42話 お出かけ、からの救助要請
「ハルちゃんかわいい!」
「そうですか」
「次はこれを」
「そうですか」
「……私は、これが似合うかと……」
「そうですか」
呼び出しから帰ってきたえみさんは……ぬけがらみたいだった。
それこそ、僕がむぎゅって抱きついてあげても「お姉ちゃん」って呼んでもあんまり反応しなくって、横になってたところを踏んづけてあげたらびくんって生き返ったくらいには。
「ハルさん……あまり無茶はしないでください……」とか、急によそよそしい感じで言ってたし。
これはきっと、そうとう怒られちゃったんだろうなって予想がついた僕。
……こんな子供――おっぱいはでかいけど――に僕の不始末を押し付ける形になっちゃった罪悪感で、「明日、服を見に行ってもいいですよ」って言っちゃった結果がこれだ。
それに当然ながら乗っかったのがるるさんで、九島さんももちろん同行。
ま、まあ、この前来たときよりは耐性ついてるから……。
そんな僕たちは、なんとモールのワンエリアを丸ごと封鎖しての服選び。
こんなことしたらまた怒られるんじゃ……とは思ったけども、僕の秘密保持のためらしいからいいらしい。
なにより、特別料金ってのを全部のお店に払ってるらしいし。
もったいないから遠慮しようとしたけども「経費ですから」って言われたら……ねぇ?
僕自信は別に、顔とかバレても平気なんだけどなー。
別にひとりで出かけるなら隠蔽スキルで目立たなくなれるし。
「はい、はい……ただいま撮影中でして」
「あと20分ほどでご入店いただけますので……」
警備の人たちも、私服でお店の前とかを封鎖中。
お店には許可取ってるらしいけども、普通に買い物に来てる人には申し訳ない気持ち。
「ここまでしなくてもいいんじゃないですか?」
「いえ、ハルさんだけならいいかもしれませんが……」
「私たちもいるからね!」
「すでに顔が売れているおふたりとの買い物ですと、こうするしか……」
「あー、前にもそんなこと言ってましたね」
思い思いの服を腕に、更衣室の前を陣取っている3人からの声。
うん、そうだよね……るるさんもえみさんも変装こそしてるけども、その組み合わせだとわかる人はわかるよね……しかも僕疑惑な幼女までいるし。
というか、僕が目立ちすぎる。
だって幼女だもん。
「念のためですが……彼女たちの個人情報を流出させた場合、こちらの書類の通りにダンジョン関連の法律による、重大な刑事事件となりますので……」
「刑事罰の他に、ダンジョン協会、彼女たちの所属する事務所に彼女たち個人への賠償責任が発生しますので、おすすめはしません。 はい、ご不便をおかけして申し訳ありません」
遠くでは、お店の人たちが黒服な警備の人たちに絡まれ――もとい、言い含められてる。
そうだよね、今ってけっこうお店の人とかがお漏らししちゃうもんね。
「ハルちゃんハルちゃん、その服、どう?」
「……スカートがひらひらしてて動きにくいです」
「でもハルちゃんって大半の時間は寝そべってるよね?」
「む、そういえばそうですね。 じゃあ関係ないか」
上はレースとかが細かいシャツに、下は長めのスカートな金髪幼女。
それが、今の僕だ。
服の種類とかはさっぱりだけど、ぱっと見た感じでもお洒落って感じる服装。
この組み合わせを選んでくるのが、さすがは女子って感じ。
男だとこういうのはさっぱりだもんなぁ……家にあった、数少ない女の子な服だって、そのへんの格安チェーン店の子供っぽい服だったし。
あとは首にネックレス的なのと手首――はリストバンド着けてきちゃったから片方だけブレスレット、髪の毛にはなんかいろいろ刺さってて厚底な靴ってチョイス。
けっこういいお店っぽいし……これ、もしかしなくとも上から下までで10万とかするんじゃ……?
なにその、男物なら何年分のオールシーズン着回せる金額……女物って高い。
いや、ちがうな。
女物は種類が細かすぎて装備できすぎるから問題なんだ。
男ならシャツとズボンだけだもんね。
……いや、男でもモテる男はちゃらちゃら着けてるか。
僕とは無縁の人種だけどね。
「ハルちゃん、ツーサイドアップも似合うね!」
「あれ、これってポニーテール……じゃなかったですね」
「そうですね、髪の毛の左右を一部だけ結って、それ以外は流すものはツーサイドアップと呼びます」
「そのへんは男なのでさっぱりです」
彼女たちの話をうわの空で聞いてたところによると――ことファッションになると、どうやら男と女では使っている言語が違ってくるらしい。
すごいね。
僕なんて九島さんみたいなポニテくらいしか知らないよ。
ちなみにえみさんみたいにすっごい長い髪の毛だけど、最近は何房か肩くらいの長さで三つ編みっぽくしてるのとかは、一体全体なんて呼ぶんだろうね。
別に知らなくていい情報だし、どうせすぐ忘れるから聞かないけども。
「任せてね! 私たちでコーデしてあげるから!」
「そうですね、めんどくさいのでお願いします」
「……ハルさん、それでいいの……?」
「はい。 別に抵抗ありませんし」
「まぁ、ハルさんがそう言うなら……」
この前叱られて落ち込んでたまだえみさんが微妙に本調子に戻ってないけども、僕を着せ替えしつつのお買い物ということで元気にはなってきた様子。
何着か着替えた甲斐はあったかな?
「あれ? みんな、リストバンドは? つけてないんですか?」
ふと――彼女たちを見て、疑問が口をつく。
「え、だって今日はオフだよ? ハルちゃん」
「町中で緊急離脱装置をつけていると、ひと目でダンジョン関係者だとわかってしまいますし」
「そうですね、おふたりは有名人ですから……手首の出ない服装でなければ、その方がいいんですね」
ふーんなるほどね。
うん、確かに見れば1発でわかるか、リストバンド。
そして、やっぱり女の子だからか、普段着ではおしゃれをしたいらしい。
だからさっきから3人でブレスレットとかをきゃっきゃしながら選んでたんだ……姦しいね。
まぁそれを僕も着けさせられるわけだけども、この細い手首の都合上、合うのはちょっとだけだからそんなに困らない。
「でも……ハルちゃん、とうとう女の子なおしゃれに目覚めたの?」
「あ、いえ。 ……そうですね、毎回買ってきてもらうのも悪いと思って」
本当は、年下の女の子なえみさんに責任押し付けちゃったっていう罪悪感からなんだけどね。
けども、そこは年上の男としては言わない。
察せられてるとしても、そこは男のプライドだ。
たとえ男じゃなくなってるとしても、心は立派に男なんだから。
「しかし、占有できる時間は、あと30分ですから……お会計も考えますと、そろそろ候補は絞った方がいいかと……」
「選んだのは全部、とても似合っているんですけどね……ロリっ子なハルたんにぴったりで」
お、えみさんが復活してきた。
「えー、でもすごい金額に……あ、そっか、マネージャーちゃんが経費でいいって言ってたっけ」
「ハルさん関係ですから、半分はうちから出ますから遠慮は要りませんよ。 生活に不都合を強いる分は、私たちで出すお約束ですから」
衣食住。
そのうちの「衣」は今みたいに経費、「食」もお弁当とか食材とか買ってきてくれるからたぶん経費、「住」も経費のはず。
……あれ?
僕、本とかお酒――も警備の人たちに頼んで買ってきてもらってるから、本くらいしか生活コストかからない?
え?
何これ、僕、この歳にしてなんかすごいことになってる?
FIREしちゃってる?
や、ダンジョン潜るのは趣味だから個人事業なお仕事は辞める気はないんだけどね。
「ハルさん。 次はこの服を」
「あ、はい……すごいふりふりですね」
「ええ、動くたびにリボンが私の情動を!!!!」
「着てきますね」
この空間には、警備の人たちと、箝口令敷かれてるお店の人たちしかいない。
とはいっても一応はアイドルしてるえみさんだ、イメージは守ってあげないとね。
「……うぇ、これどうやって着るんだろ……」
女の子の服は、装飾が多くなるほどに着るのが難しくなる。
……僕なんて、女の子の格好するとしても、せいぜいが普通のシャツに普通のズボンか普通のスカート、靴下とスニーカーでいいのにね。
あれだ、特に自分でおしゃれする気のない小学生女子って感じ。
まあしょうがない、幼女になった以上、着せ替え人形さんは諦めよう。
なによりもえみさんへの贖罪なんだ、我慢しよう。
それに、この子たちのかわいがりたい欲がちょっとでも収まれば――
「!」
ぶぶぶぶっと震えるリストバンド。
……え、救助要請?
今?
ここで?
◇
「……………………………………」
「ねーねー、やっぱりこっちの方がハルちゃんに似合うよー」
「でも、シックな色合いだと一気にお嬢様風味が……」
「あ、あの、ハルさん、普通のシャツとパンツの組み合わせも欲しいと、前に……」
救助要請。
――近くのダンジョンに潜っている誰かが自分で押すか、軽く意識を失ったり脈拍とかが乱高下したら自動で送信されるもの。
たぶんまだ命の危険はないからダンジョンからの自動離脱はしていないけども、その1歩手前のやつ。
スマートウォッチ的なリストバンドの液晶パネルをのぞき込むと、どうやらここから1キロも離れていない場所にダンジョンがあるらしい。
あー、こんだけ近けりゃ、潜ってなくても通知来るのかぁ。
……普段、救助要請がくるにしても、ダンジョンの入り口とか中とかだもんなぁ、僕の住んでた田舎じゃ。
さすがは都会、人口密度がすごいね。
それに、ここは都会。
僕が行かなくても誰かが――――――。
「……………………………………」
ちょっと前。
るるさんって子が――僕が間に合わなかったら、たぶん死んじゃってた、あのとき。
あのときは、僕がいたから助けられたんだ。
カーテンの向こうできゃっきゃして楽しそうな、あの女の子を。
救助要請は義務だけども、装備を身に付けてない、こういうオフのときは対象外。
僕にとって――義務では、ない。
今日は護衛さんたちの車で来たけども、道の両側にはたくさんの人がいた。
こんだけ人が集まってるなら、僕以外にもオフのダンジョン関係者は、きっといる。
なんなら九島さんの同僚の救護班さんたちだって、きっと近くに本部があって、車で駆け付ける。
それにそもそもそのダンジョン――リストバンドの情報を見ると80層っていうまあまあでかいとこらしい――の中だって、休日の昼間なんだ、潜ってる人がわんさかいるんだ。
だから大丈夫。
「僕が行かなくたって、誰かが」。
「あー、この服着たハルちゃんとお出かけしたいなー」
「広い公園で平日とかでしたら……」
「それ! うん、楽しみ! ハルちゃんとピクニックだね!」
「……………………………………」
――いや。
鏡の向こうの――金色の髪の毛をツーサイドアップってのにしてて、おしゃれなシャツで手首まで覆われてて片方はブレスレットつけてて、スカートにもリボンとかベルトとかがついててぴったりフィットなタイツな僕と、目が合う。
――うん。
僕の性格的に、例え杞憂でも無視はできないよね。
耳を澄ませても、僕の着替えの遅さを知ってるからか、3人は楽しそうにおしゃべりしてるだけ。
「………………――――――」
探知スキル――ON。
――非常階段を使えば、かなり楽に外に出られるみたい。
隠蔽スキル――ON。
誰にも見つからないレベルまで――人にぶつかられちゃったりするくらいまで落として、さらには念のために髪の毛と目の色を黒にカムフラージュ。
これで……うん。
どう見てもいいとこのお嬢様――私立小学校女子って感じな、黒髪黒目なツーサイドアップの女の子になった。
「……みんな、ごめんね?」
ぼそりと、謝っておく。
けども、ここでみんなに言っても大ごとになるし、「どうしよどうしよ」って絶対もたもたする。
その数分が、もったいない。
そもそも助けに行くなら、僕が1人でこっそり行く方が早い。
だから僕は――また、脱走した。
今回は、みんなに心配をかけるってわかっていて――あえて、言わずに。




