪くはないんじゃないかな。
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