48話 『80Fダンジョン攻略RTA&救出作戦』5
頭が3つある犬を倒して、しばし。
僕は助けた子に抱きつかれてたけども、その子の新しい香りが遠のいていく。
【あーあ、塔が崩れちゃった】
【これがバベルの塔か……】
【尊かった百合が別たれた】
【もうおしまいだ……】
【文明が……崩壊する……】
【草】
【お前らは何を言っているんだ】
【深谷るる「……………………………………」】
【るるちゃん怖いんだけど……】
【たぶん音声認識で入力してて切り忘れてるんだろ、気にすんな】
【あー、こっちに来るために急いでるもんなぁ】
【もう急がなくてもよくはなったけど、油断はできないし】
この体になって1年経った最近は、よく女の子たちに抱きつかれる。
最初は気恥ずかしいやら年下すぎる子たちの女の子な感覚でどきどきするやらくらくらするやらだったけども、「せっかく慣れたところだったからもうちょっと……」ってのはちょっとやばい思考回路、うん。
あと、なんだか新鮮な匂いと感触だったから……つい。
『ご、ごめんなさい……恩人に抱きついたりしてしまって……』
『いえ、別にいいですけど』
僕の中での女の子のサンプルが少なすぎるせいで、てっきり初対面で抱きつくのは普通なのかって思ってた。
けども急に真っ赤になって後ずさったところからして、こういうのは普通じゃないっぽい?
……いや、るるさん、えみさん、九島さんとこの子っていうたったの4人だ、本当のところはわからなさそう……。
女の子経験がないって悲しいね。
しかもないまま僕まで女の子になっちゃってるっていうね。
……この体だから少なくとも「うわっ、気持ち悪い男に抱きついちゃった」っていう反応じゃないのだけは確実で、ちょっぴり安心。
もしそうなったら?
もし、せっかく助けた子が「本当に感謝してるけど気持ち悪いです」とか言ってきたら?
……ダンジョンに1ヶ月くらい引きこもりそう……男は純情なんだ。
そんな彼女はしばらく離れてぷるぷるしてたけども、恐る恐るこちらへ戻ってきている様子。
『私は……あ、配信中なんですね……それならリリィと呼んでください』
『リリさんですか、よろしく……あ、配信切ります? 一応最新のなので、搭載AIが君の見た目とか声とか話す内容、誤魔化してくれてるはずですけど』
『私はリリィ……いえ、リリで構いません。 親しみを込めてそう呼ばれることも……配信はけっこうですけれど、ええと』
【あー、それでなんか変な感じなのか】
【最新式はすごいなぁ】
【スマホひとつか安い機材なら数千円で配信できるところを3ケタ万円だし、プロ用なんだろうな】
【確かにハルちゃんの声も微妙に変わってるし……でもいいなこれ】
【配信にまちがえて映っちゃうとか切り忘れの事故とかなくなりそう】
【それをなくすなんてとんでもない!】
【お前それるるちゃんに絡まれたハルちゃんに対して】
【るるちゃんの不幸に巻き込まれて全世界に身バレしたハルちゃんに対してひと言あるか?】
【ごめんなさい】
【許して】
【草】
『その機種……あの、あなたのお名前を伺っても?』
『えっと、ハルって言います』
『はるぁっ!?』
『?』
どしたの?
唇噛んだ?
【草】
【どうしたのこの子、急に叫んで】
【いやまあハルちゃんってたぶん今いちばん有名な存在だし】
【あー、見た目で「まさか」って思ってたけど本人だったとか】
【偽ハルちゃんたちが大量発生する程度には人気だもんなぁ】
またさらに数十秒も固まる子を、見るともなく見上げる。
るるさんよりははるかに大きいけども、えみさんや九島さんよりはけっこう小さいし……なにより軽装とはいっても鎧を着てるから柔らかくはなかったけども、そのへんはちゃんと力加減効いてたから痛くはなかった子。
はー、銀色の髪の毛って綺麗だなぁ。
……たぶん、今の僕の髪の毛触ったりしてる子たちにとっては、僕の髪の毛がこの子のみたいに映ってるんだろうね。
ちょっと複雑。
何が複雑って?
……映画とかでしか見たことないような綺麗な髪の毛の女の子を目の前から、しかも下から見上げてるってのと――同時に、「僕の髪の毛の方が綺麗だ」って思考が並行してること。
……やっぱ侵食されてるよね……僕の自意識。
せめて男でいられているうちに戻りたい。
まかりまちがって男が好きになったりしたら死ぬ。
ダンジョンの最下層目指したりしてのたれ死ぬ。
『アルさん……ではなくてハルさんですよね。 ごめんなさい、母国語だとまちがえやすくって』
『あー、それでなんかびっくりしてたんですか』
いくつかの言語で最初のHは発音しないってのがある。
他にもJとかRとか、独特の発音だったりするよね。
そういう意味ではハルって名前、わかりにくいって人もいるのかな。
海外旅行行ってたときも僕の名前のこと「はるみ」じゃなくて「あるみ」って言われてたし。
アルミってなんだ。
奥歯で噛んだらぴりってするんだぞ。
『気にしてないからいいですよ』
『ありがとうございます……本当に、素敵な方なのですね』
【なんか言葉づかい綺麗だよなこの子】
【顔はAIっぽいのにされてるけど……美醜とか反映されるのかな】
【つまりハルちゃんが自分のこと設定しない限り、万が一映ってもハルちゃんの顔はわからない!?】
【そんなぁ……】
【でもその方がいいかも だってそうじゃないと外とか出られなさそうだし】
【いろいろ妄想できるしな】
【ショタっていう幻想も維持できて姉御勢力もにっこり】
この子……リリさんの背丈は今の僕より、頭1個分高い。
おっきいえみさんと同じくらいだから160とか170行くんじゃないかな?
まぁ、欧米の人って女の子でも背が高いみたいだし気にしないけどね。
なにしろ下から見上げると胸部の膨らみがはっきりわかるし。
『……あの、もうひとつ伺っても? ……ハルさんは、私の言語……話し慣れていらっしゃるようですが、以前は住まわれて?』
ん?
『え? あ、はい……一時期住んでた、かも?』
『…………………………そう、ですか』
話の流れ的に……んん?
【えっ】
【ハルちゃん外国語しゃべってるの!?】
【なんこれ、まさかの同時通訳!?】
【しかも声までほぼ完全に再現してるよな?】
【この力の抜けたかわいい声はまちがいなくハルちゃんで】
【この脱力しきっててちょっと舌っ足らずなところがある話し方もまさしくハルちゃん】
【あー、高いだけはあるのな、機材】
【すげぇ】
【ラグがないどころか、言われなきゃ気づかないとかすごくね?】
【今日の最初から、ちょくちょく違和感あるってコメントはあったが……】
「一時期住んでた」って言っても――よーく耳を澄ませてみると美食の国語と長靴の国語が耳に入ってた気がしてきたから、「あー、そういや夏休みまるまる行った年あったっけなー」って思い出しただけ。
でもなんで僕、ここまで普通に聞けてるし、話せてるんだろ。
僕の外国語なんてカタコトどころか定型文だったはずなのに?
……………………………………。
……まさかこれも、この体のせい……だよねぇ。
なんかちょっと怖い、けど便利。
悩ましいね。
何が悩ましいって、この体のままなら通訳とか翻訳とかっていうお仕事あるじゃんって思っちゃうから。
でもある日急に男に戻って使えなくなるって考えると、お仕事としてはだめかなぁ。
【というかこの子、リリちゃんって本当に銀髪なのな】
【金髪のハルちゃん、銀髪のリリちゃん】
【……いい】
【ああ……】
【お前ら、るるハル推しじゃなかったの?】
【いや、俺たちはハルちゃん推しだが】
【いつもるるちゃんが抱きついてたからとりあえず推しただけ】
【百合の裏切り者め】
【処す? 処す?】
【ごめん、冗談です】
【るるちゃんがかわいいからつい……】
【金髪と桃色髪もいいじゃないか!】
【えみちゃんの深緑とも、なかなかに……】
【おねショタならなんでもいいから早く!!】
【うわぁ……】
『リリさん、ケガとかは?』
『ありません。 私の付き添いの方々は怪我をされてしまいましたけれども……』
『あー、その人たちなら上で手当て受けてましたから大丈夫ですよ』
『ありがとうございます……っ!』
『いえ、別に僕がしたわけじゃないですし』
けどこの子、うちの国の言葉しゃべれないんでしょ?
なんであの人たちと……うちの国の人だったような?
『あの方たちは……知人の紹介で護衛をしてくださっていたのです。 中のおひとりが、英語ならお話しできて……落石から私を守るために、ある方のリストバンドが破損してしまって、それで……』
『ひとりが逃げられなくなったんですね』
最近よくリストバンドが壊れてる気がするけども、これってかなり頑丈だったはず。
なんでも車にひかれても壊れたりしないし、海に潜っても壊れないしってうたい文句だし。
……るるさんのせいじゃないよね?
信じていいよね?
あ、ちょっと信じられなくなりそう……。
『彼らは、言葉ができない私のための道案内と、念のための警護をしてくださっていました。 ボスフロアに着いた途端のできごとでしたから、私がとっさに判断して命令し、私のものを装着して戻ってもらいました』
『ほへー、だから平気そうなんですね。 でもそれじゃなんであの犬、倒してなかったんですか?』
『い、犬……え、ええ、そうですね……』
【草】
【犬って草】
【ハルちゃんの言い方かわいいね】
【でもハルちゃん、君、そのわんこにひどいことしたよね?】
【まぁしょせんはモンスターだし……】
『……お恥ずかしい話なのですが』
『マイクオフにします?』
『いえ、いいのです……その』
まだ冷え切ってなかった顔が、また真っ赤になる。
肌の色が薄いと本当に真っ赤になるよね。
『……家で飼っている犬と、似ていたので……』
『あー』
【草】
【あるある】
【よくあるよな】
【ペット飼ってると、犬とか猫とか鳥系のモンスター倒せない人多いよねぇ】
【俺もできないからわかる】
【わかる】
【俺も 普段は他のメンバーに頼んでるし】
【そういう意味でも、ソロってなかなかできないんだよなぁ……】
【深谷るる「……………………………………」】
【あの、さっきからるるちゃんが怖いんですが……】
ぱっと見でも装備もいいものだし、ちゃんと使っているのに、傷も少ない。
ひとりじゃさすがに無理でも、この階層のレベルならたぶん楽々なんだろう。
『でもペットに似てるならしょうがないですね』
『お恥ずかしい限りです……』
【かわいい】
【AI補正で似てはいても別人になってるんだよね……でもかわいい】
【ぺろぺろ】
【お前ハルちゃんをぺろぺろしろよ】
【もちろんしているが?】
【うわぁ……】
【でもハルちゃんって、そういうのないよね?】
【ハルちゃんは「にわとりさん」とか「くまさん」とか言いながら一瞬で屠るから……】
【天使みたいなのに冷酷……やはり虐殺天使……】
ペットは家族っていうし、しょうがないよね。
わかるよ。
飼ったことないけども。
『ボスも倒して安全になりましたけど……ごめんなさい、僕、急がなきゃって思って、予備のリストバンドとか持ってきてないので』
『ええ、お邪魔にならないようにご一緒させてください』
『あ、その前に宝箱いいですか? あ、でもこれはリリさんたちの』
『いえ、私は助けていただいただけですし、先ほどのボスモンスターを倒してはいませんから……』
ここまでなんにも拾ってこなかったからなぁ……ほっとしたら急になんか拾いたくなったんだ。
『あっちです』って教えてくれた宝箱へ歩いて行く僕。
……なぜか、1歩離れた感じで着いてくるリリさん。
この子、けっこう人と距離取るよね。
つまりは僕と似ているってことで、いい子だ。
【深谷るる「……………………………………」】
【るるちゃーん、音声認識ー】
【るるちゃんがマジでじっと見てる気がしてきた】
【るるちゃんが見てる】
【止めろ、マジで怖いだろ】
【怖くて草も生えない】
【配信見てるけど、えみちゃんもるるちゃんも普通にハルちゃんたちのとこ目指して降りてるし、本当に切り忘れっぽいな】
【切り忘れっていうと事故しか思い浮かばない】
【だーから止めろって】
【いたずらに呪い様を刺激するなよ】
【だってそう思うじゃん?】
【まあそうだけどさ】
完全にモンスターがいないフロアって、ちょっとほっとするよね。
ボスは倒したし、取り巻きのモンスターたちもいないタイプみたい。
いくらきのこが生えていてじめじめしているところが好きな僕だって、やっぱり万が一があり得るモンスターがいるのといないのとじゃ、全然ちがうもん。
『ハルさん。 ダンジョンを出ましたらきちんとしたお礼を』
『これでいいって、この宝箱で。 救助要請はお互い様だし』
『でも……』
『本当なら、来るはずなかったんです。 だから……ね?』
『…………はい』
【ハルちゃんいい子】
【ほんといい子】
【だけど平気で爆殺するんだよね】
【視聴者たちの心も爆殺するんだよ】
【無邪気って怖いね】
【心が震えてきた】
【ぞくぞくする】
【引き返せ、そっちの道は供給がなくて茨だぞ】
【草】
◇
「そこまでレベルの高いダンジョンでなくてよかったですね。 いえ、下層はかなり高いみたいですが、少なくともこのあたりまでは……」
「うん……そうだね……」
【そうだね……】
【うん……】
【中盤以降は跳ね上がるけどね……】
【うん……】
【そんなダンジョンを最速で駆け抜けた幼女がいるけどね……】
【最速で駆け抜けた(落下】
【最速で駆け抜けた(爆速】
【草】
【見ろよ、えみるるを……おいたわしい……】
えみとるるは一途ハルを追いつつも、配信をしながら読み上げで視聴者からハルたちの情報を得るという方法を取っていた。
「それに、今日は珍しくるるもトラップに引っかかったりしませんし」
「うん……」
【るるちゃん、大丈夫かな】
【要救助者の子は助かったし、気が抜けたんじゃ?】
【そうだといいけどな……】
【なんかな、声とか目つきが、さっきな……】
配信向けの「お姉さん」なキャラで話しかけるえみに、無反応に近い、るる。
――やっぱり、ハルさんのことが心配なのかしら。
そうよね、普段の装備でもないし、どころか服装はさっきのお洒落で可愛くてお淑やかなロリータにふさわしい清楚なロリっ子衣装だものね。
いつになく静かなるるを見つつも、聞けばきちんと返事を返すし、いつも以上に効率よく進めている以上、邪魔はしないようにと配慮しているえみ。
「ハルさん、これで2回目ですね。 この前はるるを助けて……」
【るるちゃんに続いて2人目かぁ】
【ペース速くない……?】
【救助要請があると速攻で駆け付ける幼女だもんな】
「………………………………」
――「2人目」「この前は私」「私だけじゃない」「私だけが救われたんじゃない」。
るるの心の中は、かき乱されていく。
それでもなんとか笑おうと、ハルに嫌われまいと振る舞おうとした、そのとき――スマホで着けっぱなしの、ハルの配信からの音声が、るるの耳に届く。
『――ほんと、いいですから』
『いえ、そういう訳にも参りません。 せめて今晩は、私の家のシェフの経営する――』
――ぷつっ。
それで、るるの中の何かが――静かに動いた。
◇
【:】
【・・・・・・・・】
【――――――起動】
◇
【深谷るる「シズメ」】
【深谷るる「シズメシズメシズメシズメシズメ」】
【ひぇっ……】
【るるちゃん!?】
【え】
【なんこれ】
【もしかして:呪い様】
【もー、お前らが召喚の儀するからー】
【いや、マジで怖いんだけど】
リリさんが、なぜか執拗にごはんへ誘ってくる。
僕は別にいいんだけどって言ってるんだけどなぁ……そもそも今まで、お礼とかもらわないようにしてたし。
や、ほら、そういうのって恥ずかしいじゃん?
僕が普通にできることで誰かのお手伝いしただけで、関係者の人たちみんなからちやほやされるのって、なんかちがうじゃん?
るるさんとかえみさん、九島さんとかコメント欄の人たちみたいに、ことあるごとに褒められるのは……なんかちがう気がするんだ。
けども同時に、それが普通の人の当たり前の感覚だとは理解している。
……まぁ見つかっちゃった以上、みんなが忘れてくれるまでは我慢しないとね。
こそばゆいのも、我慢してればそのうちどっか行くもんね。
だから、この銀髪スレンダー美人さんにも――ごはんだけで満足してくれるんならいいかなって、OKする。
『夕飯ですか。 るるさんたちも一緒ならいいですよ』
『ええ、もちろんです。 だって私はハルさんに――』
そんなことを、考えていたからか。
それとも、「前兆も気配も存在しなかった」のか。
僕は――初心者のときぶりに、不意打ちを食らう。
――がこんっ。
『えっ』
「え?」
宝箱を開けた僕たち。
周囲に罠がないのを確認するために地面に膝ついてた僕と、ちょっとだけ離れてしゃがみ込むようにしていたリリさん。
その――罠も何もなかったはずの足場が空洞になっていて、下は闇になっていて。
「あ、またこのパターンだ」
『え? ……きゃ、きゃぁ――――――っ!?』
ふわり。
重力を失った感覚。
抵抗しようにも、踏ん張れる地面は存在せず――僕たちはくるくると回りながら地球の中心へと引っ張られていく。
あー。
……ま、るるさんのときよりはマシかなぁ。
僕たちは――「ダンジョンの最下層」からさらに下へと吸い込まれた。
【『80Fダンジョン攻略RTA&救出作戦』】
【『80Fダンジョン攻略RTA&救出作戦』】
【『80Fダンジョン攻略RTA&救出作戦』】
【『80Fダンジョン攻略RTA&救出作戦』】
【:】
【next】
【phase】
【『250Fダンジョン脱出RTA』】
【え】
【え、ちょ】
【あの、配信タイトルまでいきなり変わってるんだけど】
【250階層って】
【バグ……だよな】
【というか落とし穴!?】
【ハルちゃん逃げて! 逃げ――――】




