29話 るるさんとお風呂。 ……なんで?
「あ、お風呂沸いたみたいなので入ってきますね」
「はーいっ」
当たり前のように僕の部屋――ホテルのだけどね――に居座っている、るるさんたち。
いや、前みたいに長時間とかじゃなくなってるから別にいいけどさぁ……女の子の中に僕みたいな男がいたらヤじゃない?
そう思わない?
この幼女、中身は成人男性なんだよ?
それともこれが今どきの子の感覚……じゃないよね、僕がどう見てもどっから見てもどう触っても嗅いでもちっちゃい女の子だからだよね……よく抱きかかえられてモフられて頭の匂い嗅がれるし。
「臭くないの?」って聞いたら「甘い匂いがする」んだって。
まぁ僕もえみさんと九島さんなら、後頭部の柔らかさで嬉しいけどさ。
え?
るるさん?
だってあの子は……うん……。
そういう需要もあるんじゃない……?
いやいや、るるさんも女の子だから男に抱っこされるよりはずっと柔らかいし、いい匂いするし、いいんだけども。
ていうか僕は別に女の子の胸のサイズとか気にしないし。
元気な子は好きだよ?
そうしてみんながきゃっきゃしてる中、ひとり本読んでるだけな僕。
髪の毛とかいじられながら。
……もし僕が女の子で背の低い系だったら、学生時代もこうだったかもね。実際はただのメガネ男だったからスルーされてたけどさ。
「……………………………………」
「……?」
感知スキルは――基本的にダンジョン外では弱めるか、切っている。
単純に魔力がもったいないのと、虫一匹が効果範囲で動くだけで反応しちゃう超デリケート仕様だから。
ほら、本とか読んでるときに部屋とかアパートの敷地内の虫さんたちの動向とかが頭に入ってくるの、困るじゃん?
で。
そんな感知に――なぜかこっちを見てる、るるさんが反応している。
……なんで?
「るるさん?」
「……ううん」
最近の彼女はよく、こんな感じで僕のことを見てくる。
特に変な感情も混じってないっぽいから別に気にしてはないけどね。
『たぶん女の子ってのはこういうものなんだ』って納得してる。
ほら、えみさんも……ダメだ、あの子は僕のふとももとか胸元見てるだけだからいろいろダメなんだ、残念美人さんなんだ。
それに僕は男なんだ、今さら幼女になったところで女の子の気持ちを理解できるはずもない。
そう諦めて、適当に下着とパジャマを両手にお風呂場へ。
ここのホテルのお風呂、ちょっと大きいんだよねぇ……いやまぁこの体だと、どのお風呂でもお湯の量減らさないと頭のてっぺんまで沈むけどさ。
「……るる、いいの? 本当に……その……」
「どうしても確かめたいんだ。ごめんね、えみちゃん」
るるさんたちのそんな声がした気がしたけども、「そういえば聴覚スキルも切り忘れてたな」って気が付いて、ぱちっと切った。
◇
「あ゛ー……」
お風呂はいいよね……生き返るぅー。
ぷかぷか浮かぶ僕の脚はすべすべ。
「うへー……」
両手は体を支えるためにずっと力入れてないといけないからちょっと大変だけども、幼女専用のお風呂なんてそうそうないだろうし、もうすっかり慣れてるから諦めてるし。
「んぁー……」
アパートのお風呂は安アパートなだけあってちっちゃくて、だからちょうどよかったんだけどなぁ。
「………………………………」
なんとなく目に入る――なにも生えていないおまたと、小さな胸。
おまたと脚のつけ根のあいだが空いてるって、なんか不思議だよね。
男のときは、ここにぷらぷらしてたのにね。
お湯の中だと、浮力でふよふよしてたのにね。
――この体になって、もう1年になる。
普段は女の子って意識することあんまりなくなってきたけども、お風呂とかだけは実感する。
まだ女の子っていうよりは子供な体を、見るともなく眺める僕。
最初はなんだか悪いことしてる気がしてたけども僕の体になっちゃったわけだし、自分の体を見ないようにするのもなんか変だし。
……ほんと、子供の体でよかったなぁ。
もしるるさん――は絶壁らしいからあれだけど、えみさんみたいな女の子らしい体つきなら困っただろうし。
万が一……その、「色」にハマっちゃったら……うん。
女の子のそれは男のそれの何十倍とか何百倍って言うし、そんなの経験したらきっと男に戻れなくなってただろうから、これでいいんだろうって思う。
それに、お胸があるのはちょっと羨ましくはあるけども、それを道行く男たちに狙われるってのは嫌すぎるからこれでいいや。
ちょっと寂しいけどね。
――こんこん。
お風呂のドアの向こうに誰かが立っててノックしてる。
「? どうぞー」
どうしたんだろ。
今日、新しいシャンプーとか買ったっけ?
るるさんとか九島さんとか、なぜかよく僕が入ってるタイミングで交換しに来たりするんだよね。
あ、えみさんは毎回追っ払ってるけども。
「………………………………」
で。
こうすると体隠れるからって、浴槽の縁にあごを置いて待つことしばし。
「?」
なにかあったのかな。
そう思ったらようやく開いたドアからるるさんが――――。
「……入るね?」
「え」
――入ってきた。
けども――んん?
「え、いや、あの」
え?
なんか君、服、着てなくない?
なんで君、服着てないの?
なんですっぽんぽんなの?
あ、でも、子供みたいにつるつるだし、高校生の女の子っていうよりは小学校のプールとかで見てた記憶のある女の子たちの体型そっくりで、
「……………………………………」
ていうか一瞬見ちゃったじゃん……お胸とかおまたとか、男なら本能的に見ちゃうんだから。
ダメでしょ、年頃の女の子が男に肌をさらしたら……っていうか、ほんとどうしたんだろこの子。
なに?
なんなの?
君、痴女属性――はないな、えみさん基準はいくらなんでもかわいそうだ。
いくらなんでもひどすぎるよね。
それはあんまりだよね。
ごめんね、えみさんみたいって思っちゃって。
許してね。
あれはちょっと残念なタイプの女の子なだけだもんね。
変なるるさんだけども――たぶん、ただ単に、いつもみたいに唐突に、お風呂入りたい気分になっただけなんだよね。
なんで僕が入ってるところなのかはさっぱりだけども。
……いやいや、恥ずかしくないの……?
僕、男なんですけど……?
「あ、お湯、少ないんだ。……足してもらって、いい?」
「いや、だから」
「お願い」
「……はい」
なんか普段とちがう感じのるるさん。
……前からちょくちょくお風呂一緒に入りたがってたけども『でも僕、男だよ?』で乗り切れてたんだ。
本当、僕が男って知ってるのにどうして入りたがるんだろうね。
普段なら『僕は男なんだから、体、見られたらヤでしょ?』って聞くけども、『そんなことないよねー?』って、るるさんが同意を求める。
えみさんは『ハルさんがいいって言うなら』ってお返事だし、九島さんは『介助が必要でしたら』っていう超事務的なスイッチ入る感じ。
でも最後にるるさんがすっごく悩んで『やっぱり今度にする』ってなってた。
……今日はとうとう我慢できなくなったの?
それだけ?
それだけだよね?
「前か後ろ。詰めてもらってもいいかな……ハルちゃん」
「え? あ、はい」
いつの間にかにかけ湯を終えていたらしいるるさんが、ちゃぷりと入って来てるらしい――いやだって、顔のすぐ下に見ちゃ行けないものがあるから、目、逸らしてるし。
「……………………………………」
「……………………………………」
お湯が胸の下から一気に首元まで上がって、僕の肩にるるさんの体のどこかがくっつく。
「……………………………………」
「……………………………………」
……いや、なにか言ってよ、君から入ってきたんだからさ……?
いつもみたいに無邪気にじゃれてくれたら気まずくならないのに……。
僕、女の子とお風呂なんて……悲しいことに体験したことないからさ、いくら女の子になってるっていっても、かなり恥ずかしいんだけど……?
「……ハルちゃん。こういうの、嫌?」
「え?」
「こうして私が入るの」
「いや別に……むしろるるさんの方が」
本当に僕はまったくなんともないけども……見知らぬ男、しかも確か8歳くらい年上だよね、僕――と一緒にお風呂入る方が嫌なんじゃないかなぁって。
いやまぁ、一応ちょっとは知り合いになってるし、物理的に手出しできない体だし、たとえ男のときでも手なんて出さないけども。
あ、もしかして僕、男として本気で認識されてない?
完全に?
完璧に?
……それはそれで悲しいんだけど……?
「ね。ハルちゃん」
「?」
るるさんの声が、静かに浴室内で反響している。
「どうしてこっち見ないの?」
「いや、見ちゃダメでしょ……事案でしょ……」
事案は怖いんだ。
男はそれに怯えながら生きる宿命なんだ。
「だって、今のハルちゃんは女の子だよ?」
「法的にもメンタル的にも性自認とか的にも、僕は成人男性なんですって」
「……女の子に興奮しない?」
「さあ……?」
よくわかんないけども、きっとなにかあったんだろう。
多感な思春期真っ盛りな高校生だし、最近悩むようなことがあって人肌が恋しくなって……いやでもえみさんか九島さんに頼ればいいんじゃ?
「……いたっ!」
え? るるさん、どっかケガしてた?
「え、どうしたんです――――――……、あ」
「………………………………」
思わず反応しちゃって振り向いちゃった先には――ぜんっぜん痛そうな顔してないるるさんと、その下のお胸が。
……いや、だって、身長差。
座高的に今の僕の目線は……ねぇ?
「……また逸らした」
「だってヤでしょ、男に見られたら。男が見ちゃいけないでしょ……」
「嫌じゃ、ないよ」
「いやいや、それでもダメでしょ……こう、倫理的にとか条例的にとか……」
待って待ってどうしたのこの子本当に……お酒でも呑んでる?
僕のお酒こっそり呑んじゃったの?
からみ酒なの?
めんどくさいタイプだったの?
……そういえば君、絶壁絶壁からかわれてるけども、別に絶壁じゃないよね……見えちゃったんだけどさ。
絶壁って聞いてたからてっきり男だった前の僕のイメージだったんだけども、ばっちりと近距離で見ちゃったそこは、わずかだけども男とはちがう感じに、しっかり膨らんでた。
……けどもそれ、この僕の幼女のそれと大して変わらなくない……?
え?
やっぱり絶壁?
高校生でそれって、もう成長の余地ないの?
「ハルちゃん……はるさんは私のこと……女の子として見てない?」
「いや、別に」
「だって興奮しないって」
「するもなにもさ、今の僕って生えてないからわからないんですけど?」
男は、下半身の生きもの。
つまりは生えているのが元凶。
厳密には、生えてるものの横の2個から出るっていうホルモンだね。
……あの朝――「この体」になって起きたら、それが根こそぎもげてたもんだから、当然ながらあれから1回たりともやましい気持ちになったことはない。
これが幼女の肉体のせいなのか、それとも脳みそまで女の子になってるのかは不明。
とりあえずで男にきゅんってならないから、脳みそは男のままだって信じてる。
信じてたいな。
「? 生えてる?」
そうそう、生えてたやつ。
今はもう生えてないやつ。
あれ?
こんなこと、女の子に言っていいんだっけ?
お風呂のお湯といきなりのできごとと、今見ちゃったぽっちで頭がくらくらするんだ。
「いや、だから生えてないって」
「生えてないってなに……が………………ひゃんっ!?」
と、ようやくに「生えてたもの」に思い至ったらしい彼女。
さっきまで別人みたいに感情なかった感じだったのが、急に普段のトーンに戻ってくる。
……なにか、あったんだろうなぁ。
それでなぜか僕の所にお風呂を……いやほんとなんで?
「……ぜ、絶壁だから! 幼児体型だから興奮しないんだよね! みんな、コメントとかでそう言ってからかってくるし!!」
「え? いや、そんなことないんじゃ? 見ちゃったけどきれいな体だったし。僕は好きですよ?」
「……き、きれい……すき……」
「あっ」
あー。
僕、えみさんみたいなこと言っちゃった……自己嫌悪が。
お胸の中心とかおまたのすきまとかを一瞬で見てた僕自身が、えみさんみたいになってたんだ。
……こんな年下の子の裸を思い浮かべるとかさぁ……。
「……………………………………」
「……………………………………」
またまた気まずい時間が過ぎる。
けども……んー。
ん――。
「……るるさん」
「ひゃいっ!?」
「……興奮がゼロってことじゃないらしい……みたい? かな?」
言うのも恥ずかしいけども、ここまで変になっちゃってるんだ、聞かれたことには答えよう。
そう思って言って、言ってから『これってば、もしかしたらものすごく恥ずかしいこと言ったんじゃないかな』って思い直した。
……沈静化魔法。
頭の中で唱えると、途端に落ち着いてくる。
便利だよね、魔法って。
ダンジョンの外に出るとかなりコスパ悪いし効きもがくっと下がるけども、使えるものは使うんだ。
これってばモンスターへの恐怖とか減らすものなんだけど、こういうときにもけっこう役に立つ。
ほら、部屋に黒くてすばしっこくて飛んだりするあれが奇襲をかけてきたときとかに、これ使えば恐怖心ゼロの状態でコップとか被せて外に逃がせるから……ってそうじゃないよね、今は。
「それでるるさん、悩みって……あ」
「きゅう」
振り返ると――真っ赤になって浴槽の縁にしがみついてる彼女がいた。
顔どころか全身が真っ赤、息は荒くはあはあ言ってて脱力。
……しらふじゃ言えないようなこと言ったりしたりするから……。
「るるさん。るるさん、起きて」
「きゅう」
ダメだ、ほんとにのぼせてる……しょうがない、九島さん呼ぼう。
「くし――」
「ハルさん! るるが入ってから静かすぎ――」
――すこんっ。
「あふんっ」
「ヘンタイさんじゃなくて九島さーん」
小さなバケツが、えみさんにクリーンヒット。
これでも投擲スキルには自信あるからね。
「……深谷さんのこと、止めなくて申し訳ありませんでした」
ひょっこりと出て来たのは、すでにスカートをぎりぎりまでたくし上げて紐で縛る、準備万端な九島さん。
準備いいね、君。
「いえ、平気です。それよりのぼせちゃったみたいなので……」
「……応急の治癒魔法で治りそうですけど、とりあえず連れ出しますね」
「失礼します」って言いながらじゃぶんと浴槽に入って来た彼女がるるさんを抱き上げ、器用にバスタオルを巻いて連れて行く。
……看護師さんってすごいね、自分が濡れるのとか全然気にしてない。
けどほんと、なにがあったんだろ。
多感な時期だからなぁ……またるるさんが話してきたらちゃんと対応してあげよっと。
「ヘンタイさん」
「わん!!」
「出てってね」
「わんっ!!」
さっき思わずですこんっと頭に投げたのをすっぽり被った状態のヘンタイさんは――ぱたんと、それはそれはとてもお行儀よく扉を閉めてくれた。




