155話 僕がバレる、ちょっとだけ前 その2
【ハル「おはようございます」】
【おはよー】
【おはよう】
【ハルちゃんぺろぺろ】
【お、始業の合図だ】
ぽちぽちっとスマホでご挨拶。
やっぱ、これがないと始まらないね。
「……………………………………」
みんなが配信ってのをしたがる気持ち、最近ようやく分かってきた気がする。
多分、みんな寂しいんだね。
だから1回限りでも会話できる相手がほしいんだ。
この1年、完全にひとりぼっちだからこそよく分かる。
会社で、性格とかが合わない苦手な人とも合わないなりにコミュニケーションしてたのでさえ、孤独よりはいいんだって。
【いやぁ、10時きっかりの時報が助かる】
【すっかり生活リズムになっちゃったもんな】
【土日もスイッチ入るの困るけどな】
【まぁそれはそれで】
うわっ……一瞬で10人が……。
ほんと、不思議な人たちだよねぇ。
ほぼ毎回全員集まってるもん。
ネットに疎い僕でも、ネットスラング混じりの独特な文体とか言い回しにも慣れるくらいだもん。
……なんだかんだ、このコメント欄で癒やされてる僕がいる。
だって、そうじゃない?
この1年、会社にも行かなくっていよいよ誰とも話さなくなってるし、実家にも帰らないし帰れないし。
一方的で希薄で不健康な関係とは分かっててもいいもん、僕が続けてるあいだは繋がってるもん。
そういう人間関係だってありだよね?
【お、歩き出した】
【準備時間が短かったから低難易度か】
【結構頻繁に出て来るダンジョンだよな】
【ルーチンワークって楽よね……】
【分かる】
【モンスターとドロップの湧きの回復にはちょうど良い頻度だな】
さて。
んじゃ、行きますか。
僕はこの体になってから実質リセットされた装備とかも全部揃え直して、今はほぼこの体に最適化されたレンジャー用の服装を再確認してから足を踏み出す。
【今日はお昼までか夕方までか……それが問題だ】
【ハルちゃんがお昼で切り上げると俺、しょんぼり】
【午後の仕事に身が入らなくなるよね】
【分かる】
【ここのところ……1年くらいは完全に専業にしてるもんね、ハルちゃん】
今日は……新作のコンビニパン買ってきたし、お昼で切り上げないで深めに潜ろうっと。
大丈夫、魔力も最近余り気味だし。
最悪「あの新作装置」で飛んで戻れるから……多分。
……っと、その前に、石だ、石。
【草】
【ダンジョン攻略開始4分でしゃがんでて草】
なんか良い感じの石がいっぱい落ちてる隅っこ。
こういうのは他の人が素通りする穴場だ。
【ハルちゃん、もうすっかり元通りだもんな】
【銃じゃなくても、弓矢とスリングショットでワンショットだもんな】
【で、銃だと弾代がバカにならないからパチンコで石、と】
【おてて……おててが映ったら……!】
【諦めろ、3年半のあいだ、1回も事故ってないハルちゃんだぞ】
【そんなぁ】
銃は遠距離職の基本。
だけども銃自体を頻繁に手入れしないと壊れるし、なによりも地味に弾が高い。
稼ぎに比べたらささいなもんだけども、それでも1回の潜りでお高いお酒が買える程度には掛かるんだ。
それに比べて、罠とかからも入手できる矢はコスパがいい。
けども、そのへんに落ちてる石ころならもっと確実でもっと楽で、もっと安く使える。
射撃スキルが馴染んだからこそできる手段だね。
みんなもっとパチンコやれば良いのに。
ある程度の射撃スキルと筋力あれば、50メートル程度のモンスターならさくっとなのにね。
でもみんな、大体は近距離が好きなんだよね……気持ちは分かるけども。
【しかし、今年もスリングショットユーザーとしてはダントツの1位だろうな】
【そもそもここまでメインで運用できるやつがいねぇ】
【でも、誰にも知られてないから賞賛されない……】
【仕方ないだろ、だって……】
【ハルちゃんがこのコメント見て「有名になりたい」そのひとことがあれば……】
【いや、無理だろ……ハルちゃんだし……】
【そうだよなぁ……ハルちゃんだもんなぁ……】
よし、幸先が良いね。
今日は何か良いことあるかも。
立ち上がった僕は、心なしか普段よりご機嫌だった。
◇
僕は不機嫌になった。
僕は不機嫌だ。
……う――……これ、マヨネーズ入ってるって知らなかったぁ……。
ぺっぺって足元に吐き出されたマヨ。
僕の天敵。
かっら!
からすぎ!!
もう、幼女舌にまとまった量のマヨネーズとマスタードはダメだって……。
あー、失敗したぁ。
男から幼女になっても、味覚とかはほとんど変わってないんだけども、こういう辛さは苦手なんだよなぁ。
あー、もう、ちょっと口直ししないと……。
ごそごそと、こういうときのために持って来てるお酒をぐいっとあおる。
うん、これはしょうがないんだ。
にんにくとかそういう系統のしつこい臭いが寝るまで続くのはストレスなんだ。
だから口から胃までを綺麗にしないと集中力落ちるから。
このせいで弾を外したらいけないから。
このせいで誰かに見つかったらあんまりだから。
だからね?
「……ふぅ……」
今日は無難に味と匂いが薄いウィスキー。
こういうときじゃないと昼間っからお酒はしないからセーフ。
ちゃぽんっと、もう1回あおりかけたのに気が付いて……意志の力で蓋をしてリュックへ。
このくらいにしとこ。
これ以上呑むと探知と射撃スキルが鈍るもん。
◇
【発見】
【邂逅】
【可愛】
【■■】
【導】
◇
……なーんかときどき見られてる気がするけども……でも探知スキルに引っかからないし、きっと気のせいだよね。
そうだよ、こんなダンジョンの中に監視カメラとかもあるはずないし……うん。
きっとまた探知スキルが上がっちゃったんだ……もうちょっとだけ落としとかないと。
よし。
んじゃ、午後もモンスター狩りがんばろー。
◇◇◇
――その視線は、きっとノーネームさんっていう存在。
今なら分かるけども、当時は知ることのなかった存在からのもの。
何も知らず、ただただ身の上を嘆いたり……することも特になかった気がする……ただ1人で家とダンジョンとスーパーを往復する毎日。
そんな毎日は、この後すぐに吹っ飛んだ。
僕自身が物理的にも吹っ飛んだり、るるさんたちが家に入ってきたり、ホテル暮らししたりタワマン暮らししたり。
るるさんとえみさんと九島さん、リリさんと知り合って、にぎやかすぎて疲れるけど楽しかった毎日。
そんな新しい毎日もまた、吹っ飛んだ。
吹っ飛んで吹っ飛んで――僕はまた1人、観てるかどうかも分からない視聴者たちにぼそぼそつぶやきながら、ダンジョンの奥深くでつつましく暮らして。
――でもまたそこでも吹っ飛んで新しい子たちと出会って、あんなことになってから戻って来るだなんて……当時の僕には想像もできない未来だったって思う。
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