47話 『80Fダンジョン攻略RTA&救出作戦』4
かちゃかちゃと銃を確認。
普段とちがうやつだからちゃんとしとかないとね。
道具は大事。
【よかった……ようやく俺が知ってる行動が出てきた】
【他にもあるだろ?】
【ああうん、呼吸してるとか】
【生きて動いてるとか】
【お前はハルちゃんのことなんだと思ってるんだ……?】
【草】
「……やっぱり市販品は駄目ですね。 いえ、性能とかじゃなくて、手入れがめんどくさくって」
スナイパーにとって、銃とかは相棒ってやつだ。
それくらい大切なもの。
だから僕の扱いに耐えられるのとかを普段から持ち歩いてるんだけど……まぁね、あんなの町中で堂々と背負ってたら、お巡りさんだからね……。
ほら、一応法律ではダンジョン内の武器は持ち出し禁止らしいし……。
【あの、ハルちゃんの持ってるそのスナイパーライフル……そこのダンジョン近くのショップで売ってる最高ランクの、百数十万のなんだけど……】
【え、そんなにお高いの……ハルちゃん、ぽんって買っちゃったの?】
【ま、まぁ、経費で落とせるから……】
【あと救助要請のお礼もあるはずだから……】
【経費……書類の提出、電話対応、訪問、監査……うっ頭が】
【おい、今度はどっかの会計担当まで被害受けたぞ】
【草】
【事務所の会計担当さんかわいそう】
【みんなかわいそう】
「時間があれば近いやつは石で処理できたんですけど、今回はあーるてぃーえーってやつですからしょうがないです」
む、RTAって口でいうとなんか難しい。
【あーるてぃーえーかわいい】
【微妙に舌っ足らずなのがかわいい】
【けど石で処理するんだって】
【ハルちゃん怖い……】
【知ってるだろ?】
【うん……】
【ファンからも断言されてて草】
【だってハルちゃんだよ?】
かちゃんって銃を用意して立ち上がって、コンディションが戻っていることを確認。
よし。
「じゃあ、この直下にでっかいモンスターさんと人ひとりの気配があるので。 リストバンドでも次の階層ってありますし、今回も落とし穴ありますから奇襲します」
【えっ】
【あ、ハルちゃんそういえば下の階層のモンスターとかわかるんでしたね……】
【ああ、非常識すぎて忘れてたな……】
【なぁにこれぇ……】
【カウント班!】
【79階層 爆発落とし穴コンボは平均で3階層に1回だったぞ】
【助かる】
【えっと、そのダンジョンのレベル的に70階層台のモンスター、平均レベル的に10人未満の上位陣のパーティーでも危ないって……】
【だってハルちゃんだし】
【ハルちゃんだぞ?】
【ハルちゃんだよ?】
【そうだった、ごめん 俺、なに言ってんだろうな、おかしいよな】
【ちょっと頭冷やしてくるか……】
【落ちつけ、お前らが正しいんだ】
【ハルちゃんだけがなんかおかしいんだよね】
【草】
【そうだよね……ハルちゃんの配信見てるといろいろ感覚おかしくなるよねぇ……】
【常識とは……Wiki情報とは……講習で習ったこととは……】
「じゃ、また落ちます」
【はーい】
【はーい】
【「落ちます」とかいうワードよ】
【だってもう今日だけで何十回聞きましたし】
【もはや誰も止めないね】
【なぁに、爆発落とし穴コンボに比べたらなんでもないさ】
たんっ。
僕がその「落とし穴の罠のコア」を撃ち抜くと、がこっと足元の地面が崩落する。
【あー、上から暗闇が降ってくる感覚にも慣れたなぁ】
【慣れちゃいけない気がする……】
【これって飛び降りて頭から突っ込む視点だしねぇ……】
【そっか、急降下爆撃ってこういう……】
【なぁにこれぇ……(納得】
かちゃっと真上――真下に銃口を向けて構える。
……下に1匹だけいるモンスターは、おっきいみたい。
おっきいってことは表皮からコアまでの距離が長いってことで、動かれるとずれることも多い。
普段なら、外れても次で当てられるから安心できるんだけども――誰かが、あのときのるるさんみたいかもしれないんだ。
あんなのは、もうごめんだ。
一瞬で仕留めないと、ね。
【あれ、ハルちゃん……今までみたいに最初に着地じゃ……】
【ああ、ボスモンスターだからな】
【それ、ハルちゃん気づいてそう?】
【気づいてるだろ だって下の階層の状況わかるんだぞ?】
【それもそうだな】
【だから言ったろ、急降下爆撃って】
【まるで映画のワンシーンだな】
【それもラストのな】
【あの、配信の大半がラストな場面ばっかりなんですが】
【草】
【草】
【ハルちゃんだからな……難易度がちがうんだよ……】
ひゅうううと風切り音。
無音。
暗闇。
……そうして明るくなってきた先には……。
「……いぬ?」
【犬!】
【ちがうぞ、ケルベロスだぞ】
【そうだね、頭がみっつもあるね……】
【えぇ……】
【えっと、この階層のレベル的にあのケルベロス、ほぼ最高ランクなんじゃ……?】
【SSSランクってやつだな】
【あー、あのドラゴンと同じくらいか】
【なのに安心して見ていられるな】
【ああ、だってハルちゃんだからな】
【むしろあのわんこを哀れむべき】
【けど近い! 近いよ!】
【まるで顔が3つあるわんこが降ってくるね】
【そりゃあ頭から落ちてるからな、ハルちゃんが】
【やっぱこの子ちょっとおかしい……】
【ちょっとか?】
【草】
えーっと……この犬のコアどこだっけ……前に1回、戦ったような覚えがあるんだけど。
あ、そうだ。
「あの犬たちのコア、普通に心臓の位置ですから簡単なんです」
【わんこのことは意外にも普通に「犬」って呼ぶハルちゃん】
【普通……?】
【簡単……?】
【かんたんってなんだろー】
【かわいそうに、頭が溶けたか】
【ま、まあ、頭を1つずつ倒すよりはいい……?】
【それを普通と言い切るハルちゃんよ】
【ハルちゃんだからな】
がうがうっと吠えている犬たち。
あれだよね、犬たちって気配消しててもけっこう僕のことなんとなくわかっちゃうらしくって、駅からアパートへの通り道にいるバカ犬によく吠えられるんだよね。
男のときには吠えられなかったのになぁ……おのれバカ犬。
いつか服従させてモフらせる。
「いつも吠えられてる恨み」
【草】
【吠えられてるんだ……】
【なんで?】
【小さくて弱そう……に見えるからじゃ?】
【は?】
【なにそのわんこ、本能で戦力差わかんないの?】
【野生失ってて草】
【確かにそのわんこ、完全に野生の勘失ってる】
【野生どころか、生存本能すらもうね……】
【人に飼われてなかったら生きていけないタイプだね……】
【もしかして逆じゃね? ハルちゃんの脅威でめっちゃおびえて吠えてたり?】
【ああ……】
【本能さん、ちゃんとしてた】
【そりゃそうだよな、爆殺の天使だもん】
【まーた繋がっちゃったよ】
【草】
【通算何回目だよこれ】
さっきまでとは違って、下に構えているのは両手――の先の、新品の銃。
【あ、お洒落なブレスレット】
【あとシャツの袖もお洒落】
【そういえば手首から手前が映るのって滅多にないから新鮮】
【え、私この服知ってるけど……こんなダンジョンなんかに着てくるような服じゃ……】
「コツは吠えるのとかに怯えないで狙うことです」
引き延ばされた時間が、戻って来る。
かちゃりと合う照準。
その先のコア。
【はーい】
【はーい】
【わかるけど実戦できませーん】
【ボスフロアだから何十メートルあるかわからない天井から落下して】
【しかも頭から落ちてる状態で冷静に銃構えながらアドバイスする余裕なんてないでーす】
【草】
【なんか視聴者のレベル落ちてない?】
【だって俺たち幼女以下だぞ?】
【未満だな】
【つまりショタの巣窟ね!!】
【姉御ステイ】
たあんっ。
「これでよし」
「ぎゃいんっ」
お、あのバカ犬みたいな声。
ふぅ……ちょっと気が済んだ。
【わんこかわいそう】
【まーたワンショットだよ……】
【他愛なし……】
【かっこいい】
【でもやってることは人間やめてる】
【て、天使だから……】
【そういえばさ、こういうときにいちいち湧いてきてた外国語の弾幕最近ないな】
【なんでも規制が掛かったんだとよ】
【まぁ、国内のコメントだけで画面重いからなぁ……】
【他の配信よりも煽りとか、かなり少ないし……やっぱそうとうがんばってるよな、事務所】
【その分そいつらSNSとか掲示板で暴れてるけどな】
【でもそいつら「幼女相手に何言ってんの?」でだいたい黙るぞ?】
【正論が的確に突き刺さるもんなぁ、ガチ幼女だと】
【「何歳差よ?」でも可】
【草】
コアを撃ち抜かれたモンスターは、1分2分はそのまま残る。
理由はわかってないらしいけどね。
でも――るるさんのときのことを考えると、どこにいるかわからない要救助者のためにも、地面に伏せる格好にさせた方がよさそう。
……もうとっくにお腹の中とかぺちゃんことかじゃないよね?
まぁリストバンドが壊れたりでも……そういや壊れたから離脱できなくってこうなってるんだったね……もし壊れてたりしたら悲しいけど諦めよう。
ここまで急いだんだ、それで間に合わないんなら、それはもうしょうがない。
そのへんの割り切りはできる。
だって僕は大人だから。
「このば……いぬ、ちょっと危ないので地面に押し付けます」
僕は銃を背中に回して、両腕を突き出す。
【ば?】
【もしかして:ばかいぬ】
【!!!!!】
【バカ犬! バカ犬って言ってハルちゃん!!!】
「こうやってると空が降ってきるみたいですね」
【冷静すぎるハルちゃん】
【普通の人は空が降ってきるみたいとか言わないよね】
【そんな経験ないもんな】
【ハルちゃん……こんな無茶、何回してるんだろ……】
【配信では初めてだ】
【マジか】
【じゃあこれハルちゃんの初ダイブ?】
【初だいぶで草】
【初ライブ的な感覚で言うな】
【草】
感覚を研ぎ澄ませて、目を閉じる。
――数秒して両手に触れる生暖かい感覚。
「ひれ伏せ」
【わんっ!】
【わんっ!】
【はっはっはっ】
【三日月えみ「*******」】
【えみお姉ちゃんどうした!?】
【危ないとか書き込もうとしてNGワード?】
ずんっと押し込まれる僕の腕。
広がる衝撃波。
【見せられないよ!】
【すげー、配信画面自動でモザイク掛かってる】
【そんなにスプラッターなのか……】
【ヘタなB級映画よりぐろーい】
【ま、まあ、20メートルくらいかもしれない高さからの落下エネルギー乗せた攻撃だから……】
【どんな攻撃よ】
【あれだろ、落ちるたびに地面弾いて着地してたアレ】
【つまりはパリィか】
【ちょっとちがうだろうけどそんな感じ?】
【シールドバッシュ的な?】
【シールドバッシュ(素手】
【シールドバッシュ(自由落下】
【ちがう、そんな受け流し技じゃない】
【おい、ハルちゃんと普通の人間を一緒にするな 頭が溶けるぞ】
【ふぇぇ……】
【なぁにこれぇ……】
「ふぅ」
ずっと下向いてたから頭がくらくらするし、姿勢制御とか連続での落下でそうとうに魔力を使ってる。
……るるさん助けたときのからちょっとは回復したって思ったのになぁ、また出だしに戻っちゃった。
「あ、そういえば発売したばっかりっていう配信機材、これ、すごいんですよ。 体の好きな場所に吸着できて滅多に落ちないのは、僕が何回も飛び降りてわかると思うんですけど」
【ハルちゃん元気だな】
【元気すぎない?】
【急に早口】
【さっきみたいだね】
【ああ、ハルちゃん機材マニアとかそんな感じ……】
「あとあと、お利口なAI搭載してるので、目の前のぐろいのとか見えてませんよね?」
目の前は血が飛び散って、中身がちらりと見えているトリプルわんこ。
まぁリアルの生物がひしゃげたときよりはグロくないんだろうけども……ほら、内臓とかは出てないし。
モンスターさんたちって、ガワだけどこかで見た生物でも中身はちがうっていう中途半端な存在だからねぇ。
【OK】
【綺麗にモザイクかかってる】
【これなら配信BANされないね】
【たまにあるからなぁ】
【普通はそこまでモンスターにダメージ与えられないし……】
「大丈夫みたいですね」
【深谷るる「ハルちゃーん! スマホマナーモードマナーモード!」】
「で、これのすごいところは」
【この幼女ダメだ、肝心なところでるるちゃん見てない】
【絶妙なタイミングで目を逸らしちゃったハルちゃん】
【ハルちゃん……】
【草】
【るるちゃんタイミング悪すぎて草】
【るるちゃんかわいそう】
「登録した人以外の顔とか声が映った場合、お互いの個人情報になりそうな……顔とか装備、体つきとか会話も自動でごまかしてくれるんですって。 今までのよりも高精度、かつラグなしで」
だから仮に、僕自身が映っちゃっても大丈夫なはず。
【え?】
【そんなの出たの!?】
【いや、そこまで高性能なのは……】
【あったとしても……とんでもないお値段じゃ?】
「もうすぐ廉価版が普及するし、そっちの方をダンジョン協会が初心者用にも採用するから、他の人には内緒なんだけどね」って店員さんが妙にいわくありげに言ってたからそのことは黙っとこ。
「高いだけあって、電波とかバッテリーとか画質は折り紙付きだよ。 それに、モニター用の一点ものだから……」って言われて、思わず買っちゃったもん。
あの店主さんは、きっといい人だ。
この配信も見てくれてるかな?
「だから今日は掘り出し物を――――あ、助けなきゃ」
【草】
【うわぁ急に戻るな】
【一瞬で声音とかスピードが戻って草】
【オンオフ激しいハルちゃん】
【「スン……」ってこういうのなのか……】
【これで完全にな意識でやってるからすごいよな】
【けど助ける人大丈夫? ぺちゃんこになってない?】
【おいやめろ】
【そうだそうだ、るるちゃんがいるってことは呪い様が!】
【深谷るる「私のせいでそんなことにならないよ!?」】
【草】
【るるちゃん、ことハルちゃん関係では完全にいじられキャラだね】
【普段なら例の現象のおかげで憐憫と畏敬を込められるのにな】
【かわいそうなるるちゃんがかわいい】
【わかる】
【るるちゃんはね、不幸属性がかわいいからね……】
とっとっとっと、犬から離れて周りを見渡す。
「これだけ広いですからどっかに隠れて――後方172度の方向36メートル先から50キロくらいの重さが向かってきてる」
さっと腰を落として銃口を向ける。
僕でも感知できないモンスターだとしたら、そうとうの手練れ。
もしかしたらこっちがボスさんだったりするかもしれないし。
【ひぇっ】
【何、今の声】
【ハルちゃんこわぁい……】
【なぁにこれぇ……(じょぼぼぼ】
【ハルちゃんの本気モード……ああうん、ついさっきまで本気でさえなかったのね……】
【三日月えみ「***********」】
【深谷るる「ハルちゃん……?」】
僕は、引き金に指を掛け――――――
『……あ、わ、私、人です! ……じゃない、えっと、ダンジョン潜ってて……』
その声を認識して――すぐに構えた銃と、魔力での強化を解く。
「あ、人かぁ」
よかった、生きてて……ぺちゃんこかって思ったよ。
【ん?】
【何語?】
【あれ、ちょっと遅れて日本語?】
【あー、同時翻訳】
【そんな機能ついてるんだ……】
【高いやつはね】
立ち上がって銃を収め、ちょっと待つ僕。
――暗がりの中から浮かんできたのは、魔力で白銀に光る髪の毛。
装備はぱっと見てもいいやつで傷も少なく、HPもMPも余裕そうな――女の子。
【かわいい】
【かわいい】
【銀髪スレンダーだと!?】
【しまった……ハルちゃんとるるちゃんと平べったい属性が被ってしまった……】
【草】
『……ありがとうございますっ……!』
そんな彼女が駆け寄ってきて――僕にぎゅっと抱きついてきた。
【キマシ】
【タワー!】
【女の子!】
【ハルちゃんとダブルで女の子】
【いい……】
【ああ、実にいい……】
【しかもカメラが自動的に飛んで……え?】
【どうでもいいじゃないか、自立型ドローンなんだろ】
【銀髪の女の子が金髪のハルちゃん抱きしめてる姿が見られているんだから……】
【\50000】
【\30000】
【配信機材のカンパもしなきゃな】
【助かってよかったっていう感動と百合の美しさが】
【なぁにこれぇ……(歓喜】
【深谷るる「……ハルちゃん」】
【三日月えみ「******」】
【さっきからえみちゃんのコメントことごとくNGで草】
【でもよかったね……】
【ああ……】
【ちょっと期待してたけど、さすがにるるちゃんみたいなことにはならなくてさ】
【そこかよ】
【草】
【まぁあれだけのことは起きないだろ、呪い様でもなし】
【だーから召喚の儀はやめろって】
ふぅ。
なんかぎゅってされてていい匂いだけど、とりあえず助けられたね。
後はここで待つか、一緒に上がって行けばいいんだし、もう大丈夫。
【深谷るる「……………………………………」】
【るるちゃん……?】
【なんか怖い……】




