242話 始原会議Ⅸ
「……はぁ……異世界のダンジョンではハルちゃんがやらかし、現実の世界でも調べるほどに異常さが。 儂、そろそろ疲れたわ……」
「じじい……」
この1ヶ月で10歳ほど老け込んだようにも見える、ダンジョン協会会長。
彼が珍しく弱音を口にするのを耳にした姉御は、ちょっと同情した。
「会長。 ハルちゃんの映っている場面オンリーの編集が終わりました」
「む、すぐに主モニターへ回せ。 今からハルちゃん鑑賞会の開幕じゃ」
「じじい……」
彼女は、ちょっとでも同情したことに後悔した。
「だよねぇ……ハルきゅんのこと、数年間たったの10人で追いかけてた奴らだもん……」
「よく分からないけど興奮するね」
「興奮するわね」
「アンタたち……よくもまあ小学校のガキの頃からそれ続けてるわ」
「照れるね」
「お姉さん、良い人ね」
「……アンタら……」
世間では――最初は「初見」として。
その後は「姉御」として、「とんでもなくやべーお姉さん(重度のショタコン/無敵の存在/ネット依存症でどこにでも湧いてくるショタコン/ワールドワイドなショタコンサーバーの運営者・お願いだから変なの隔離してて)」と認識されている彼女は、自分がこの中では極めて常識人なのだと改めて自覚した。
そうして地下室の真ん中に投影され出した、ハル。
その姿は……カメラの位置により見えないこともあるが、いつの間にかに自立して周囲を周回するタイプのドローン型カメラになっていたため、幼女から少女に「進化」した彼の姿を映していた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ハルきゅんがあ゛あ゛あ゛!!」
「姉御、うるさい」
「びっくりするからあっち行って。 しっしっ」
……明らかに胸の膨らみがある――1枚の柔らかい布しか保護していないため、しかも腰の上で縛る服装のため、より強調されているため――その姿を見て姉御は発狂した。
「いやあ、しかし美しくなりましたね」
「ああ。 幼い少女の成長ほど見応えのある光景はないね」
「まったくだ」
その姿は、少し前の彼よりは大きい子供たち――ちなみに今でも、背が多少伸びただけのため、実は「子供たち」と言われながらも彼らはハルと同じくらいの背丈だったりする――に、囲まれている。
「最初はJKだなんだと言われていましたが、どう見ても小学校高学年ですね」
「幼女――小学校1、2年の見た目からあれだったからねぇ。 周りの子供たちと同年代だし、中学ではないだろうさ」
「それで、あの中の……人が――」
「ああ、あの銀髪の――」
「あ゛あ゛あ゛あ゛……え?」
発狂していた姉御は、会長とマザーがぼそりとつぶやき合うのを聞き取れなかったらしい。
「じいさんとばあさん、アンタたち今なんて」
「しかし、目下の課題は異世界のモンスターたち――仮称で『魔王軍』の侵攻さね」
「然り。 あの炭焼きイモリがハルきゅんへ報復してくるだろうことは、各国首脳と可能性の高い未来として共有済み。 だが、地球側の戦力がのう……」
聞き直そうとした姉御の声に被せるように、話題が強引に変わる。
「戦力は解析したけど……あの悪名高い合衆国の新兵器なミサイル。 トカゲ――魔王よりも弱いノーネームちゃんでも最低1発は無傷で、ブレスで相殺してたんだよね」
「ええ……あの爬虫類は、悔しいことにドラゴン形態のノーネームちゃんよりもずっと強いわ。 ……しかも、あれは分体……劣化コピーだって言うじゃない」
「ですね。 あのクラスのモンスターがどのくらい来るかは分かりませんが、魔王本体だけでも地球勢力は蹂躙できるでしょう。 側近も同様の力を持っていれば……」
「……その魔王を止められる可能性のあるのは、ハルちゃんとノーネームちゃん。 早くこちらへ戻る方法を知れると良いのだがねぇ。 せめて、こちらからのメッセージをノーネームちゃんが届けてくれたらねぇ」
今の地球では「魔王侵攻」という、およそあり得なかったはずの危機が現実味を帯びているために社会が緊張している。
……それもそのはず、ハルの配信で過半数の人類があの戦い――「人知を超えた」戦争を見てしまったのだから。
「対策はあんの?」
「『女王』が、新興国家を先導して合衆国をタコ殴りにした結果、あの新型兵器の設計図が技術者とともに主要国に渡されることになったらしい。 ……もっとも、製造が間に合うかどうかは分からんが」
「聞けば、当然だけどダンジョン産のものをコアとしての兵器らしい。 幸いにしてこの国はかなりダンジョンが豊富だから、そのドロップ品さえ分かれば人海戦術で素材自体は集められそうだね」
次の戦争の相手は、人間ではなくモンスター。
ドラゴン。
しかも、異世界の――軍を率いているという。
――一体、どれだけの被害が地球に――この国に。
その事実に、改めて身震いする姉御。
「……さて。 話は急じゃが、今後の始原の代表はマザーの婆さんに譲る」
「あいよ」
「え? じいさん、そんな心臓ヤバいの?」
「ええ、ハルちゃんの応援で2回ほど……」
「耐性がついたからもう大丈夫じゃわい。 じゃが、儂には仕事があるのでな」
「仕事?」
「じいちゃん……あれ、本当にやるの?」
急に代表を譲ると言い出した会長に視線が集まり……姉御は尋ねる。
「仕事? って何よ? 合衆国とかでも行くの?」
「いや、もうちと遠くへな」
「欧州? あー、あの銀髪の女王さんも欧州の独立国家の」
「ううん、違うんだよ姉御」
ぽつり。
いつもは姉御に対して「生意気なクソガキ」な態度を取っている少年と少女が、珍しく目線を落としながら口にする。
「? じゃあ一体」
「――儂も、そろそろ『ないない』されようと思っての」
「ないない」――ノーネームの反感を買うかセクハラ発言を書き込んで、体ごと一瞬で地球上から消えてしまう現象。
「さすがに、被害者――まだ犠牲者だとは呼びたくないがの。 その数が小国並みに膨れ上がってしまった。 そろそろ誰か、高い地位に就く者が自らの命を賭してその調査にでも赴かねばいかんのじゃよ」
「この爺さん、どうしても年寄りが行くんだって聞かなくてねぇ」
「うむ。 事の発端となったこの島国の、ハルちゃんの故郷。 その国家のダンジョン協会の――老いぼれだとは言え、トップ。 さらには始原の一員であるとも言えば、まぁ失敗しようと納得してくれるじゃろ」
「……じじい」
しん、となる地下室。
「……なぁに、ノーネームちゃんの様子から、ないないした人間を――恐らくはどこかの、生存可能な空間に閉じ込めているだけじゃろうとは予測が付いておる。 あの子もハルちゃんにだけは嫌われたくないじゃろうからの。 そこの様子だけでも地球へ送れたら、きっと人心も休まるじゃろうて」
ばさっ、とコートを羽織る老人。
その姿はまるで――。
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