38話 始原会議Ⅰ
「……え、えぇー……マジでぇ……?」
「……これが、『始原』の方々……」
「左様」
とある地下の会議室。
そこには「始原」と名付けられた10名――のうちの8名が席に着いている。
促されるままに新しく座ったのは、2人の女性。
成人女性と女子高生――すなわち『姉御』と、三日月えみだ。
――始原とかいう、ハルたんの追っかけ……本当に実在するどころか大変な人たちみたいなんだけど!?
ハルさん……あなた、本当にこれまでなにをしてきたの……?
えみは、明らかに場違いな地下へ押し込められ……恐怖に怯えている。
「ヤベぇじゃん……私、この人たちと一緒にされてたの……」
えみがちらりと横目で見た、『姉御』なる女性。
彼女より年上だが、容姿も服装も普通の会社勤めの女性という彼女のひとり言に、「あなたもネット上ではなかなかみたいだけど……」と言いたくなるのをぐっと我慢する。
「……女性も、半分近くいらっしゃるのですね」
「そうだよ。 アタシたちは最初っからあの子に注目してたのさ」
「然り。 ああ――『最初から』よ」
老人が2人、深くうなずく。
「あ……僕、いえ、私は見た目は女ですが、肉体的には男です……」
「俺はその反対。 めんどくさいけど、まぁ男女と女男のきょうだいって思ってくれると嬉しい。 なにしろ、これからの仲間だからな」
おずおずと手を上げる高校生くらいの女子――ではなく男子と、腕を組んで座った席から見上げる、髪を後ろでまとめたいわゆるイケメン――ではなく、女子らしき姿。
「あ、はい」
――なるほど、姉妹かと思ったらきょうだい……セットで覚えておきましょう。
けれど、私と一緒に来た「姉御」なる社会人の女性に、お婆さんに、あの会長のお爺さん、そしてこの2人……キャラが濃すぎるわね。
濃すぎて、すでに頭が痛くなりそうだけれど……。
えみと「姉御」という新入りが、数分かけて理解できた範囲で表すと――「ダンジョン協会会長」「警視庁公安部部長」、「ダンジョン商会社長」やら「引退した政界の重鎮」やら。
えみと同世代でも、先ほどの2人――なぜかあのきょうだいだけは肩書きがないらしい――に加え、「超一流大学の首席を名乗る男子学生」、「海外の大学での学位を持つ天才少女」だとか。
軽い自己紹介だったはずのそれらは――軽くはなかった。
――ハルさん……貴方、るるのせいでこうなる前からなにをしてきたんですか、本当に。
ハルに対する劣情とロリとショタに対する密かな想い以外はしごく常識人な三日月えみが頭を抱えたくなるのも、無理はない面々だった。
「そういうあなたも……ハルきゅんが入った事務所の子よね?」
「あ、はい、三日月えみと申します」
――ああ、コメント欄や掲示板、SNSで暴れているとおりの呼び方なのね。
「あー、えみお母さんって……確かにでかい。 揉んでいい?」
「え、えっと……」
「じょーだんよ! 女子校ジョーク!! そんなに怯えないで……じゅるっ」
――こ、この人……なんでもありなの!?
姉御という女性――聞けば「法律上の征矢春海」と同じ年齢の彼女は、彼らのことをえみほどには恐れていないらしく、さっそくに新入り仲間のえみに対し、わきわきとセクハラをかまそうとしてくる。
「議題の方を先にいいかの?」
偶然にも、えみを助ける形で介入したのは……えみが以前に会った、「会長」の老人だった。
「はーい。 えみちゃんへのセクハラは後でねー」
「いえ、前でも後でもそれはちょっと……」
「――おふたりは今回が初めてですから、先に伝えておきますね」
すっと手を上げたのは――えみが覚えている限りには、九島ちほの上司の「部長」。
つまりは、公安という恐ろしい組織の一員。
こちらとも、以前に顔を合わせているものの……その肩書きで、自然、体が固くなる。
「我々は同志。 ハル様、もといハルちゃん――『征矢春海くん』の身の安全を最上位に考える組織。 我々は裏切らない。 ……同時に、上下関係はないのだよ」
「え、ええと……?」
「あー、つまりこーやってフツーに話せばいいのね?」
「さっすが『姉御』、話が早い。 顔合わせでお互いをうかがう時間は無駄だから、そういうの好きだよ」
「がきんちょ……ゴメ、私口悪くって」
「いいんだ。 まだ高校生というのも、僕たちがずっと追いかけてきたハルちゃんの、今の体とギリ同世代だって思うと興奮するから。 あ、もちろん年上の先輩っていうのも、それはそれでよかったんだけどね」
いかにも秀才風の青年は――いきなりぶっちゃける。
「うわぁ……」
「うん、私なんかやばい。 だってハルちゃんと数歳違いの同性なんだもん。 最近売り始めた、ハルちゃんのコスするとトぶんだぁ……あー、あと身長20センチ低ければ、サイズまでおんなじの着て、もっとトべるんだけどなぁ」
いかにも天才風の少女も――もっとぶっちゃけた。
「あ、あはは……」
それに対し――対人関係で困ったことのないえみでさえ、苦笑いするしかない。
ハルとるるの、コラボ配信。
それが終わってすぐに、えみのスマホへ連絡が入った。
それは「ダンジョン協会から直接の指名」というもので――てっきり、終わったばかりな配信の内容で叱られるのだと思い、ならば自分が叱られようと、疲れているだろうハルとるるを置いてきた彼女。
――始原って、あのときのダンジョン協会会長の主催だったのね……いえ、円卓だし、あくまで音頭を取っているという形なのだろうけど。
えみは、つい最近にハルを連れて行った先にいた「会長」と、九島ちほの「上司」を眺める。
――最初からグルだったのね……しかもここにいる人たちって、私たちとは明らかにちがう世界の人たちよね……?
でもなんでこの人たちが、ハルさんのことを何年も――。
「で、会長さ……会長? オンラインで話せない内容なんでしょ?」
「うむ。 ――入り口で全員の携帯端末を置いてもらったのも、そのためよ」
「あのさぁ爺さん……あれ、私、『これからなんかされるんじゃないか』ってめっちゃ怖かったんだけど? ダンジョン配信で見かける『えみお姉ちゃん』がいたからちょっと安心できたけどさぁ」
こんな雰囲気で、ぶーぶーと文句を垂れる「姉御」は、はたして大物なのか、それとも……。
「あ、あの、私の方が年下で……」
「今どきの電子機器はことごとくカメラとマイクで情報が筒抜けだからねぇ、悪かったよ」
「西と東の上層部に目を付けられない話題なら平気なはず。 ――つまりは、『そういう内容』なんだろう?」
「そういう……内容……?」
「うげ。 ……帰っていいっすか? 私、ハルきゅん愛でたいだけなんで……」
説教だと思って呼び出されたと思ったら、とんでもない会議。
頭が真っ白になっている――ハル以外の事柄には極めて常識人なえみを余所に、事情を飲み込んだらしい「姉御」が非常に嫌そうな声を上げる。
「私たち、ほんと、帰っていい? これ聞いたらやばいかもだし……ほらえみちゃん、出よ? 今ならまだ――」
「コードネーム、『姉御』」
「え?」
しかし、彼女は告げられる。
「――始原は、ハルちゃんの守護者。 その権力を用いれば、ハルちゃんが許可した範囲の情報。 こうしてスクリーンでハルちゃんの鑑賞会。 さらにはハルちゃんとの直接の会話もセッティングを――」
「ハルきゅんのためなら何でもするわ! さ、えみちゃん、座って座って! 悪い人たちじゃないっぽいじゃん!」
「……えぇー……」
一瞬で陥落した『姉御』に衝撃を受けるえみだったが、「確かに私もハルさんの容姿だけしか知らなかったらこうなるかも」と思い、また頭を抱える。
「そして『クレセント』ちゃんよ」
「……もしかしてそれ、私が『三日月』だから……ですか?」
「申し訳ないが、君はすでに名を知られているのでな。 それとも何か? やはりここは儂らも『えみちゃん』の方が」
「やっぱりクレセントでお願いします」
――いくらなんでも、こんなに怖い人たちに名前呼びは、ちょっと……。
「ハルちゃんはな? 温泉が好きだと……確か2年3ヶ月前の配信でコメントしておったの」
「2年4ヶ月だよ『会長』」
「うむ、助かるぞ『首席』。 それでじゃな? ハルちゃんの了解を得たなら、温泉旅館にでも招待。 ――肉体的には同性の君なら、後はわかるはずよ」
普段は入ろうとしてもすこんっと絶妙な痛さで物が飛んでくるし、ちほはすかさず私を羽交い締めにするし、るるは悲しいものを見るような目で見てくるから、まだ1度も成功していない、お風呂。
――まさか、それの手助けを……!?
「ちなみに我々のプロファイリングだと、ハルちゃんは2週間に1回くらいは人肌恋しくなって人と接触するタイプ。 過去のコメント返信から、おおよその周期も把握しておる。 そのときに誘えば……そうじゃなぁ、ハルちゃんが望んでのショッピングなどを手配」
「ハルさんのためですから手伝います」
……新入りの女子2名。
彼女たちは色欲で、即刻に陥落した。
◇
「さて、ハルちゃんの配信に介入してきた外国勢力についてじゃ」
「あー、なんかいたわねぇ、いっぱい」
「うちのマネージャーやスタッフで、明らかに攻撃的なIPは弾いていましたが……」
部屋のスクリーンには先ほどの配信画面――の内のハルが出てきた部分の切り抜きバージョンが、明らかにプロの手で編集されて放映されている。
「彼奴らはすでに、ハルちゃんをターゲットにしておる。 それは、今回の配信で決定的となった」
「つまり?」
「ハルちゃんの元の姿には全くに気が付いておらぬが、ハルちゃんが明らかに異質な力を備えているのだと断定しておる。 それも、自国で囲い込みたい実力もある、とな」
「……ま、時間の問題だったわさ。 配信していなくたってあの業前。 いつかは誰かに目を付けられていたからねぇ。 可能な限りに情報は隠蔽していたけど……3年半は、持った方かねぇ」
老婆がため息をつくとどうじに、配信画面がスクリーンの6割ほどに縮小され――隅に表示されたのは、世界地図。
そのうち10以上の国家が――しかも、いわゆる先進国と呼ばれる地域の――に色がついているのは……。
「この通りに、主要国家が軒並み介入していた」
「え、マジ!?」
「マジじゃ。 彼らはマジで、ハルちゃんを盗りにくるつもりと推測できる」
――ハルを、盗る。
その意味を――冗談のようで大真面目なこの会議の雰囲気だ、取り違えるえみではなかった。
「……国は。 この国は、彼女――いや、彼を守る意志はあるんですか」
「ある。 ……が、君も知ってのとおりに、この国の立場は非常に弱い」
「世界を二分する勢力の絶妙なバランスの上で成り立っている国家だ。 両方からの強烈な圧力があれば」
「簡単になびくってことね。 ……ハルきゅんを拐かそうとするショタコンたち……」
「……ハルちゃんは一応女の子じゃからな? 先ほど伝えたが」
「それが? 心が男の子ならそれはショタなんだけど? ショタな反応見せてくれたらそれだけで推せるんだけど?」
「……さすがは姉御と呼ばれる者よ」
「じゃなきゃ呼ばないよね、ここに」
「姉御」と呼ばれるようになった彼女へも、「ハル=征矢春海という成人男性」という情報は伝えられた。
だが、それのせいで「つまりロリの中にショタを内包した究極の存在ってことね!?」と白目を剥いて喜んでいたため――その場にいた全員は「こいつやばい」と認識した経緯がある。
――つまり、ここにいる全員が、頭がおか……熱狂的なファンってことね。
つい昨日もハルに踏んでもらって喜んでいたえみは、自分でもマシな方だったかもしれないと悟る。
そうだ、あの程度で満足していた自分は、まだまだ大海を知らなかったのだ――と。
「で?」
「……私たちは何をすればいいのでしょうか」
ここに呼ばれた以上、そして告げられた以上、退路は断たれている。
――それになによりも、ハルたんとのデートやお風呂もセッティングしてくれるんだもの、ここは協力するほかないわよね!
「儂らは、時機が来るまではハルちゃんを守りたい。 じゃが国は、いざとなったら簡単に明け渡す。 ――明け渡さざるを得ない」
「だから我々で護るのですよ。 独立勢力で」
「今の段階では、できることが限られているからね」
「幸いにして、始原はほぼ全員が各界へ顔が利く」
「それぞれのできる範囲で守ることができるよう」
「僕たちは裏で動く。 お姉さんたちは表って感じかな」
「『クレセント』は羨ましすぎることにハルちゃんのお家にフリーパスな『保護者』として認知されているし、『姉御』はネット上で『好きなだけ暴れる存在』として認知されてるからね」
「ちなみに今日欠席してるのは、外国勢の仲間。 ハルちゃんが表舞台に上がったから、『翻訳機無しでコミュニケーションできるようになったら来ていいよ』って言ったら、数ヶ月後には一時滞在とか引っ越しとかしてくるって。 ますますハルちゃん談義が捗るね」
年寄りからハルと同世代の子供、男から女、どちらかわからない存在。
さらにはハルのために語学と、たぶんには仕事先をどうにかする気概のある外国人たち。
「……ひとつ、聞いても?」
おそるおそる、えみが手を上げる。
「うむ」
「貴方たちは――ハルさんのことを、最初から?」
「然り」
「全員が彼の配信にたどりつき、彼が彼女になる前から目を付けていた」
「だからこそ、護るのだ。 とんでもなくかわいい幼女になってくれたハルちゃんを」
「前の男の子だったときもなかなかよかったけどなぁ」
「きょ、協定違反はダメ……」
「わかってるって」
「……そうですか」
――そうよね。
ハルさんは……元からすでに、配信で見たような常人離れした戦い方をしていたみたいだから。
だから、これだけの大物たちに見初められていても――。
「――ま、そんな奴がこんなにかわいいロリっ子になってるんじゃあ」
「世界を敵に回す価値はあるのさ」
「それにそもそも儂らはじゃな、ハルちゃんが配信する前――――」
『……るるさん……僕、もうちょっと寝てますぅ……』
『だーめ! ハルちゃん、昨日まーたお酒呑んでたんでしょ!! 不摂生!!』
『あー……』
スクリーンには――ベッドの上、長い金髪を顔に巻き付けて寝ている幼女。
普段は無表情なはずなのに、よほど眠いのか顔をしかめて、ものすごく嫌そうな顔をしていて――はだけたパジャマからは肩がのぞいている。
「「!!!!!!!!」」
それに釣られ――がたたっ、と、姉御とえみが中腰になる。
「うむ、それでこそ同志よ」
「あー、いいわぁ……こんな子の心は男の子ってのがさいっこ――……」
「これで言動は男……でも肉体の幼さのおかげで年齢不詳な魅力を発しているんだ。 これでおかしくならない方がおかしい」
「合法的にトべるよね。 私と同じ女の子としても、年上の男の人……男の子としても、いろんな妄想できて」
「あ、ちなみにこれ、ハルちゃんの合意は取ってあるぞい? 『監視カメラ? こっちでオンオフできるならいいですけど』と気前よかったし」
「……ええ……ハルさんならそう言いますよね……」
「では――同意が取れたということでよろしいかな?」
「ええ」
「もちろん」
「おう」
「あいよー、ハルきゅん楽しみぃー」
「……わかりました……」
えみは、降参した。
「……それでは各自に資料を配付する。 機密なのはもちろんじゃが、ここにはそれぞれに頼みたい事項が――」
◇
「えみちゃん、今日は遅いってー」
「そうですか」
「……!! ハルちゃん!」
「お風呂なら1人で入ってください」
「まだなにも言ってないよ!?」
夕方。
だるんとした僕にだるんと被さっていたるるさんが、もぞもぞしている。
「……さすがに今度は止めますからね、深谷さん」
「もうっ、ちほちゃんも! るるちゃんって呼んでって!」
そんな僕たちをしゃきっと――ベッドの端っこに腰掛けた、九島さんが見張っている。
あと、天井につけられた監視カメラも。
……男のときならともかく、この体なら見られても困ることないし、あんま気にならないし。
こうやって読書の後で余韻に浸りたいときとかにぼーっと見ると、いい感じ。
あれだって、どうせあれでしょ?
「中身男な僕がこの子たちにいかがわしいことしないように」って見張ってるだけなんでしょ?
当然の配慮だよね、だって成人男性と女子高生3人だもん。
「そうですよるるさん。 そもそも知り合いでもなかった男にはだか見られて平気なんですか? ……それともえみさんみたいなヘンタイさんだったり」
「ちがうよ!?」
あ、ちがうんだ。
でも君、裸でお風呂突撃してきたよね?
別になんでもいいけどさ。
けどえみさん……もしかして今日の配信で叱られてたり?
……戻ってきたら抱きついて「えみお姉ちゃん」とか言ってあげよっかな。
ヘンタイさんだから、それだけで充分なご褒美になりそうだし。




