49話 『250Fダンジョン脱出RTA』1
「――それは本当なんですか!? ハルさんがっ……! ちょっと目を離した隙に……!?」
【本当だよえみちゃん……】
【まさかボスフロアで……】
【あれより下がないからボスフロアなはずだろ?】
【でも実際ハルちゃんとリリちゃん、落ちたぞ!?】
【まさか宝箱のトラップ……】
【あのハルちゃんが見落とすか?】
【それはないな】
【あのハルちゃんに限ってあり得ないよね】
【じゃあ、まさか本当にるるちゃんの――】
「……うそ。 うそ。 うそ。 うそ。 うそ……」
「るる、しっかり……!」
あまりに急なことで、理解が追いつかない頭。
それを無理矢理に動かして、事情を把握しようと努めるえみ。
彼女は、表情を失って何事かをつぶやくるるの肩を揺らし、正気に戻そうと試みるが……失敗。
――無理もないわ……けれど、今はそれどころじゃない……ごめんね、るる。
座り込んでしまったるるのことはひとまず置き、事態の拡大を阻止しようと連絡をする――が。
「……ハルさんの配信、すぐに切断を――できない!? どうしてですか!」
【これ……やばくね?】
【そういう演出……じゃないよな】
【当たり前だろ、お前もハルちゃんのとこで見てたんだろ】
【そうだけどさ、なんか信じられなくて……】
「……せめて配信のタイトルを……それも、できない。 事務所からのアクセスそのものが……ええ、ハルさんのアカウントからも操作を受けつけない……そう、ですか」
えみがマネージャーに連絡を試みるも、事態の悪さが余計にわかってしまう。
「なにか、尋常ではない事態が起きている」ことしか、理解できない。
【なあ、これって】
【やっぱ呪い様じゃ】
【だよなぁ……】
【あのときだって、あり得ないことの連続で】
【バカ、今、この配信るるちゃん見てるんだぞ!】
【あっ……】
【るるちゃんごめんね】
【でも……】
るるの頭の中でぐるぐると回っていたその考えが――視聴者から、次々と届いてしまう。
「っ!」
「……るる。 画面から目を離して」
【おい、今自動読み上げ中だぞ るるちゃんが……】
【けどさ、こんな事故なんて、そうそう起きるもんじゃないし】
【年に数回程度はダンジョンでの事故も起きる るるちゃんのせいじゃないよ】
【そうだよ、きっと】
【そもそも今回は完全にさ、るるちゃんは追いかけてるだけで関係ないじゃん 大丈夫だよ】
「……事務所の方で、コメントの管理。 それならできる……なら、申し訳ありませんが、お願いします。 るるのことは、私が……はい」
手元の端末で、急ぐためにと読み上げさせていたコメントが止まる。
崩れ落ち、スマホも下ろし、動かなくなったるるを、えみが優しく抱きしめ。
「……大丈夫。 ハルさんなら、きっと。 あなたを助けたときも、そうだったでしょう」
「……うん」
「私たちがあんなに心配していたのに、当の本人は普通に帰って、お風呂で1杯やっていたって。 ……でしょう?」
「……うん、そう、だね……」
【なかないで】
【るるちゃんのせいとか言ってたやつ、るるえみの配信見ろ んで反省しろ】
【るるちゃんは悪くないよ】
【ダンジョン最下層の床が抜けるなんてのは、普通はあり得ない るるちゃんの呪い様だって、そこまではきっと……ね?】
【泣かしたやつは後で土下座な】
【ごめんなさい】
【ハルちゃんが気にしてないって言ってたんだ、るるちゃんのせいってのは禁止な】
【そうだな、ハルちゃんなら「るるちゃんのせい」とか言うはずないもんな】
【「オカルトなんて撃っちゃえばいいじゃないですか」って言うもんな!】
【草】
【草】
【そうだった……ハルちゃんはゴースト系にも物理がなぜか効くんだった……】
【きっと呪い様だって撃ち抜けるもんな!】
【最下層――じゃないけど、ダンジョンが崩落することはたまにあるだろ ダンジョンは魔力でできてるから、できてから時間が経つにつれて脆くなるって】
【ああ、俺も見たことある。 ……床の一部が抜けただけだけどな】
【壁が剥がれるとか天井が崩れるとかあるもんな】
【だから一般人とかレベルの低い初心者は頭の防具も義務なんだし】
【でも最下層だろ? ボスモンスターのわんこもいたし、崩落するような劣化にはまだまだ……】
【だよな……一定周期での生え替わりには、まだ……】
【わんこで草】
【直上から急降下狙撃されてぺしゃんこにされたトリプルわんこ……】
【しかもハルちゃんたちからは忘れられてた】
【わんちゃんかわいそう】
【草】
【だから事故だって それにハルちゃんなら大丈夫だって】
【あのハルちゃんなら絶対大丈夫だよな】
【そう思ったら安心してきたわ】
【待って 今、えみちゃん……ハルちゃんが、るるちゃん助けてから帰ってお風呂で1杯って】
コメント欄を事務所に任せたからか、この瞬間も配信していることを完全に忘れているえみは、るるを慰めようと……ぎゅっと抱きしめる。
――るる、自分の「呪い様」のこと、ハルさんを巻き込んだこともあって気にしていたところだもの。
ええ、きっと……それに、あの「ふへへぇ」って気の抜けた声をよく発したりごろんと寝転ぶと元男性だからか平気で幼女の柔らかいところに食い込んだぱんつを見せつけてきたり柔らかい足の裏が読書中にわきわきしたり服の着方が偏っているのか幼いのにるると同じくらいの柔らかいそれの片方が見えそうになっていたりそうして性的な目で見ているとわかっている私のことを「ヘンタイさん」って呼ぶにもかかわらず年上の男性の感覚からか近づいても体をこわばらせたりもせずに受け入れてくれるし他には嗅いだことのない脳と体が溶けそうな匂いを嗅がせてくれたり光に反応してきらきらと輝いて枝毛ひとつなくてトリートメントなどを使っていなかったらしいときから手ぐしで引っかかることもないあの長い髪を――――――
「……えみちゃん、だいじょうぶ……?」
「?」
「……はなぢ」
「……ごめんなさい、つい」
【えみちゃん、心配すぎて血圧が……】
【真剣な顔してたもんな……】
【大丈夫かな、いつも他の子のことばっかり気にしてるから】
【えみちゃんも休んで】
「……えみちゃん、えっと、もしかしてそれ、また例の」
「まずは行けるところまで。 そこからは合流してくるでしょうみなさんと相談という形で行きましょう。 今は冷静な対応が必要ですよ、るる」
「え……うん」
えみが真顔で鼻血をぽたぽたと垂れ流しながらも冷静に事を進めようとしているのを見たるるは……少しだけ、元気になった。
【ハルちゃん、大丈夫かな……】
【リリちゃんも不運だよね……】
【ああ、せっかくハルちゃんに助けられたのにな】
【2人ともレベル高いから、1、2階層程度なら落下ダメージでも、たぶん大丈夫だよね】
【一般人とはちがうもんな、ちょっとやそっとじゃ大ケガなんて】
【そうそう、上級者に踏み入れた人ならダンジョン外でも怪力だって言うしさ】
【体そのものが頑丈になるんだっけ? すごいよな、ダンジョンって】
【耐久値的なのが上がるからな、ちょっとのダメージも無効化できるし】
【でもどんだけ深いんだろうな、電波が途切れるだなんて】
【ハルちゃんの配信、終わってないけど真っ暗なままだからなー】
【本当だよ、基本的にダンジョンなら通じるのに】
【あれ? そういえば始原は?】
【……そういえば見ないな】
【始原? 誰だっけ】
【ハルちゃんの配信で上位メンバーになってる11人 ほら、ハルちゃんのデフォルメのアイコンの】
【あー】
【始原なんて今はどうでもいいだろ、それよりハルちゃんだよ】
【ハルちゃんなら大丈夫だろうけど……無事でいて】
【俺たちには祈るしかないけどがんばって】
【あ、ダンジョンの周辺、サイレンが】
【普通に大事件だからな……】
◇
『……ここ、どこでしょう』
【どこだろうね】
【わからないや】
【ていうかコメント少なくない?】
【あ、書き込んでるの、もしかして俺たちだけ?】
【全員始原か】
【私もいます!】
【いるのか……】
【草】
【つまり全員揃っているのか】
【俺たちは……まだハルちゃんのそばにいる……!】
【よくわからんが、ハルちゃんに今この瞬間寄り添えるのは俺たちだけだな】
【興奮してきた】
【じじい、AED貼っつけとけ な?】
【去年の冬も発作起こしたんだろ】
【そうだぞ、ハルちゃんのこれからを見ずに死ぬのはもったいなさすぎるぞ】
足元が突如としてめきょりんと壊れ、落ち始めた僕たち。
リリさんは完全に固まってたけども、僕は落ちるのについては今日だけで何十回としてきたおかげかけっこう耐性ができてて、冷静でいられた。
たぶん今の僕なら、飛行機でひゅんってなってもぜんぜん平気なんじゃないかな。
飛行機でほんの一瞬の気流でおしりが浮く感覚がするだけで、本能的な恐怖っての感じるよね。
小さい飛行機だとさらに……とと、そんなことよりも。
とりあえずとっさにいろいろやってゆっくり降りて、どっかに着地して……暗いけども、いきなりなんかがってことはなさそう?
空間も広いし、近くにモンスターの気配もないしね。
『あ、あの……』
【あ、リリちゃんも無事みたいだな】
【画面外でな】
【つまりハルちゃんは見てない】
【ハルちゃんはガン無視してるみたい】
【草】
【新しい機材にしてもやっぱ頭の上だから、ハルちゃんの見てる方向しか見えない欠点があるのか……】
【さっきは飛んでいた気がするが……まぁ、高速で移動していたからな】
【きっと移動が激しいとデフォルトの設定位置に張り付く設定なんだろうね】
周囲を分析。
――この近くはがら空きだけども、ちょっと離れるとモンスターは普通にいるっぽい。
じんわりと動いてるところを見るに、やっぱりここはダンジョン。
……ここってあそこが最下層じゃなかった……っぽい?
「こんなことってあるんですねぇ。 びっくりしました」
本当にね。
【草】
【これで「びっくり」とか草】
【のんきな声で声だして笑っちゃった】
【一気に安心したな……あ、涙が】
【大事故でもびっくりですむのがハルちゃんよ】
【こんなときでもマイペース】
【それが俺たちのハルちゃんだ】
【というかハルちゃん、いつも通りコメント見てなくて草】
【だってハルちゃんだし……】
【俺たちしかいなかった3年半と変わらないんだもんな】
『あ、あの……あのっ』
ちょっと見回すけども、かなり暗い大部屋って感じ。
事態を飲み込めてないらしいリリさんにも、説明しとかないとね。
『あー、万が一のロープとかぎ爪。 あれを使って、落ちる穴の壁を掴んでは離してって具合で速度落としてたんです。 ほら、どこまで落ちるかわからなかったので……リリさんが捕まってくれて楽でした』
【自分の状況を完璧に把握してるハルちゃん】
【すげぇ……】
【ハルちゃん、普段はスペック発揮できてなかったのね……】
【ハルちゃんにとって、普段の難易度は児戯にも等しいのか】
【つまり?】
【ハルちゃんは天使だ】
【女神でいいんじゃないかな】
【なるほど】
【なんだ、当然の帰結を再確認しただけか】
ふむ。
つまり直近の脅威はなさそう?
『……ハルさんっ!』
『あ、はい』
『……あの、そろそろ下ろしていただけますと……』
『下ろす? ……あ、抱っこしてた。 着地のときそうしたんだっけ』
柔らかくて落っことしちゃいけない荷物って認識だったから、すっかり忘れてた。
【●REC】
【まさかの抱っこ】
【幼女が美少女を抱っこする図……これは!?】
「えーっとコメント……あ、まだ電波きてる。 はい、なんとか2人とも無事です」
『それよりも……下ろして……』
『ごめんなさい、下ろしますね』
【ハルちゃんイケメン】
【ちがうだろ、イケ、イケ……イケ幼女?】
【草】
【その単語同士は絶妙に合わない】
【あまりのことでいまいちわからないけど、とにかく無事そうでよかったよ】
新しい配信機材は、コメントをホログラム表示できるらしい。
【!?】
【こんなことできるのか】
【けど、これ、もっと前に見つけてくれてたら……】
【草】
【そうだったわ、ハルちゃん、スマホ見てくれないからさぁ……】
感覚で操作してなんか出てきたそれらを、視界の端に設置。
これで僕も配信者だね。
……もう3年4年とやってて、ようやくだけども。
【ハルちゃん、まだ見てるんなら外の状況教えたい】
「あ、はい、お願いします。 リリさんもいい?」
『……ごめんなさい、私、まだ難しい字は読めなくて』
『あ、じゃあ重要そうなのだけ読み上げますね』
『わかんなかったら言ってください』って言っておいて、始原さんたちから話を聞く。
――今、コメントできてる……っていうか配信を見られるのは、なぜか、いつもの10人と1人だけらしい。
他の人たちも弾かれたわけじゃないけども、なんでも画面も真っ暗で声も聞こえないんだとか。
つまりは始原さんオンリー……いや、上位メンバーオンリーってことになってるのかな?
よくわかんないけど。
……これって、つまりはいつも通り。
この前の配信の最初の方みたく、るるさんたちと会う前みたいな感じなんだよね。
なんだかちょっと嬉しいかも。
で、話をある程度飲み込めた僕はちょっと考えて――迫ってきている「その感覚」で、決める。
『……なるほど。 つまりリリさんにリストバンド渡して、僕がこのままダンジョン脱出RTAってのすればいいんですね』
『へ? は、ハル様……?』
【え?】
【は?】
【あの、ハルちゃん】
【どうしてそうなった】
【ハルちゃん、なんかいろいろすっ飛ばしてない??】
【草】
【ああ、やっぱり俺たちのハルちゃんだ……】
【この安心感よ……】
ま、説明してる暇はなさそうだしとりあえずこれで押し切ろう……って待って、なんか変な言葉聞こえたんだけど。
ハル様って……誰?
あ、僕?
なんでリリさん、幼女な僕のことそんな呼び方……まぁいいけどさ。




